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生涯学習はじめませんか?
ト(=弟)の編集員  兄さん、ホツマツタヱって時代背景が順になっていないので・・・

ヱ(=兄)の編集員  わかりづらいって読者が言うのか?

ト  そう、縄文後期だっていってるけど、なにか指標は無いのかって

ヱ  うむ、たしかに、タミは穴に住んでるしカミはヤシロだもんなぁ

ト  じゃ、伝記作家に聞いてみればいいんじゃない?

ヱ  お、それは名案、じゃ、さっそく、えー、総裁、今日は伝記作家のクシミカタマさんを呼び出していただけるでしょうか?

総裁 なに、クシミカタマ、あいわかった・・・んー、クシミカタマである!

クシミカタマ  はいはい、クシミカタマですがなにか?

ヱ  あの、1アヤから28アヤまでの作者でいらっしゃいますよね?

クシ ま、そーなんですが、わたしもなにしろ、ウガヤの時代からタケヒトの時代までいましたから・・・

ト  言えることと言えないことが、あると、そー言われるわけですか?

ヱ  おい、あからさまに言うなよ、失礼じゃねーか。

ト  あ、ゴメンなさい、不躾でした。

クシ いえいえ、いいんですヨ、まあ、時代がわからないのはそちらの学者様がたが、まじめに編年を、その

ヱ  やらないのが原因じゃないかと?

クシ あ、せっかくわたしがウタの技術の粋をあつめて詠んだものを、ねー、そりゃ、偽書だとか。

ト  たしかに、編年にアンカー打ってないもんな。

クシ ま、たしかにタケヒトは実在してましたが、なにしろあの・・・

ヱ  あ、あまりラジカルなことは言わないほうが・・・

総裁 クシミカタマは帰ったよ。

ヱ  あ、総裁、おつかれさまでした、あちらで信者の方たちがお持ちですので・・・

総裁 そう、じゃ、また。

ト  ふー、みんな帰りましたね。

ヱ  まあ、わずかだけど情報はもらったしな。

ト  え、なにか分かったの、兄さん?

ヱ  ウガヤの時代になにかあったってことだけ、だけどな、今はオレも何も言えないが。

ト  この対話は架空のものであり、出てくる人名、職名、団体等は現実のものではありません。




先にアマカミ10代までの系図を貼っておきます。

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-23-6b/andro_gosse/folder/1128972/62/34755662/img_53?1496582637

では21アヤの最後の部分を解説します。

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-23-6b/andro_gosse/folder/1128972/62/34755662/img_46?1496582637

ツクバヨリ ウツリマスヒハ  (御孫のニニキネが)筑波のミヤから移る日は
ヲコヌシノ フソヰモノノベ  ヲコヌシの25人のモノノベが
カシハナス カスガモロトモ  会食をしました ヲコヌシはカスガと共に
ノリソヒテ ミマコノミユキ  馬に乗りそって御孫の御幸を
マモリユク コノヒアスカノ  警護します この日、アスカの
ミヤシロド フトタマオシテ  君はフトタマを祝の名代にしました
イワワシム キミヨオコメテ  君は夜をこめて
トサトキテ ニハリワタリハ  十里来た頃、ニハリのあたりは
カキクモリ ハタタカミナリ  騒がしく、問題が起きているようで、カミが怒って
カキヤブル ヲコヌシイワク  瑞垣を壊してしまいました。
ワタマシオ タミモイハフニ  (ヲコヌシは)御孫の御渡りをタミも祝っているのに
ナサケナト ハハヤオイレバ  情けないことだと、鏑矢を射て
シナドメニ フキハラフトキ  シナドメを集め、事態を収めさせました。
チオムカヒ トモニイリマス  そのとき迎えがキミを伴ってミヤに入りました
ミアエスミ ヲコヌシカキノ  宴が終わってヲコヌシは瑞垣が
ヤレオツグ ミコノタマフハ  破られたことを告げました ニニキネは

さて、いよいよニハリノミヤの総仕上げとして、御孫のニニキネがツクハノミヤから移ってくる日になりました。
25人のモノノベがカシハナスというのは、ちょっと考えました。
19アヤの事象(ノリノリノアヤ=馬術指南)が先にあれば、ここはニニキネも馬に乗ってきたことになるのですが、途中にニニキネノ ミユキホツマノ ニハリナル ノリノリメセハとあり、ニニキネがニハリノミヤからホツマに御幸してノリ(=乗馬)・ノリ(=則)・メセハ(乗馬法を乞う)と読めるので、未だ乗馬をマスターしてはいなかったのではないかと考えたのです。
しかし、日付を見ると19アヤの始めが25鈴130枝なのに対し、21アヤは26鈴17枝23穂なので、アヤの順序どおりに進んでいるようにも見えます。
21アヤの最後にフタアレノ ヰツノカミトテとあるので、すでにイツノリ(=稜威乗り)をマスターしているようです。
つまり、乗馬シロートなら輦で、上級者なら馬で来たと考えられます(ここでは馬などいなかったは禁句です)
ニニキネが馬術上級者であったとしたら、次のように訳すべきでしょう。
ヲコヌシの25人のモノノベはカスガと共に、皆馬に乗り、ニニキネの乗る馬をとりかこむように警護します。
アマテルカミは19アヤで、ニニキネに「イツ」、タカヒコネに「フタアレ」、とタタエナを賜っています。

夜のうちに筑波を出て十里(10里ではなく、地名かも)来た頃ニハリノミヤの方に異変を感じます。
ハタ・タ・カミナリを畑・田・雷と訳すと後でつじつまがあいません。
無論、雷が鳴るのはあってもよいのですが、ナルカミを所轄するヤマサが騒いだというほうが文脈が合います。
ヲコヌシは馬上から鏑矢(ハハヤというのはこれしか考えられません、以前ハハヤカガチという蛇の話がありましたが、頬が膨らんだ蛇の形は鏑矢に似ています)を射て手下を呼び集めます。
シナドメは風のようにどこからともなく集まってきて群衆をなだめる役だと考えられます。(たぶん、女)

宴の後、ヲコヌシがニニキネに瑞垣が壊されたことを告げると、真相究明のためにカスガに調べさせます。

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ユミノコト アレドノチタメ  弓のことは後のために
ステラレズ カスガニノレハ  究明しなくてはならないとカスガに宣ると
フトマニノ アコケハシワザ  フトマニで見ればアコケと、
ウツオカミ ヤシロトザシテ  ウツヲカミの仕業であり、(ウツヲの)ヤシロを閉ざして
アメニツグ アノミコトノリ  アマテルカミに告げました アマテルカミは
ナサケナキ ヤシロヒシゲト  情けない、(ウツヲの)ヤシロを壊してしまえ、と言われます
トキミマコ シルシササゲテ  しかし、御孫は文書をささげて、
ノチオコフ アメハタアシク  後始末を任せて欲しいと頼みますが、強く怒り
ユルサレズ マタネガワクハ  ゆるしませんでした (御孫は)またお願いして言います
ウツヲカミ タトヒヒトタビ  ウツヲは一度
コトミタレ サラニアランヤ  失敗しましたが、もう繰り返すことはないでしょう
オオナムチ ヒトタビオチテ  オオナムチは一度失敗しましたが、
ヒスミキミ ソノコモノヌシ  ヒスミのキミになりました その子はモノヌシとして
マメオナス コレニハニズモ  忠義を尽くしています これには似ていませんが、
ウツヲマタ ノチコトタテン  ウツヲもまた、後になって手柄をたてるかもしれないので
ユルシタマエヤ      赦してやってください

その結果をフトマニで判断するとアコケとしてウツヲカミの仕業であることが確定します。
フトマニでアコケを見るとつぎのように書いてあります。

アコケ
アノコケハヨコヤシ
ルヤモハサラナセアコ
ケクルマノメグリア
ラネハ

アコケは横屋 知る屋もバサラなせ
アコケ来る間の 巡りあらねば

とありますが、易と同様、設問が判らなければ判断などできません。
ここはすなおにウツロヰのしわざと認めておきましょう。

ここで、ヲコヌシはウツヲのヤシロを閉ざしてアマテルカミに報告します。
アマテルカミは、なんという情けないことだ、ウツヲのヤシロを潰してしまえ!と大変な怒りを表します。
ここで、もしアマテルカミが自然現象の落雷の被害をただの役人であるウツヲのせいにするとしたら、それは筋が通らないのです。
池田先生ですらそう訳しているのはナサケナイことです。
しかし、ニニキネはさらに文書で
ウツヲは今回、間違いを犯しました。
でも、これからは繰り返すことはないでしょう。
オオナムチは一度間違いを犯しましたがその後ヒスミの君になることができました。
その子はモノヌシになって忠義を尽くしています。
これとは比べることもできませんが、ウツヲも後で手柄をたてることでしょう。
どうか赦してやってください。

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ヲヲンカミ ユルスミコトハ  ヲヲンカミ、赦しの言葉は
ヱトノスエ ヤナヰカクロヒ  年末の8・7・5の、守りに
ウツロモリ キネノヒトキオ  該当しない日を、東北の1本の木を
ヰヤシロニセヨ       ヰヤシロ(=居社=依代)にしなさい
ヲヲコヌシ ミマコニモフス  ヲコヌシは御孫に申します
ワガヲヤノ ヒスミノキミハ  私の親のヒスミの君は喜ばしいことでした
ヨロコバシ ウツヲモカミノ  ウツヲもカミの
ヨロコビト コエバミコトゾ  喜びとなるようにさせてくださいとお願いしたので
ナルカミノ ヌシキネマモリ  ナルカミの主(=ウツヲ)が根を守り
ウツロヰノ ヲマサキミトゾ  ウツロヰのヲマサキミとして名を賜い
トシノリニ ヤシロタマワル  暦のうちで定められた期間の責任を与えられた
ミツカキオ ナオスタクミラ  瑞垣を修理するタクミ達は
ウツロヰノ ヤシロギアレハ  ウツロヰの憑依する木があると
オソルルオ ヲコヌシホカノ  恐れるので、ヲコヌシは
キニウツシ ツクロヒナリテ  (工事の間、ウツロヰの御霊を)他の木にウツシて
マタモドス コレカリウツシ  また戻しましたが、これは仮移しなので

アマテルカミは条件付きで赦してやることにしました。
年末に、暦の守に該当しない日がありますが、ニハリノミヤの東北にある一本の木をヰヤシロとして祀らせなさい、と。

ヲコヌシはニニキネに言います、私の親がヒスミのキミになったことはアマテルカミにとっても喜ばしいことでした。
ウツヲもアマテルカミの喜びとなるようにしてください。
ニニキネは言います。
ナルカミの主としてウツヲが木の根を守り、ウツロヰのヲマサキミと名を賜い、暦の定める期間の守ができるようにヤシロを与えよう。
そうすると、瑞垣を修理を命じられたタクミ等は、ウツロヰの憑依する木がそばにあるので、怖れて仕事ができません。
そこでヲコヌシは脱魂式をやってウツロヰの御霊を離れた他の木に移し、工事が終わってから入魂式をやって、元の木に御霊をもどしたのです。
当然ながらこれは仮移しなのでタクミ等もなんの霊障も感じないわけです。

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サワリナシ マタウツロヰノ  問題はありません そしてウツロヰの
ヤマサモリ ヱトノホニヨリ  ヤマサ守であるウツヲは暦に従って
ツキマモル シカレドアラヤ  月間の守りをしていました しかし新しい小屋を
ツクルトキ ツヨクトガムル  作るときになって (タクミを)強く叱りました
コレニヨリ マタヲコヌシニ  そんなことがあったのでまたヲコヌシに
トワシムル ヲコヌシイワク  問わせました ヲコヌシは言います
ナンヂマタ タミノアラヤオ  汝また、どうしてタミの新しい小屋を
トガムルヤ ウツロヰコタエ  咎めるのか ウツヲは答えます
ヲタフセス ニワヤケカレオ  汚れた小屋を作って、厠の汚れを
ワレニタス ユエニトガムル  私に押し付けようとしたので咎めたのです
ヲコヌシガ モフセハミコト  これをヲコヌシが御孫に告げると
コレナンチ モリハナルルオ  これ汝、お役御免になるところだったのを
ワレコフテ マタモリトナス  私がアマテルカミにとりなして役に戻したというのに、
ワガタミオ ユエナクトガム  どうして私のタミを故無く咎めるのだ
タミハタオ コヤシソロウユ  タミは肥やしを撒いて田のソロ(=稲)を育てるのだ

ウツロヰのヤマサ守をしているウツヲは暦に従って月間の守をしていましたが、タミの新しい小屋を造るときになって、タクミ等を強く叱りつけます。
ヲコヌシは訊きます、どうしてタミの新しい小屋を問題視するのか、と。
ウツヲは答えて言います、新たに汚れた小屋を作って厠の汚れを、ウツロヰの神威を持つ私に押し付けようとしたので咎めたのです、と。
ヲコヌシが顛末を報告すると、ニニキネは直接ウツヲに言います。
ウツヲよ、私がとりなしてお役御免になったのを元に戻してやったのに、なぜおまえは私のタミをいじめるのだ。

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ナンチシレ コワオニワトス  理解しなさい コワをニワにするのだ
カレニワヤ シラテケガルヤ  だからこそ厠を庭屋と言うのだ 汚れではないのだ
コレニヨリ アヱヨリヤヱノ  だから、アヱからヤヱまでの
ナカヰツカ モリオハナレテ  5日間、その間守をはなれて
アソビユケ コノマヰツカニ  遊んでおれ、この5日の間に
ヤツクリス コレモナンチガ  工事を済ませてしまおう それというのも、汝の
ナノホマレ イナハホトント  名誉のためだ もし、いやだというのならもう、ほとんど
ウツロヰノ モリヤハナレン  ウツロヰの仕事は無くなるぞ
コレニヨリ タミオサマリテ  こうしてタミは治まって
ムヨロトシ ツクハノミヤニ  永い年月を過ごした後、またツクハノミヤに
ウツリマス マタムヨロトシ  移りました また、さらにながい年月を経て
フタアレノ ヰツノカミトテ  フタアレの ヰツノカミとして
ムヨロトシ ヘテマタモトノ  長年すごして元の
ニハリミヤ ヰツヲヲカミノ  ニハリミヤに戻りました 稜威ヲヲカミの
コトオオイカナ       事業のなんと偉大なことでしょう

タミは肥やしを撒いて田の稲を育てるのを知らんのか!
コワオニワトスは、コ(=硬い)・ワオ(=土を)・ニ(=柔らかい)・ワ(=土)にするための肥やしの元になる厠を庭屋とよび、それは神聖なものであって汚れではないのだ、わからんか!
もうよい、アヱからヤヱまでの5日間休暇をやるから他所で遊んでおれ、その間に工事を済ませてしまうからな、これはおまえに与えたウツロヰの名の稜威をまもるためだ!
もし嫌だというのなら、もうほとんどウツロヰの仕事は無いものと思え!
ということでした。

フタアレノ(=二荒=日光、ウツノミヤの)稜威のカミとしてというのがあり、ここにはミヤの名前が書いてないのですが、おそらく現在の宇都宮のことだと思います。ニニキネは馬術に長けていたことがわかりますが(19アヤは専門的だし難しくてあまりやりたくありません)、宇都宮に二荒山神社というのがあり、ここがウツノミヤと呼ばれるのは順当で、クシヒコの嫁であるミホツヒメも祀ってあり、まちがいはないのでは?
ウツノミヤはウツシミヤ(=現在のミヤ)というのとミヤコウツシ(=都移し)からきている、としてもどちらでも良さそうです。
日光山にも同名の神社がありますが、こちらにはアチスキタカヒコネが祀られていたりして、関係はありそうですが良くわかりません。
そして、東国でミヤコウツシを繰り返す理由も、2朝廷並立の理由も少しづつしか解かってきません。

さて、すこしまとめましょう。
ヤマサ守(やまさもり)はヤマサ神(やまさかみ)の神主(かんぬし)ということです。
こうして真面目に分解しないと行政の罠にはまってしまうのです。
ウツヲは知識が貧弱なだけで職務に忠実でありたいと願っている小役人そのものです。
自分に神威があると思い込んでいるわけですから、タミの迷惑など思いつくはずもありません。
これが教育システムを持たない臣主主義の実相なのです。
よく言われるような日本で森羅万象すべてに神霊が満ちている(アニミズム)ようなことは、無かったのです。
パワースポットに行って、滝とか拝む人がいますが、それは普通に崇敬の念が湧いてもよいのです。
でも滝は神ではありません。
必ずしも御霊が憑依しているわけではありません。
キリスト教徒が聖骸布を見て十字を切って拝んでも、聖骸布は神でもないし憑依してもいません。
単に聖遺物をありがたがっているだけで、パワーにあやかりたいだけです。
そのへんの石ころの下に神がいるわけではないのです。
もちろん、滝を依代にして御霊が憑依している神社を作ってもかまいませんが、所詮行政行為なのです。


では、ヤマサカミをベースにした鎮守型神社の定義をしてみましょう。

・玉垣で仕切られた空間である(あるいはかつて仕切られていた)
・従属するトミ・タミが存在する(あるいはかつて存在した)
・行政府のランドマークとしての鳥居がある
・タミの注意を惹きつける不定形な依代がある(あるいはかつてあった)
・自然神と関連付けされている(あるいは関連した痕跡がある)
・問題の発生に対し、鎮め、守る役割を持っている(形式的、そして痕跡的)
・トミ、タミの願いを聞く機関である(聞くだけで、叶うかどうかは役所と同じ)

例:

神田明神(神田神社)
江戸総鎮守
神田というのは神の田で、かつて境内の背後に広大な田圃を擁していたました。
氏子は神社に属するタミです。
ここの宮司はなんと、大鳥居さんという方です。
鳥居は明神型ので、丸い亀腹はないけど台石と5角形の笠木のあるタイプです。
屋根には随所に鳥が。

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鳥の胸元に波紋が・・・これは水鳥です。

次に神明型の話をしましょう。
神明神社は皇祖神を祀ると言われますが、私はずっと後の時代に、神道の完成と同時に造られたと考えています。

元々はこれまで解説してきたように、アメ族の基本的信仰で貫かれていますが、鏡をトーテムのように扱っていることです。(厳密にはトーテムとは異なりますが)
鏡の使い方ですが、これは祖霊と対面するための道具なのです。
つまり、霊界交信機のような(もちろん、現実にそんなものではありませんがアメ族がそう思いたいということです)と考えられます。
アメ族のカミのうち優れた知識と知恵を持った人々で、アマテル、トヨケのように自ら洞窟で死に向きあう人は、カミアガルことによって宇宙のタカマガハラにあるサコクシロという所に転生すると考えていたのです。
現し世の地上に神社を造り、そこにサコクシロと名付けた空間を用意し、カガミを設置します。
こちらがわでフトマニに長けた人が質問したり指導を求めると、向こうのサコクシロにいる偉人が答えて指導してくれるという思想なのです。
しかし、トヨケはともかく、アマテルは失敗の連続で、およそフトマニの達人とは思えません。
これがタケヒト以降のスベラギの時代になると激しく逸脱してくるのです。
夢のお告げとか、為政者を悩ませることだらけです。
ミマキイリヒコに至っては、崇神天皇と呼ばれるくらい神頼みを連発して政策らしい政策も実施せず、「夢のお告げ」を持ったトミ(離間工作員やスパイまでいる)に翻弄され、タミは疲弊してしまいます。
はやいはなし、ろくなトミがいない(現代のようですね)状態がつづくのです。

イクメの君(垂仁天皇)の時代になって、ヤマトヒメがアマテルカミの斎宮(いつきのみや)になります。
アマテルカミはすでにカミ上がっていますから神です。
斎宮のことをミツエシロと言って漢字で御杖代と書くので、足元の悪い老人を補佐する役目だと思われていますが、これが大間違いなのです。
ミツエは見つ会、つまり会見の司です。
大宇宙のサコクシロに居るアマテルカミと会ってお話をする介添人、つまりシャーマンです。

ヤマトヒメ以降、代々、斎宮はつづき、鎌倉期には廃絶されたといわれていますが、実は名称を変え、現在も皇族によって続けられているのですが、実際のシャーマンとしての役割は皇后がやっているようです。

ここまでは知っている人は知っていますが、問題は伊勢神宮です。

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ヤマトヒメの仕掛けがうまく行ったので、アマテルカミの女性化が起こります。
元々、アマテルカミはフトマニの諭しを上手に操って政策を実施しており、ソフキサキを定めたときでさえ、周囲にいたトミ、そしてトヨケとイサナギが策定し、皆優れた政治家だったので、アマテルカミは稜威を現すだけでよかったのです。
ここがアマテルの行動で、女性的に見える部分、決してワカヒメとの混同だけではないのです。
ヤマトヒメはアマテルカミの稜威と女性を兼ね備えた日の女神、アマテラスオオミカミそのものなのです。
これが神明造りの社殿とともに現在の神道が完成した瞬間といえるでしょう。

他はほとんど同じですが、鎮守がタミのための神社だったのにくらべ、神明型神社は為政者のために出来た神社ということになります。

サルタヒコが神器を渡して去っていったり、予定調和も多く、タケヒト以降、ホツマツタヱの信憑性は低下してゆきます。
オオタタネコがウソと捏造で書いているわけではないのですが、ナゾの掛け方が高度になり、読み解くのがさらにむずかしくなっています。
この記事の冒頭で無名の総裁が伝記作家を呼び出したときのように、言えない部分がぐんと増えるわけです。
その言えない部分は、必ずしも半島や大陸のことばかりではないようです。

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まずいくつか資料を貼っておきます。

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家制度は完成していたようですが、前回のオコロの兄弟など、本来ならトミなのですが、家の保護がなければ収入も無いわけです。
穴に住むというのは竪穴住居のことでしょうか。

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ここに神無月に相当する言葉が出てきますが、ヲシテ文献は仮名表記なので意味は特定できません。

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テキストは前回の続きの部分からで、ヤシロの建て方になります。

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ムテムスビ ムロヤツクリテ  ムテムスビで室屋を造るのです
タミオウム ノチヤテムスビ  タミが増えたので後にヤテムスビになりました
ヤシロナル コレニイマスル こうしてヤシロができたのです これに住むのが
イマノミヤ オオクンヌシノ  今のミヤです オオクンヌシの
カンガエハ キハサカシマニ 考えでは、木は逆さに
カシラシタ カレムネオモテ  頭を下にして建てるのです ですから棟のところを
ヤネトナス フクハヤネネゾ  屋根と呼び、葺くのは屋根の根です
モシハシラ ツガハシモツゲ  もし柱を継ぐのなら下で継ぎます
カミハネゾ ネハタチツガズ  カミは根ですから、長男は太刀(=身代)は継がないのです
ムノヲシテ ノキヨリムネニ  ムの字の図象を見れば軒から棟に
テオアワス ムツキネトナス  手を合わせる形になっています 1月はネです
ムナキモシ スエハツグベシ  もし棟木を継ぐなら末を継ぎます
ネハツガズ ハリノネハフユ  ネは継ぎません 梁の根は冬
ウヅキスエ スエハツグベシ  卯月末、末子に継ぎなさい 
ネニツグナ ヒサシハオオヒ  長男には継いではいけない 庇は覆いです
キサニサセ シトミハトミノ  東南にさしなさい シトミ(戸口?)はトミの

ムテムスビというのはなんでしょうか、この説明のようにムの字の形にしたがい、手を合わせたような意匠なのでしょうか。
規模が大きくなるとヤテムスビというのも不思議です。
方便を使って工学的な解説をしているようにみえます。
木を頭を上にして柱にしてしまうと、生きていた時と重力方向が同じなので、上に伸びてしまうのでしょうか。
柱は梢の方で継げというのはやはり含水量の問題でしょうか
この時代、アマカミの位以外は末子相続なのです。
カミは根だ、というのはシムの幹と同じで長男だと思います。
ネハタチツガズは、ネハ(=根は=長男は)・タチ(太刀)・ツガズ(身代を相続しない)ですが、家を相続する時分には長男は既に身が立っているので、末子に継げということなのでしょうか。
ムツキ(=1月)・ネ(=ヱトの子に相当)トナス
棟木を継ぐ時も梢で継げといっています。
ハリノネハフユは、ハリ(=梁)・ノ・ネハ(=根は=ヱトのネは)・フユ(=冬、また富有を掛ける)
ウヅキスエはウヅキ(4月の)・スエ(末日)にもなって冬の1月につないではダメです、ということですか。
工学的には梢の乾燥の良いところで継げということでしょうか。
ここでまた、強調して末子は継ぐべし長男に継ぐなと言っていますが、「ベシ」なので、決まりではない、べき論なのですね。
ヒサシは覆いなので南東につけるのが良いといっており、掛けている事象があるようにみえるのですが私の理解力不足で読めません。

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トノヲシヱ トホルオミルゾ  トノヲシエです 通り(亨るに掛けた)を見るのです 
ホノシツメ トノアケタテニ  火の鎮めは戸の開け閉てに
スレアエバ シタオシキヰト  擦れ合うので、下をシキ(=鴫)・ヰ(=敷居)
ウエカモヰ シギハタノトキ  上をカモ(=鴨)・ヰ(=鴨居) シギは田で鳴き
トハウシホ ナルトノヒヒキ  戸は潮、鳴門の響き
ウシホナル ウエニカモフネ  潮が鳴る上に鴨船
ミツトリノ ホノシツメナス  水鳥によって火の鎮めをします
シキカモヰ ココニタツタノ  敷居と鴨居、ここに竜田の神が
カミイマス カツヤマイリハ  いるのです そして山に入るのは
ツヱサヱゾ キヲノフハイム  ツヱとサヱの日がよく、キとヲの2つの日はよくない
ヱトニソム アメアカルヒハ  ヱトに従えば、雨上がりの日は
ヨロツヨシ ヤツクリハコレ  すべてがうまく運ぶので、家を造るにはこうするのです
トキニキミ ヲコヌシカミト  ときにキミはクシヒコにヲコヌシカミの
ナオタマフ ハシラナモコレ  名を賜います 柱の名の由来はこれ(大黒柱)です
ミヤツクリ フキイラカマテ  ミヤツクリは屋根を葺くまで
ミナナリテ ミマコニニキネ  みな仕上がりました 御孫のニニキネが

戸の開け閉てに水鳥をあてはめるところが素敵です。
鴨が居るから鴨居、鴫が居るから敷居、水にちなむので竜田の神の防火となるわけです。
カツヤマイリはカツ(勝手=担当する竜田姫)・ヤ(=屋=ヤシロ)・マイリ(=参拝)でしょうか。
掛かっていると想われる、山に入る理由はよくわかりません、フェイントかも。
各家々の周囲はヤマサカミが徘徊して、火の気が無いことを確認し、燃えやすいものが積んであったりすれば取り締まります。
アメアカルヒはアメ(=天)・アカル(=明るい)・ヒ(=日)でしょうか、ヱトに叶う日があるのでしょうか?

屋根は萱葺と想われますが板葺もあるのではないでしょうか。
時に、ニニキネはオオモノヌシ(クシヒコ)にヲコヌシカミ(大国主)の名を賜います。
ハシラナモコレというのは、ヲコヌシハシラというのでしょうか。
一般に、大国主というと、オホナムチのことをさすようですが、ここではクシヒコのことです。
大国主→大国→大黒となってヒンドゥー教のマハーカーラと習合したのでしょうが、都造りの功績から大黒柱の元祖なわけです。

大変なことを発見してしまいました、大きく脱線することをお許しください。
前回、ムノタミメというのを6人のタミメと訳しておきましたが、これはヒトヨミキなどという記述があったので、若い女が一夜酒を醸した(口噛み酒)とおもわれるため、その要員が必要だと考えたからです。
朝倉氏の注意書きを見ると、タミメは文書だろう、と書いてあったので、さらに深く考え、とんでもない説を導きました。
朝倉氏が言うように、ムの字の図象に着目している研究者は多いのですが、彼は別のことを起想して、ムノタミメはムロヤにかかわる設計図だ、というのです。
これは極めて衝撃的な説、というより論です。
ハタレの乱のときサツサ(何でしょうか?ササ餅?)にサッサツヅウタを書いたウタミを付けて投げたというのがありました。
ハタレは懐柔され、戦線を乱され、わけがわからない状態になりました。
その原因がこのウタミにあるようです。
そこに、カミノタミメニヤモタタズ(アマテルカミの下したウタミに書いてあったタミメを読んで心乱れて)矢が当たらなかった、とあるのです。

一般にヲシテ文字は知られていません。
それは一般人の目に触れるところにヲシテ文字が無かったから(=ホツマツタヱ偽書説)といわれる通り、ヲシテ文字が知られていないのだから、ウタミにヲシテ文字を書く意味がないのです。
もう、お解りいただけたかと思いますが、これはタミの文字に間違いありません。
普段、「我が上古に文字無し」にいためつけられている研究者がヲシテ文字以外の上代文字を否定する!なんと、漫画なことではありませんか。
池田先生ですらこの考えに凝り固まっているのです。
他の上代文字はイカサマ、ヲシテのみが尊いと、ね。

現時点での結論を言いますと、タミメはヲシテ文字以外の文字で書かれていた文書である、ということです。

また身内からNGが出る前に書いておきましょう。

■仮説

ヲシテ文字は高度な哲学を持つアメ族(仮称)によって編み出されたアメ族内部でのみ流通され、維持された文字である。

アメ族は他部族との文書による交流にはヲシテ文字ではなく、当該他部族の文字を用いた。

諸地方といっても、言語は日本語を共有しており、文字だけが異なると考えれば良い。

例として、豊国文字は九州地方などで発見された石などにも刻まれた文字である。
これらの部族は地誌として上記(うえつふみ)を編纂したとしてもなんの不都合もない。
ただこれらはホツマツタヱと比較すると文化度が低く、せいぜい、地方官吏程度(つまり王)の文化度の人による編纂だと考えれば良い。


これぐらい定義しておけば、偽書だ偽書だと騒ぐ人も気にしなくなるだろう。

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これが豊国文字

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これが豊国新体文字
時代が異なるのか、周囲の地域との習合があるのか・・・

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これはアヒル草文字

アヒル文字は対馬の阿比留氏(あびるし)によってつたえられているものなので、正確にはあびるもじなのかもしれません。
アヒル文字は半島との交流を身近に感じますね。
近代にもファンが居て、1862年に
歌碑を建てたりしてるとか。

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徳島にある船盡比賣神社(ふなはてひめじんじゃ)の歌碑

すきのをのみやのみまへに
なまつのうたよみてしろい
しにてらしてたてまつれる

なみのまに いててみえなむ
つぬさはふ いはつのふちの
そこのなまつは いわくものはなか

ナマズ出てこないかなーっていうウタですか。
これ、ハングル読みで読めるんですが、日本語なので当然、パッチムは無い。
また、ヱみたいな音はハングルでは字母を組み合わせて表現するようですが、これはまさに日本語(笑)
日本語は50音で足りるので、諺文(おんもん、げんぶん)を形成するのも簡単ですが、世宗が訓民正音(ふんみんじょんうん=ハングル文字表記法)を作成したときは音が多いので苦労したと思われます。

さて、これら日本語の諺文はなぜ残らなかったのでしょうか?
それはどの文字もメモを取るには速書性が低かったのではないかと考察されます。
ひらがなの連綿にくらべると、決定的に手間なのです。

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これは王羲之の草書ですが、「ふ」や「ち」はすでにひらがなと区別がつきません。
王羲之でももっとすごい連綿もあり、私は展示会で見た時にひらがなの連綿だと思いましたが、読めないので漢語だということがわかったくらいです。
ひらがなは日本人の発明だ、とよく言われますが、それは楷書の話で、草書では中華で既に完成されていたものです。

結果的に、ひらがなの速書性は他の諺文を駆逐したのだと考えています。
また、中華帝国との付き合いが深く強くなるにしたがって、官僚は漢語を多用するようになっていくわけです。

さて、だいぶはげしく脱線したので、少し話を本線にもどして、トシノリタマメというのも実はこの諺文だったのではないでしょうか。
諺文で書かれた暦です。
最初、絵暦と考えたのですが、印刷技術も無く、紙は実用化以前となれば貴重な布に描くか、木の葉か木ケラくらいしか無く(パピルスは無いよね)、大きな絵図面は表現のしようがないのです。

ここで、アメリカに行った時のことを思い出しました。
ホテルで空港への道を尋ねたのですが、5行ほどの文章が書かれた紙切れをわたされたのです。

それにはこんなような事が書いてあります。

まず、このホテルを出たらI-6 North(interstate-6 Northすなわち、州間高速道路6号北行)に入りなさい。
そして325Westに入りなさい。(道路標識の325Westというのを見たらその道に入りなさい)
そして26Northに入りなさい。
そして137Eastに入りなさい。
ここが当該空港の駐車場です。

これだけの情報で、実際に自分で運転して空港でレンタカーを返すことができるのです。(数字はデタラメですので実際に行って迷わないでください。)
地図など、見ないで、道路に有る案内標識(決して多くないから迷わない)だけで充分なのです。

地図見ながら一週間で400マイルくらい走ったかねぇ、いやぁ、迷った迷った。
随分ガス代使ったし。
もう、毎回、 Excuse me, am just missing direction,please let me learn where am I・・・の連発だったもんなぁ・・・


もし、トシノリタマメが農業暦ならヤヨイハツソノタネマクゾ(=3月1日、苗代に種籾を撒くのです)とか、ウツキスヱタノシロカケヨ(=4月末日田の代掻きをしなさい)とか諺文でかいてあるだけで、タミは嬉しくなってしまうことでしょう。
これなら葉っぱに書いてもよいのです。
もしかすると、トシノリタマメというのはトシノリ(=暦)・タ(=田)・マメ(=お仕事)かもしれません。
ムノタミメはムロヤを造るときの手順書と考えればよいうと思います。
どうしても大きな図が欲しければ、説明するときだけ、アルキメデスのように地面に図を描けば良いのです。
ただし、気をつけないとツキヨミみたいな出来の悪いカミにぶった切られてしまうかもしれません。

ヤマサカミをまとめた図を作ってみました。

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結局のところ、ヤマサカミは自然神というよりは官僚的人工神というべきものではないでしょうか。

神社までは、あと、依代のはなしくらいで良いかな?
次回、神社が出来たぁ!となるか?? 乞うご期待。

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前回、手短にミヤの成立という図を示しましたが、息子がNGを出して「何も説明してないじゃないか!」と怒るので、説明を足します。
ミヤの成立には大別して2つのパターンが考えられますが、根本原理は同じなので、原則を書いたのですが、彼は法科なのでなんでも厳密でないと嫌なようです(実は法律論では私がそれを要求しているのですが)。

パターンその1は中央、すなわち朝廷でアマカミが宣言してミヤコを遷すとき、何もない場所にミヤコを造営することになるので、ミヤも0から作るのですが、構成員のトミ・タミは変らず、場所と都市計画を刷新することになり、それまでと違った様相を示すことになります。

パターンその2はそれ以外の場合です(また怒り狂いそうだな)
これは主に、中央から任じられ、赴任したカミによってある地方で新たなミヤができる場合です。
この場合、ヨヨノトミでなくて、命を受けた一般人であることも考えられ、ミヤの構成も自由度が上がりますが、ミヤの永続性から言うと、これが一番、後世まで残りやすいと考えられます。

さらに、その他の状態として、地方豪族が中央にならって、(あるいは逆らって)ミヤを作ってしまう場合です。
規模が小さいうちは無視できますが、増長してくれば、朝廷から見れば許しがたい状態になるでしょう。
ソサノヲとハヤコ・モチコの場合も、8年も放置されていたのですから、討ち滅ぼさなければこのパターンになって、オロチのミヤコが出来ていたでしょう。(クラキネの裔ですから、結果はひどそうで、全国大乱まで行ったかも)

今回、ミヤから神社へというテーマでお話するのは朝廷がミヤコウツシ(遷都)をする場合です。
21アヤは、アマカミがニニキネであるので、時はすでに二朝廷並立時代になります。
2朝廷並立といっても、まったく争いは無く、互いに尊重しながら距離をおいていたようです。

途中、ヤマサカミの話をしなくてはなりませんので、あらかじめ断っておきます(なにしろ内から批判の声が・・・)

あと、ヱトと干支の対応表だけ貼っておきます。(あんまり意味無いけど)

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    コンテンツは池田満著 ホツマ辞典より

ニハリノミヤは茨城県で、新治郡衙(にいはりぐんが)として1941年に発掘され、52の建物跡が発見されています。
豪族の家や倉庫などがあり、当時の郡司の遺跡であると考えられたようです。
始めて発掘された郡衙の遺構であり、国の史跡に指定されていますが、さほど重要視されていないようです。
現在では畑しかないようなところなのです。

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フソムスス ソナヱフソミホ  26鈴17枝23穂
ヤヨハツヒ キヨヒトミコノ  4月1日キヨヒト(ニニキネ)が
ミコトノリ オオモノヌシガ  詔して言いました オオモノヌシの
ヲヤノクニ イツモヤエガキ  親の国である出雲に八重垣をめぐらした
ノリヲサム ソノモトノリハ  ミヤを造って治めた元は
サキカミノ イサオシナレハ  先のカミ(ソサノヲ)の成果です
ワレモコト タテントヨモオ  私も大きなミヤを新設したいと思いあちこち
メクルウチ ヨキノオヱタリ  巡るうちに良好な野をみつけました
ココニヰテ タオヒラカント  ここに住まい、田を開こうと思います
マヅタツル ナモニハリミヤ  まずトノを建てるのです 名はニハリ(新開)ミヤとします
フトマニニ ミヤツクリノリ  フトマニで確認してミヤを作る手筈を
サタメヨト オオモノヌシニ  定めなさい、とオオモノヌシに
ミコトノリ モノヌシウケテ  命じます モノヌシはこれを受け
ノリサダム マツソマオシテ  都市計画を定めます 手始めに
キオキルハ キヤヱノヒヨシ  木を伐採するのにはキヤヱ(甲辰)の日が良く
テオノソメ ネシヱイシズヱ  手斧を使います 基礎を築くにはネシヱ(壬午)の日がよいでしょう

オオモノヌシはオオ(=大)・モノ(=軍務)・ヌシ(=長官)で、朝廷の軍務長官ですが、八重垣臣でないとなれないそうです。
この官職は元祖ソサノヲの長男により世襲され、同時に2人いることはありません。
初代はオオナムチでしたが、この時代では2代目で、クシヒコが任じられています。
軍事だけでなく、行政、司法でもアマカミの事業がうまく進むように采配をふるうことになりますので、外交にも長けていなくてはならず、その責任は重大です。
この文書の伝記作家であるクシミカタマもオオモノヌシに任じられました。
他の豪族では単にモノヌシと呼ばれるだけです。
細かい取り決めを効果的に行うため、フトマニ占を多用し、全体をシンボリックに捉え、的確な指示を行います。
ニニキネの希望は、イズモのソサノヲのミヤのような創意工夫にあふれたミヤを造ることなのです。

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ハシラタテ ナカスミハシラ  柱を立てますが、中住み柱は
ミナミムキ キタヒガシニシ  最初に南、次に北、東、西の順にします 
メクリタツ シマカラフカト  周囲にめぐらしたタミの擁護門は
ナカスミニ ヨリテサタムル  中に住むタミに寄り添って定められています
ムネアゲハ ツアヱニイハイ  棟上げはツアヱ(丙子)の日に執り行い
アカコワヰ ソミカシハアメ  13膳の赤飯を天の暦になぞらえて
ヒトツキト ヤカシハアモト  日と月に、8膳は天元神の
ムネニスヱ モチミモムソム  棟に供え、366個の餅に
ユミヤソエ ハシラニマツル  弓矢を添え、(南北東西の)各柱ごとに祭ります
ヰクラのヰ トシノリタマメ  ヰクラに5杯 トシノリタマメと
ムワタノナ ミナヒトヨミキ  ムワタに7杯の一夜酒を供えます
ザイオフル ムネトハシラネ  大工が采配をふるい、棟と柱根を合わせ
ツチオウツ トキニタクミハ  槌を打ち、タクミが
ムノタミメ ソノノトコトハ   6人のタミメを従えて、祈るその祝詞は
アメツチノ ヒラクムロヤノ   天地開闢のムロヤ(68000)の
カミアレハ ヱヤハヨワカレ   神に祈る 穢病は弱く、
ヌシハナガカレ        この家に住む者が長命であることを
アメツチノ ヒラクムロヤノ   アメツチノヒラク(ミヤコを開くの序詞)室家の
カミアレハ ヱヤハヨワカレ   カミ・アレハ(=吾は=カミである私は命ずる) 家々はヨワカレ(4岐=4倍に増えなさい)
ヌシハナガカレ        ヌシハ(=おまえたち住人は)ナガ(ナガ=汝が)カレ(=光れ=私の栄光として輝くようにしなさい)
カクミタビ ノトシテモチオ   こう、3回宣り下して餅を
ナケチラス サキニミヤバニ  投げ散らした それより前ミヤを作る所に
オコロアリ モチウゴニニテ   オコロがいた モグラのように振る舞い
ホノホハク タミラオソレテ   炎を吐くのでタミたちは怖れて
コレツゲル モノヌシトエハ   これを告げた モノヌシが訊くと
コタエイフ カグツチタツオ  答えて言うに、カグツチのタツオが
ハニヤスニ ヨロコウマセド  ハニヤスにたくさんの子を生ませましたが
タツナラズ アナニウレフル  我らはタツになれなかったので、穴で憂えていました
ネガハクハ ヒトナシタマエ  お願いです、人にしてください
モノヌシガ モフセハミマコ  モノヌシが申し上げると御孫(ニニキネ)が
ミコトノリ ナンチウケベシ  モノヌシよ、聞いてやりなさいと言われました
アメノカミ ヤマサオウミテ  アメのカミはヤマサカミを制定することにより

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ミカマモリ オフカンヅミハ  御竈を守る(=防火)ことに責任があるのです
ハニシキテ マツルヤツクリ  地面を清浄に保ち、祀る社をしつらえ
シコメナシ ヱトノイクシマ  つつがなくすごすのです 兄弟よ、イクシマ
タルシマト カミナタマエハ  タルシマの名を与てカミとなすので
モリモナシ ワガニイハリノ  その守りをするのです 私が新たに開く
アラヤタツ ナカツハシラノ  新築の家々の中柱の
ネオカカエ マタヨトコロノ  周囲と4箇所の
モリモカネ トモニマモレヨ  防火を兼ね 共に仕事をしなさい

これは、もう、凄まじい世界ですね。
なんと、このミヤコ、暦の形にデザインされているわけですか。
正面が南側なら東西南北のそれぞれのブロックの真中に柱をたてれば柱は菱型にならぶわけで、それだけでユニークなミヤだとおもいますが、それぞれをヰクラの5つに相当させてキ・ツ・ヲ・サ・ネで4つの季節にあてはめたのでしょうか。
遺跡の報告書には52の建物跡がみつかっているそうなので、13膳の赤飯と四季の4で52となり、7曜の考え方とは異なりますが、ムワタの6にトシノリタマメを加えた7に52を掛けると364で1年間に相当します。(余りは後ほどアマテルカミが説明しますが、餅の数は366でした)
報告書を見れば実測図があるとおもいますので、建物の配置がわかるでしょう。

棟上げの儀式の描写があります。
タクミが祝詞を奏上するのですが、ここにはひっかけ問題が用意されているようです。
同じウタを2つ書いて、次に3行分の空白をあけ、次にカクミタビ ノトシテモチオとありますので、3回奏上したというのに2つしかないじゃないか、と思った人は罠にひっかかったのです。
これ2つのウタを別の意味で読みなさい、ということです。
けっきょく、祝詞としては6回同じものを読んでいるように聞こえるのです。
ソサノヲのところでも出てきました。
ウタミに染めて渡すときは一回でよいのですが、書いて無いときは3回詠むのですね。
それにしても、モチを撒き散らすというのは現代とまったく同じですね。
ニハリノミヤが新治郡衙跡と同じものだった場合、ホツマツタヱの成立は奈良時代までさかのぼることになりますので、これは重要な情報です。

ここで、オゴロというのが出てきましたが、これは現代語でも同じ表現があります。
カグツチがハニヤスに子を生ませたとありましたが、タツ=龍;あ、漢字語だぁ!とあせっていはいけません。そもそも、縄文時代のタツがどんなものかわからないのです。
もしかしたら、五角形をしていて水を吐きかける、あのアレかもしれません(わし、べつにポケモンのファンじゃないですから、ね・・・勝者ヒトデマン!とか言わないしぃ)

モグラなんですが、土竜と書くのですが漢語で土竜はミミズの意味でモグラではありません。
漢字時代になってモグラに土竜という字を当てたにすぎません。
次の22アヤに至っては、ヒミズという言葉をアヤのタイトルに使っています。
これは、トガリネズミの仲間ですが、その語源は「日見ず」でまさにヤマトコトハです。
ただ、22アヤは和仁估安聡が気をきかせすぎて、「毎日繰り返し謡して欲しい」とかいって、全文カタカナにしてしまったとかで、元の字がわからなくなっているのです。
それゆえ、私は22アヤをひもとく気にはなれません。

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左がモグラ、右がヒミズです。
モグラの手は横に向いているので、地表を歩くことはできないようです。
モグラはミミズやオケラみたいな小動物・昆虫類を食べていて、植物性のエサは受け付けないとか。
ヒミズを捕まえるときには麦を使うそうです。

さて、ここに登場したのはれっきとした人間です。
ホツマツタヱではよくこういう表現をしますね。
ホノホハクというのは凄い剣幕でまくしたてるっていうことでしょうか。
現代でも怪気炎をあげるとか、いいますから。
タツナラズ アナニウレフルというのは、トミとして認めてもらえなかったので自分の境遇を憂いていた、ということですね。
ネガハクハ ヒトナシタマエというのは、おねがいです、召し抱えてください、ということです。
ニニキネはモノヌシに許可をあたえ、このオコロ兄弟はイクシマ、タルシマという名をもらい、カミとしてとりたててもらうことになりました。
ヤマサカミが制度化されたのはイサナギ・イサナミの時代ですが、ここではヤマサ8神を束ねてなんでもすぐやる課みたいな感じでしょうか。防火と整理整頓、環境美化をやっているようです。

さて、もうすぐ鳥居です。

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トコタチノ コノトシノリノ  クニトコタチの子のトシノリの
タマメカミ ヰクラムワタノ  タマメヒメがヰクラムワタ
ウミアゲル アメヨリクダス  を生み、中央から与えた
ヒヨミカミ フタカミコレニ  ヒヨミカミと、フタカミがこれに
ヤマサナス アメノミマコハ  ヤマサカミを加え、御孫は
ニイハリノ カトノタカヤニ  新たに設置した門の高所に
ヤマサカミ マツルハタミノ  ヤマサカミが居ることにより
カラフシマ ワカクシマドト  タミの不安を払拭するワカクシマドと
トヨマドト ツネニマモリテ  トヨマドが常に守るために
トリオカフ タミノカラガレ  鶏を飼う タミの空枯れが
アラジナト ヲサガオコレハ  無いようにと もし、オサが驕れば
タミツカル ツカレテワザモ  タミは疲弊してしまう 疲れて仕事も
カラカレト ウツタフトキニ  辛くなるだろう 訴え出てくるときに
イマシメテ クニオタサネハ  オサを戒めて、国を治めねば
タミココロ アメニトトキテ  タミの思いはアメに届いてしまう
キミガカト ヤマサノカミガ  キミの出先機関であるヤマサカミ(=ここではニワトリ)は

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シルユエニ ココロクルシム  これを知っているので困るだろう
ソノトキハ トモニミタルル  そんな状況では
トリノトキ ミダレイタメハ  鶏のトキ(=時を告げる声)も乱れて、悲しげになるので
ヒトモシル フトマニミレハ  トミ・タミ全員が知ることになるだろう フトマニで占えば
ケタオシル ツウジヨコヘオ 事情が分かってしまう ツウジとヨコベが
ツカワシテ タミオミダラバ  派遣されてきて、(オサが)タミを乱しているのなら
ソノツカサ アラタメカエテ  その司を更迭して
カレオトク ユエカラフナル  (タミの)枯れを解決するのだ これゆえに、枯れを柔す
ニワトリハ カオウケナキテ  ニワトリ(=鶏)は カ(=彼=状況)を受けて鳴き、
ツアカヱズ コヌカオコエハ  空腹でコヌカ(=粉糠=鶏の餌)が欲しい時は
コカコフト ナクハスナオヤ  コカコフ(=小糠乞う、を表すオノマトペ)と鳴くのは危険度0(平常)
クダクレバ クダカケナクゾ  (状態が)砕けているなら 乱れ鳴くのだ(危険度≧1)
カラスダモ ヨキイオウケテ  これがカラスであっても、良い事に出会えば
ヨロコベリ ウレヘバウレフ  喜ぶものです 悲しい事に出会えば哀しむのです
オノガカオ ツゲズユラスハ  自分の存在を明かさずに事態を(あたかも自然に)発露させるのが
カラスナリ トリヨリサキニ  カラスの仕事なのです 鶏(=ニワトリ)より先に

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シルカミノ シマハトリヰゾ  知る(=知る・同時に対処する)カミの詰め署がトリヰなのです
コレカミノ ミコニヲシエテ  これはかつて、カミ(アマテルカミ)がミコ(ヲシホミミ)に教えた
イタワリオ シラネハカミハ  (トミ・タミに対する)労りを知らねばカミは
トリヰヌゾ ホツマオナメテ  トリ(=執る)・ヰヌゾ(=去ぬぞ、執損なうぞ) ホツマの原理に従う
トリヰナリケル       トリヰなのです
サノミカト ハシラハミソキ  南の御門の柱は30キ
ハバミタケ タカサモミタケ  幅は3タケ、高さも3タケ
ケタノウエ ムタハトシカズ  桁の上6タ空けて歳を歴た
フトサツキ マルケタトモニ  太く、四角でも丸太でもよいが、棟木を乗せなさい
ヤツクリノ モトハトコタチ  家作りの元はクニトコタチなのです

やはり、ここにもカラスが出てきますね。
表のカラスはイギリスでいうならMI5、八咫烏はMI6ってとこでしょうか。
ニワトリはスコットランドヤードかしら。
ヨコベは国内を担当する法律家、ツウジは中央あるいは他国に関する法律家でしょうか?
私も最初は、ニワトリが詰めている所のシンボルだから鳥居だと思ったのですが、どうやらカラスが居るという印なのですね。
いずれにしても、鳥居がある所にお願いすると、うまく解決してくれるかもしれない、というのはわかります。


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鳥居をデザインするならこんな感じでしょうか。
神社まで、あと少しですが、急ぐとまた、「説明不足だ、言葉が足らん」とか言われちゃうから、次回はヤマサカミのまとめから神社の成立(例)までということにしておきましょう。
なにしろ、本調子でなく、元気が出ないうえに、暑さにやられてきたので、困るんですよ。

まだまだ、シベリアは遠いや・・・

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テレビが壊れてしまって、新しいのが届くまでの間、更新をする気が失せてしまいました。
(ノートでは画面が小さくて、字が見えないのです)

やっと大きな画面で見ることができるようになったのですが、まだ気分が乗ってきませんので、少しだけ始めましょう。

・ヲシテ時代に祀られていた自然神

ホツマツタヱが伝える時代に祀られていた自然神は驚くほど少なく、以下に示す程度の原理宗教だったようです。

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-23-6b/andro_gosse/folder/1128972/62/34755662/img_19?1496582637

その自然神を祀る司は神と同じ名、あるいは類似した名を賜り、カミとして、人々から尊敬されることになります。
そして、そのカミは世襲しますので、代々、元の自然神を祀っていたのです。

ホツマツタヱでは神とカミ(守)が同音であるために、曖昧に表記したり、あるいは意図的に重ねて表現したりして、室町時代の偽書では?と思わせてしまうことすらあります。
この見方に反論すべきでしょうか?
私は反論などせず、淡々と解説を試みるだけで良いと思っていますが、記紀が尊いと思っている人は、ホツマツタヱが記紀の元になっていることを正確に否定できなければ、記紀も否定しなくてはならないのです。

・現代の神道に関して

最初の頃、私は神道というのは古代の政治形態の劣化コピーだというようなことを書きました。

神道については、ひとことでは語れないとおもいますが、かつてGHQには国家神道というのが明治時代からはじまった集団ヒステリーに見えたのではないでしょうか。

以前、シベリアの夜長シリーズの7で書いたように、神社=ミヤであり、朝廷からミヤをもらったとしたら、もらった官吏はそこからの上がりは自由に使えるし、それは世襲するのですから、江戸時代になっても社地は当該神社の所有物であり、寺社奉行は税をとるか相続を管理するかぐらいしか権限をふるうことはできなかったと思います。(富くじ発行とかも)
結果、現代になっても社地はあいまいにしか管理されていないので、管理している神官が鎮守の森を切り売りしてしまったりするのです。

また、現在、神社本庁みたいな謎な無責任団体が管理しているせいもあり、神社の神官は、学校をでていれば歴史に興味が無くても神学のイロハだけ知っていれば務まるのです。

さらに、神仏習合していたため、分離した際に多くの思想が失われ、修復することは不可能です。
日本列島は世界の文化のドン詰りであることを考えれば、あらゆる宗教が集合するのが神道の正しい進化なわけで、それを分離すれば崩壊するのが当然の帰結です。

仏教も日本に来ている奴はネストリウス派だったり、2元論だったりで純粋なものなんて無いんですから。
私の家の近くに「お竹如来」っていうのがあります。
お店(たな)の下女が如来なんですが、そのお竹さんがいると部屋中が光り輝いていたとか。
仏教ですらこのありさまなんですから、正確な教義なんて、我が国ではどうでもいいんです。
そのどうでもいいもので、国家統一して国威発揚とか言ってたんだから、社会正義もクソもないでしょう。
神道も2ちゃんねるのチクワ大明神もまったくの等価なのです。
私と神学論争をやりたい神官がいるなら5分で論破してみせますよ。

私は中学生の頃、靖国神社の社務所の息子と一緒にボーイスカウトやってました。
相撲場で飯つくって訓練したり、楽しくすごしましたよ。
だから国家護持だってフツーなんです。
神社は拝みに行くだけの存在でいいのです。
大事なのは教義ではなく、フォークロアなのです。

日本には何も無かったことにされている縄文時代が理解されるのはまだまだ、先のことです。
ここを読んでいる人は、他の人とちがって、すこしだけ神道を理解するようになるかも☆


・神道の成り立ち

神道の成り立ちを簡単に解説することはできませんが、神社の成り立ちなら説明できます。

神社の原型は高床の備蓄倉庫であった神明造りを基本としていると言われていますが、私も同意見です。

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-23-6b/andro_gosse/folder/1128972/62/34755662/img_20?1496582637

これは下谷の三島神社です。
ここの宮司は、河野通有の子孫で、私の家と祖を同じくする、とても遠い親戚です。
この神社の紋は折敷に三文字、折敷(お隅切り)は神職を表し、河野越智氏の家紋です。
この神明造りというのは、それだけで古代を想わせる風雅なデザインです。
直線的な屋根は、萱葺きが基本ですが、板葺き、銅葺きもあります。
対照的に瓦屋根は寺で多用されるため、権現社では瓦葺きが用いられるようです。
私は、この神明造りが大好きです。


・神社の成立

農耕村社会はアメ族が渡来する以前から成立していたと考えられます。(あるいはホツマツタヱに記述があるように、アメ族は複数度にわたって渡来していたと考えるほうが正確でしょう)

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一般に言われているように、こんなのは普通にわかります。

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-23-6b/andro_gosse/folder/1128972/62/34755662/img_22?1496582637

Phase1までは、最初にアメ族が渡来するまでに完了していたことでしょう。
その後、永い年月が流れます。


そしてアメ族が渡来します。
渡来人というと、半島から来た、と想像される方がいると思いますので、話が特定できないように、すべて復元縄文人に演じてもらいましょう。

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アメ七代になり、列島の中いっぱいにアメ族の血を引く「縄文人」が満ちるのです。
中央、といってもミヤコウツシも行われ、アマカミによる統治が進み、文化も列島に満ちてきます。
ミヤによる自律分散体制により飢饉があっても、生き延びることができ、社会は安定を増します。

この頃になると、それぞれのミヤに屯する部族はモノ(=兵力)を蓄え、威力を増します。
つられて、統治するアマカミもさらに強力なカミイクサ(=国軍)を保持するようになります。
これはモノノベの前身で、やがて物部氏になります。

そしてアメ七代が過ぎ、これまで紹介してきたイサナギ・イサナミの時代、文化による統治は限界に達します。
アマテルカミの統治下ではさまざまな不和が形になってあらわれて来ますが、崇高な統治精神とは裏腹に、世の中には混乱に向かうのです。
こうしたなかで、天津神に比定されるアメ族の信仰から神社がうまれてきます。

上で図示したホツマツタヱにおける自然神に出てきたヤマサカミについて、混乱を激しくするようなことが起こっています。

その9で紹介した文のなかに、

カクツチト ハニヤスガウム カクツチとハニヤスガ生む
ワカムスヒ クヒハコクワニ ワカムスヒは、首は蚕に
ホソハソロ コレウケミタマ 臍は稲になって、これはウケミタマです

という、よくわからないのがありました。

これはイサナミが火にまかれて焼死するシーンに挿入してある、混乱をさそう記述です。
なんと、これがヤマサカミのことなのです。
まるで現人神ですね。
ヤマサカミの何代目かはわかりませんが、ホノカグツチとハニヤスヒメは恋仲になり結婚し、子を生していたのです。
その子孫であるオコロ族の記述が21アヤにあります。

少し乗ってきたので、すぐ続けますが、今日はここまでにして、次回に21アヤの詳細と神社の成立の続きを書きたいと思います。

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飯山一郎大先生批判

飯山一郎大先生批判

このブログはフクイチ放射能を逃れ、シベリアの大地に雌伏することを念頭に日々忍耐の限りに挑戦される方々を対象としてはじめたものですが、さきごろ飯山一郎先生が「日本は助かる!」宣言をされたので、僭越ながら私が、当ブログの読者を代表し飯山先生に対する理性的批判を試みようということにしたのです。(批判になっていないかも)

最近になってネット上に観測気球が揚がりました。

安倍晋三 皇位簒奪 で検索すると最初にネットゲリラの記事が出てきます。
特にコメント欄を注意して読んでいただきたいと思います。

この記事は南朝・北朝を問わない皇族筋がみずから揚げた観測気球だと考えられます。
私はこの記事を見て次期天皇は安倍晋三であることを確信しました。

放知技における飯山先生の解説でわかるとおり、おそらくもって、安倍晋三は南朝の正当な後継者でありましょう。
それゆえ、私は安倍晋三が近々践祚してもなんの不思議も感じないし、大変お目出度いことと、寿ぐばかりであります。
ことわっておきますが、私の家は、遠く、男系でこそありませんが、孝霊天皇の血筋を引くものであり、ヲシテでいう代々の臣(ヨヨノトミ)なので、ただのタミではありません。

ここまで書けば、飯山先生は、「じゃあ、なにが不満なのだ?」といわれるでしょう。
飯山先生の間違いは「国家は指導者できまる」と言われることなのです。

我が国は臣の質で決まると考えられます
我が国は、この3000年間変わらずに臣主主義で運営されてきました。
永続性の高い国家として、先の大戦にも耐えてきたのです。
それゆえ、国の形は変わっていないのですが、飯山先生は安倍晋三が官邸からネオコンを追放したことに有頂天になり、国の形が変わった!安倍晋三が天皇になればすべてうまくいく!
と云わんばかりのようすが見てとれ(そうだとは申しておりません、そう見えるのです)ます。
臣の劣化を見逃していらっしゃるのです。
それは法律の建て付けの悪さからきていることも放知技で申し上げた通りです。
臣はその権力に溺れ、驕り昂ぶっているのです。

南北朝の問題は、もとをただせば、アマテルカミがニニキネとホノアカリの両方をアマカミとしたことからはじまっています。
ホノアカリは父オシホミミから、正統としてミクサタカラを受け、ニニキネはタミに対する貢献の大きさから祖父アマテルカミより新たなミクサタカラを受けたことにより、2朝廷は「仲良く」並立したのです。
おそらく、飯山先生はこのことをご存知で、それゆえホツマツタヱを切り捨てようとされたのだとおもいますが、それはあたらないのであります。(安倍晋三風)

わたしも以前から、古語拾遺にある「蓋聞、上古之世、未有文字」と後の人の言う「我が上古に文字無し」とを重ねて使っておりますが、「我が」というのは、右翼にとって決定的な縛りなのです。
右翼集団では日本について言うときには必ず、「我が国」と言わなくてはなりません。
私は高校生の頃、左翼をやっており、昭和帝が崩御されてからは右翼をやっていたのでよくわかります。
また、保守というのは思考停止を意味し、新たに生じた環境に対応することができなくなる危険を含んでいます。
やみくもに革命を唱えるトロツキストは、無論、排除せざるを得ず、時には武断政治も必要になるのはもちろんですが、武断を実行するのは臣なのです。
指導者が一人で権力を行使できるのは暴力装置たる臣が忠節なればこそです。
明治以降、民に対しては教育をほどこしましたが、臣に対しては保守体制に任せきりだったのです。
洋物の考え方では民が反逆することは怖れていますが、臣がフリーハンドではいかんともしがたいのではないでしょうか。
無論、臣は命令に従うはずだ! といわれるでしょう。
これは先に述べた建て付けの悪い法律ゆえの問題です。
最終的に、臣は自分の直属の臣の命令しか価値を見いだせなくなるのです。
結局、北朝の君の下に侍る臣は北朝の君に、南朝の臣は南朝の君にしか従わなくなります。
これが南北のメカニスムです。
では、最初に書いたように、南北が話し合いをしてまとめれば、良いだろう、今回はそれだ、問題は無い!といわれるでしょう。
でも、そこには外国勢力に仕える臣もおり、結局は争いはなくならなかった、というのが歴史の結論でした。
今、ナースが戴帽式をやるように、臣に対する教育システムと儀式と宣誓が必要なのです。
大御宝という概念はヲシテの時代からあったのですが、現在では希薄です。
これは教育をもってしか担保できないのです。

天智・天武の諍いは無論、中華帝国の影響が大なのは私もみとめており、その部分では飯山先生とさほどの差は無いと思っています。
しかし、それ以前に、すでに2朝廷並立の時期があったわけで、テンポラリに神武がまとめた程度です。
ホツマツタヱですが、コンテンツを見てから、都合がわるいのでこれは偽書だ!というのは問題があります。
コンテンツを見ずに偽書だ!というのといくらも違いはなくなってしまいます。
繰り返しになってしまいますが、私は南朝正統は良いと思っていますので、正統である理由をくわしく知りたいのです。
北朝が主流で、つづける場合は、皇統の連続性など、現行法に縛られるなど、アメリカの影響を排除しづらくなるというのは当たらないようです。
わたしも、それを思って息子に話したのですが、息子は、南朝が立ってもアメリカの(かれらのカウンターパートである臣の)縛りは変わらんと言ってゆずりませんでした。

私は飯山先生をシベリア組の先達と仰いでおりますので、私の立場では飯山先生を論理的に批判はしても批難することはできませんので、言葉はどうしても弱くなりますが、あえて申し上げます。
今、ベーシックインカムだけで最低30年雌伏するためだけに、日本人のうち、ある規模の人数を国内役人の支配の外に温存する必要があるのです。
このメンツは現役の地方役人も含みます。
今のままでは安倍晋三が践祚したとしても、飯山先生の宣言された新日本国ではなく、旧日本国になってしまいます。(そして、またたびの滅びです)
私が今。飯山先生に望むことは、シベリア事務所の開設です。
それも、ウラジオではだめです。
レスプブリカ・ブリヤーチャのどこか、できればウラン・ウデの近くで、始めていただきたいのです。
シベリア鉄道の途中に原日本人の集落があるイメージでしょうか。
政治的でなく、文化的展開のみが問われるのだと思われます。

おまえがやれ!といわれるのであれば、そのようにお命じください。
以前、お誘いをうけた時には、私は志布志まで行く金もなく、家に縛られていました(笑)。

乱文御免

Oneこと 河野薫雄

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