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昨日
弁護士 裁判官 検察官
が集まって、裁判員裁判の勉強会をしました。
その中で、裁判官から指摘があった。
裁判員は
冒頭陳述 証人尋問 論告と弁論
を聞くことになるが
3回、同じ話を聞かされると
なぜ、何度も聞かなければならないのか
と疑問と不満を持つ。
そして、飽きる。
というのだ。
スーちゃんのドラマ
てのひらのメモ
を分析したときに
事実と証拠
同じことを繰り返すと
視聴者に飽きられてしまう。
だから省略する演出をする。
というドラマの特性を書いたが
実際の裁判員裁判でも
同じような工夫が必要とされるようである。
これは、困った。
そういう研修は受けていないぞ。
少なくとも、冒頭陳述と証人尋問は同じ話の繰り返しになるのが当然と思っていた。
スーちゃんにナレーションを頼みましょうか。
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・・てのひらのメモ
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コメント(1)
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スーちゃん主演の裁判員ドラマ
てのひらのメモ
骨の髄まで、シャブリ尽くしましょう。
今日も、抹茶アイスを食べながらの鑑賞です。
今日は、2点程
証人に出てきた愛人。
検察官は、愛人から、
事件当日、帰りが遅くなったのは、情交を結んでいたから。
という証言を引き出そうと努力した。しかし、失敗した。
これは、変だ。
この愛人は、検察官が呼んだ証人だ。
つまり、検察官は、どういう証言をするか、分かっていた。
その内容が、検察官に有利だから、証人に呼んだのだ。
もちろん、事前に証人テストと言って
予行演習をして、どんな証言をするのか確認している。
その愛人と検察官が、あんなに敵対的な証人尋問をする筈がない。
過剰演出と言うべきだろう。
しかし、これは、まだ可愛い方だ。
愛人の後に出てきた証人。
被害者のおばあちゃんだ。
杖をついて、証言台まで歩いてきた。
私のたった一人の孫。
孫を返して!と訴えて
倒れそうになってしまった。
よく見直してみると
一人前の証人、つまり、愛人は、
いすに座って、証言している。
でも、おばあちゃんは、いすに座らず、立ったままだ。
なぜ、杖をついて歩くようなおばあちゃんを立たせたままだったのか。
裁判長が、老人虐待の傾向があったからか。
否。
おばあちゃんが、孫を返して。と叫んで
ヨヨヨ。と泣き崩れてしまうところが、ドラマチックだから。
そのためには、いすに座っているより、立ったままの方が都合が良いからだ。
これこそ、過剰演出と言えるだろう。
スーちゃんのセリフにも、そういう場面が無いわけではないのだが
スーちゃんに責任はないので、指摘しないこととする。
スーちゃん、早く元気になってね。
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今日も勉強会に出ていました。 |
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スーちゃん主演の裁判員ドラマ てのひらのメモ ドラマとしては、見応えがあったが、 法廷のシーンには、???があった。 シナリオについては、既に記事にした。 より細かい技術論に踏み込んでみたい。 なぜ、そんなことにこだわるか?というと 東京弁護士会には、 裁判員裁判に特有の法廷弁護技術を習得してもらおう。 ということで 裁判員裁判対応弁護士養成講座を設けている。 その責任主体となるプロジェクトチームがあり 今年の4月から、その座長を勤めている。 そんな関係から、どうしても気になってしまうのである。 ドラマでは、検察官の冒頭陳述があり (スーちゃんのナレーション) その後、弁護人の冒頭陳述になった。 弁護人は、立ち上がり ◯◯さんは、無罪です。 保護責任者遺棄罪の故意がありません。 従って、◯◯さんは、無罪です。 と始めました。(途中省略)最後に 本件は 偶然が重なって、偶発的に起こった事故なのです。 と結んだ。 悪くはない。 間違ってもいない。 でも、もっと良くするには。。。 僕だったら。。。。。 今回のできごとは、事故でした。 不幸な偶然が重なった事故だったのです。 そこには、犯罪行為は存在しません。 ◯◯さんは、無罪です。 と始めてみたい。 弁護人の冒頭陳述は、検察官の冒頭陳述の後に行われる。 裁判員は、検察官の冒頭陳述を聞いて フムフム、なるほど。 と思っている。 弁護人の冒頭陳述は、 裁判員のフムフムを打ち壊さなければならない。 求められるのは、インパクトのある言葉。 ◯◯さんは、無罪です。 では、あまりにも凡庸だ。 そして、本件の本質を何も語っていない空虚な一般名詞にすぎない。 弁護人は、折角、「偶然による事故」というキーワードを見つけ出した。 それを、最後まで使わなかったのは、モタイナイ。 最初にドカンとぶつけるべきだった。 これを、心理学用語で、初頭効果という。 最初に聞いた言葉は印象に残るのだ。 外部にいて、ビデオを観ながらではないので 今日は、この程度で。 スーちゃんの一日も早い回復を願っています。
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