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書庫【追悼】スーちゃん

2011年4月21日

元キャンディーズのメンバー(愛称:スーちゃん)で女優の田中好子さん(本名:小達好子)が永眠なさいました。謹んで,ご冥福をお祈りします。

この書庫は,スーちゃんを追悼する記事を書くコーナーとなっています。
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【今日は何の日】

今日は、

乳がん検診の日

です。


1年半前から、乳がんという言葉に敏感になりました。


ググっていたら

あけぼの会

という存在を知りました。



他人の気がしませんね。



どのように関われるか分かりませんが


見守っていきたいと思います。





ちなみに、今日は、天下一品の日でもあります。

毎日新聞 2012年08月10日 東京夕刊

 ◇二つの悲劇に心痛め

 「今も苦しい生活を強いられながらも、前向きに生きようとする被災者の皆さんの姿は、67年前のあの日を経験したヒロシマの人々と重なります。……私たちの心は皆さんとともにあります」
 6日の原爆の日、松井一実・広島市長は平和記念式典でそう述べた。東日本大震災による東京電力福島第1原発事故以来、新たな「ヒバク」の不安がこの国を黒く包む。
 二つの悲劇を結びつけた松井市長の言葉に、一人の女優を思い浮かべた。
 田中好子さん。89年の映画「黒い雨」(今村昌平監督)で、原爆によって人生を奪われる清純な女性、矢須子を演じる。乳がんを患い、昨年、震災からほどなく「天国で被災された方のお役に立ちたい」とのメッセージを残して旅立った人−−。
 その面影を追った。
 「矢須子の役がすぐには体から抜けないから、しばらく他の仕事を入れないで」
 マネジャーの丸尾由美子さん(50)は「黒い雨」の撮影後、田中さんから強く頼まれたという。「それまでにないことでした」。当時32歳。「キャンディーズのスーちゃん」から、実力派の女優へ。飛躍を懸け、岡山県吉永町(現備前市)のロケ地に延べ3カ月以上泊まり込んだ。
 「根性持ってるな、さすが違うな、と思いましたよ」。撮影監督を務めた川又昂さん(86)は振り返る。「北村和夫さんらベテラン俳優に囲まれ、最初は不安そうだった。でも撮影が始まると、すっと落ち着いて表情が変わったんです。今村監督に何度やり直しをさせられても、全くへこたれない。役者として、どこかで『これでいいんだ』と、胸に落ちるところがあったんでしょうね」
 今村監督はいったん撮影が終わった後、さらに脚本を書き換え、撮り直した。「それも、田中の希望でたまたまスケジュールを空けていたから可能だった」(丸尾さん)
 助監督だった月野木隆さん(57)は「間が空いていたのに、すぐ役に入ってきた。矢須子がそこにいた」と言う。
 日本アカデミー賞やブルーリボン賞、毎日映画コンクールなどの主演女優賞を総なめにした田中さんは「私の女優としての『花火』になった」と喜んだ。
 <ウチも、いつピカが出るか知れんのんよ……>
 その演技は、戦争という巨大な運命に引き回される若い女性のはかなさを浮き彫りにした。ヒバクの恐ろしさを象徴するシーンがある。風呂場で、大量に抜けた髪の毛にたじろぎ、やがてすべてを悟ったかのように薄く笑みを浮かべる矢須子。
 「黒い雨、か……」。川又さんはふと言葉をのみ、こう続けた。
 「あの時、僕らは原爆が風化しないように、刻みつけるように、と撮ったんです。この年になって、放射線の恐怖がまた起きると思わなかった。僕らが必死に守ってきたつもりの平和って、何だったんでしょうね」
 <被災された皆様のことを思うと、心が破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でもその時は必ず、天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。それが私の務めと思っています>
 昨年4月25日の告別式で遺族が公開した、田中さんのメッセージ。東日本大震災から2週間たった3月29日に録音されたものだった。まだ原発事故の全容は分からず、テレビからは娯楽番組が消え、街の明かりが消えた日々。病の中で被災者を気遣う言葉に、私たちは胸を打たれた。
 田中さんの遺志は、少しずつ実現している。夫の小達(おだて)一雄さんらが中心となって基金を設立し、震災で家族や愛する人を亡くした遺族にモニュメント(写真立て)を贈っているのだ。
 モニュメントは田中さんの笑顔の写真とともに、本人が生前描いたヒマワリのイラストで縁取られ「いつもいっしょだよ」と記されている。東京・湯島天神にほど近い基金事務所には日に数本、モニュメントを受け取った被災者からの電話が入る。手紙もある。
 「震災で亡くなった主人がスーちゃんのファンでした。主人も喜ぶと思います」。ある宮城県の女性は、そう涙声で言った。「位牌(いはい)も流されてしまって、何も残っていないんです」という知らせや、「スーちゃんのメッセージを聞き、勇気づけられる思いで、涙が止まりませんでした」という声もあった。
 「せつなくて、泣きながらメモを取っています。『スーちゃん、ありがとう』と言われると、こちらの方が頭が下がります」と丸尾さん。
 「突然の別れ」は田中さんの人生にもあった。弟の一夫さんは、当時は治療が難しかった骨肉腫に侵され19歳で死去。義理の妹の女優、夏目雅子さんは白血病のため27歳で亡くなっている。「病室で震災のニュースを見ながら『つらいね、つらいね』と涙ぐんでいました。身近な人を亡くした痛みがあるからこそ出た言葉なのでしょう」。9月に「あなたに夢中 女優・田中好子に魅せられて」(講談社)を出す丸尾さんは、そう話す。
 政府は7月、原爆投下直後に降った「黒い雨」を浴びた人について、援護対象区域の拡大を認めなかった。黒い雨対策への冷めた態度と、「原発再稼働」へと突き進んだやり方、そこには共通の「核への鈍感さ」はないか。
 昨年7月、福島市曽根田町の映画館「フォーラム福島」は「特集・映画から原発を考える」の一作品として「黒い雨」を上映した。「登場人物の置かれた精神的苦境、漠とした差別の構造、二次被爆者への周囲の無理解……。『黒い雨』の世界は、原発事故後の福島の人たちの精神的状態に似ている。病床から被災者を案じてくれていた田中好子さんへ、福島から追悼と感謝の気持ちも込めました」。支配人の阿部泰宏さん(49)は選んだ理由をそう語る。
 映画で、矢須子は次々と縁談を断られた。いつ発症するかという恐怖と、周囲からの差別。二重の苦しみに、ずたずたになっていった。
 阿部さんは言う。「広島の苦しみと福島はつながっている」。それが、田中さんが魂を込めて演じた矢須子が残したメッセージだと思う。【藤田祐子】

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