「全員無罪」志布志判決10年/上 「冤罪」究明されぬまま 勾留の苦しみ癒えず
「警察は人の人生を狂わせるようなことをしてはいけない」と訴える永山トメ子さん=鹿児島県志布志市で、新開良一撮影
「忘れたくても忘れられない仕打ちでしたよ」。2003年の鹿児島県議選を巡る公選法違反事件(志布志事件)で無罪が確定した元被告12人の一人、永山トメ子さん(87)は、約半年間にわたった勾留中の日記や裁判資料を自宅でめくりながらそうつぶやいた。
簡易郵便局長だった03年5月13日、県議選で当選した県議派の運動員から投票と票のとりまとめを頼まれ、現金計6万円を受け取ったとして逮捕された。「お前は暴力団より悪い」「認めれば早く解放され、家族に迷惑はかからない」。連日長時間の取り調べを受け、身に覚えのない筋書きで自白を迫られた。
「人のお金を預かる仕事の私が、うその自白を言うわけにはいかない」と反論したが、取調官は怒鳴ったり拳を振り上げたりして威嚇し、全く聞く耳を持たない。留置場では精神安定剤なしに眠れなくなり、自律神経失調症で全身の震えや発汗に悩まされた。今も家で一人静かにしていると、勾留中の日々を思い出して胸が苦しくなることがあるという。
鹿児島地裁は07年2月、被告12人全員に無罪を言い渡して判決は確定したが、その後も各地で無罪判決や再審無罪が相次いでいる。そんなニュースに接するたびに「また私たちと同じ苦しみを味わう人がいる」とやるせない思いが募る。
「市民を守る立場のはずの警察がなぜ、私たちを無実の罪に巻き込もうとしたのか。県警は原因を明らかにして私たちに謝罪すべきだ」。永山さんは静かにそう語るが、鹿児島県警は今も元被告への直接謝罪をかたくなに拒否したままだ。
1月上旬、志布志事件の舞台とされた懐(ふところ)集落。元被告ら7人による新年会の話題は、過酷な取り調べに苦しんだ14年前の事件に及んだ。「あの屈辱は死ぬまで忘れられん」。取調官から浴びせられた暴言を思い出し、むせび泣く住民もいた。
新年会の会場となった永利ヒナ子さん(81)宅の居間には、元被告の夫忠義さんの遺影が掲げられている。忠義さんは逮捕前は風邪一つ引かない人だったが、釈放後は胃がんが見つかるなど病気がちとなり、無罪判決が出た翌年に脳出血で亡くなった。75歳だった。
「事件に巻き込まれなかったら今も元気で長生きできたはずなのに」。ヒナ子さんの目に涙があふれた。なぜ冤罪(えんざい)事件が起きたのか。再発防止のためにも真相究明を求めてきたが、県警からの説明は今もない。「父ちゃんを奪った事件の真相を知らずして死ねない」
◇
志布志事件の無罪判決から23日で10年。事件を巡る全ての民事訴訟も住民側勝訴で終わったが、県警による冤罪の原因究明や直接謝罪はないままで問題が決着したとは言えない状況だ。住民が求め続ける取り調べの全面可視化(録音・録画)もほど遠く、密室捜査の恐怖がもたらした傷痕はいまだ癒えない。
志布志事件を巡る経緯2003年4月 鹿児島県議選で中山信一氏が初当選。その後、中山氏ら13人が公選法違反で起訴されるが、10月までに全員が起訴内容を否認
04年 4月 不起訴の男性が家族の名前を書いた紙を踏ませる「踏み字」を強要されたとして提訴
〃 弁護士が接見交通権を侵害されたと提訴
06年10月 不起訴の住民らが自白を強要されたと提訴
07年 1月 踏み字訴訟で県に60万円の賠償命令(確定)
2月 被告12人に無罪判決(確定)
10月 元被告と遺族の計17人が国と県に損害賠償を求めて提訴
08年 3月 接見を巡る訴訟で計550万円の賠償命令(確定)
15年 5月 元被告と遺族による損害賠償請求訴訟で国と県に5980万円の支払い命令(確定)
〃 不起訴の住民らによる訴訟で県に184万円の賠償を命じる判決
16年 8月 不起訴の住民らによる訴訟の控訴審で県に595万円の賠償を命じる判決。確定し、志布志事件の全裁判が終結
■ことば
志布志事件2003年4月の鹿児島県議選で初当選した中山信一氏らが、同県志布志市の住民に計191万円を配ったとして、中山氏夫妻と住民の計13人が公選法違反(買収・被買収)で起訴された。捜査段階で一部が自白したが、徐々に供述を翻して最終的には全被告が無罪を主張。鹿児島地裁は07年2月、「強圧的な取り調べがあった」として自白の信用性を否定し、死亡した1人を除く12人全員に無罪を言い渡した(同3月確定)。自白偏重の捜査が問題となり、取り調べの録音・録画(可視化)が法制化されるきっかけの一つとなった。 |

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