窓から名古屋城が見える

名古屋在住の管理人が書き綴る日記、読書・映画・岩崎宏美等に関するメモです。

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 キッシンジャー補佐官は、改めてニクソン大統領がこの“政治的ホットライン”を開くことに賛成であることを私に告げた。さらに、大統領と相談の結果、ロジャース国務長官には知らせないことにした。日本側も同様にしてもらえるか、と訊いてきた。
 「もちろん、そうすべきだし、佐藤首相に話して必ずそうしてもらう」
 と私は断言した。つまり、愛知外相や保利官房長官、木村官房副長官らを完全に外さなければならないのだ。
 「(知っているのは)四人だけだね(Just four of us!)」
 と、抑揚も鋭くキッシンジャー氏は念を押した。
(若泉敬著『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス――核密約の真実』〈新装版〉、文藝春秋、2009年初版、p.288)


 日米外交史を紐解くとき、若泉敬は欠かせないキーパーソンだ。
 関連書籍も多いので興味がある人にはお薦めしたい。
 僕も全部読んでいるわけではないけどね。

 小説「運命の人」を読みながら、若泉に該当する登場人物がいないにもかかわらず、僕は幾度かこの人物の存在が頭をかすめた。

 沖縄返還交渉において、佐藤首相の特命を受けて活躍した一学者。
 冒頭に引用したように、他の政府高官を一切排し、キッシンジャー、ニクソン、若泉、佐藤の4人で日米の密約を交わしたことからも、彼の存在の大きさがうかがえる。
 若泉・キッシンジャーの二人は、電話で話すとき盗聴を恐れて、互いを「ミスター・ヨシダ」「ドクター・ジョーンズ」を呼び合い、会話の中でも佐藤・ニクソンの名前は出さずに、「ユア・フレンド」「マイ・フレンド」と符牒を使用したという。
 そんな、スパイ小説のような話が実際に日米交渉で起きていた。
 そして、「戦火が極東に及んだときは、沖縄へ核兵器を持ち込める」との密約を取り付けていたとき、若泉が30代から40歳になろとする年齢だったことに、僕は心底、驚いた。

 しかし、沖縄返還から時代が移り、若泉の目に写った沖縄の姿、そしてそれを「強いた」日米の実態は、「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」との言葉を発せざるを得ない程に、若泉を苦しめた。
 ゆえに、若泉は晩年、文字通り、命をかけて密約のすべてを明らかにする道を選んだ。
 そして、命を絶った。

 本書については他にも引用したい箇所や感想が多すぎて、ブログ1回分ではまとめきれない。
 また、機会を改めて、触れていきたい。

 同書はすぐれた史料にとどまらず、あとがきで手嶋龍一がいみじくも書いてるように、「現代日本への諫言の書」と言えよう。

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2012/2/3(金) 午前 11:08 [ nuts ]

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