窓から名古屋城が見える

名古屋在住の管理人が書き綴る日記、読書・映画・岩崎宏美等に関するメモです。

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 その学生が発した最初の質問が「現代思想を学ぶことの意味はなんですか?」というものでした。
 その問いを発した学生は、もし僕がこの問いに説得力のある回答をしたらそれを学んでもよいが、僕の答えに納得できなければ「学ばない」と宣言しているわけです。つまり、ある学術分野が学ぶに値するか否かの決定権は自分に属しているということを、問いを通じて表明しているのです。僕はこの傲慢さと無知にほとんど感動しました。
(内田樹著『下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち』講談社文庫、2009年第1刷、p.89)


 筆者は続ける。

 二十歳の学生の手持ちの価値の度量衡をもってしては計量できないものが世の中には無限に存在します。彼は喩えて言えば、愛用の三十センチの「ものさし」で世の中のすべてのものを測ろうとしている子どもに似ています。その「ものさし」では測れないもの、例えば重さとか光量とか弾力といったことの意味を「ものさし」しか持たず、それだけで世界のすべてが計量できると信じている子どもにどうやって教えることができるでしょう。(p.89)

 「何のために役に立つのか?」という問いを立てる人は、この有用無用についてのその人自身の価値観の正しさをすでに自明の前提にしています。有用であると「私」が決定したものは有用であり、無用であると「私」が決定したものは無用である。たしかに歯切れはいい。では、「私」が採用している有用性の判定の正しさは誰が担保してくれるのでしょうか?(同)

 筆者はそれは結局、「未来の私」でしかないと断ずる。
 つまり、自己決定した結果、どのような不利益が降りかかっても、その責任は自己責任として自分が引き受けると「私」が宣言していることになる、と。
 官民一体となって言い出した「自己責任論」である。
 挙げ句、捨て値で未来を売り払う子どもたちが大量に生み出している。
 条例施行前の一〇年一月には、九州エリアの日刊紙がいっせいに地元の百貨店の「暴力団との大量取引」を報じた。工藤曾が前年の事始めの際に地元の百貨店から一〇〇人分の弁当を買ったのだが、これが「暴力団との大量取引」に当たるのではないかとされたのだ。
(宮崎学著『暴力団追放を疑え』ちくま文庫、2011年第1刷、p.109)

 福岡県は全国に先駆けて、2010年4月1日に、罰則付きの「暴力団排除条例」をスタートさせた。
 この条例では、「暴力団」への利益供与を禁じており、カネだけでなく暴力団関係者へのパーティ会場の提供、暴力団事務所として使用されることを知りながらの不動産の賃貸や売買も対象とされる。
 そして最大の特徴は、ヤクザと付き合うカタグも懲役付きの厳しい罰則の対象にしている点だ(第25条「暴力団員に資金提供をしたら懲役一年または五十万円以下の罰金」)。
 つまり、一般の人々ならば普通の経済行為が、ヤクザでは犯罪とみなされるようになったのだ。
 同じ行為でも、特定の人は罪になる。
 これは、厳然とした「身分法」ということになる。
 そのあたりの問題を指摘したのが同書だ。

 なお、福岡県警は、09年12月の時点で、県内のコンビニ各社側に、暴力団関係の書籍や雑誌などを売り場から撤去するよう文書で要請していた。
 その具体例として、コミック誌73冊と月刊誌3冊の一覧を配布し、その中には宮崎親分の著書を原作としたコミック1冊も含まれていたという。
 これを受けて、親分は条例の施行日に合わせ、同県に対して、慰謝料など550万円の損害賠償請求訴訟を起こした。
 同書が発刊された時点で出ていなかった判決が、先月、出た。
 (以下、2012年6月13日13時21分=読売新聞の配信)

 福岡県警が県内のコンビニエンスストアに暴力団を専門的に扱う雑誌や漫画の撤去を要請したことで、憲法が保障する表現の自由を侵害されたとして、作家の宮崎学氏(66)が県に慰謝料など550万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が13日、福岡地裁であった。岩木宰裁判長は宮崎氏の請求を棄却した。
 県警は2009年10月に成立した県暴力団排除条例の趣旨に沿って、同年12月、「青少年が、暴力団に対するあこがれなど誤った認識を抱きかねない」として、コンビニ各社に文書で撤去を要請。暴力団関係書籍として計76冊を記載した一覧表も配布し、宮崎氏の著作が原作の漫画1冊も含まれていた。
 宮崎氏側は、コンビニは防犯活動で結びつきの強い県警の要望を拒否できず、要請には「事実上の強制力がある」と指摘。あいまいな基準で作成された一覧表に基づき、書籍が撤去されて名誉を傷つけられ、作家活動や著作の販売を妨害されたと訴えていた。
 県警の要請後、県内の多くのコンビニでは一覧表にある書籍を撤去。県は10年6月以降、県青少年健全育成条例に基づいて暴力団専門誌を有害図書に指定し、本格的な販売規制に乗り出した。暴力団専門誌の有害図書指定は、大分県も11年から始めている。
 (抜粋以上)

 ちなみに、親分は今春、『ヤクザに弁当売ったら犯罪か?』 (ちくま新書)を上梓しているが、未読。
 親父が死んで、皆さんから葬式の花輪をいただいたんですけど、その花輪がすごいんですわ。松方弘樹さん、杉良太郎さん、渡哲也さん、渡瀬恒彦さん、北大路欣也さん、里見浩太朗さん、高橋英樹さん、佐野浅夫さん、竹脇無我さん、八代亜紀さん、松平健さんをはじめ、スターさんたちの花輪がズラーッと道の両側に並んで、家の前から川のほとりまですごかったんですわ。
 遠山の金さんはいるわ、水戸黄門様はいる、暴れん坊将軍はいるわで、焼香に来る人たちが「何じゃ、これは」って驚いていましたけど、皆さんのおかげで本当に親孝行ができた感じがしました。恥ずかしかったけれどうれしかったですね。
(福本清三、小田豊二著『どこかで誰かが見ていてくれる 日本一の斬られ役 福本清三』集英社文庫、2004年第2刷<2003年第1刷>、p.80)


 本当は以前このブログで紹介した 『おちおち死んでられまへん』 の前にアップすべきなんだけど、僕が読んだ順番がこうだったのでお許しを。
 福本さんをここでは敬意を込めて福ちゃんと呼ばせてもらうけれども、人気は衰えるどころか、今なお高まっているようで。
 今年からなのか、映画村では福ちゃんのクリアファイルまで発売されたのこと(何と!)。
 さらに今春から、福ちゃんのエッセーが、中学3年用の道徳の副読本「キラリ☆道徳」に収録されているとのこと(マジかよ!) 。

 他にも工藤監督(工藤監督と言えば、言うまでもなく工藤栄一監督)から駕籠かき役でさんざん怒鳴られ、しごかれた思い出を述懐して、

 工藤監督は亡くなられました。でも、私は定年間近といえども現役ですわ。駕籠かきに無茶苦茶言うような監督さんともう一度、一緒に仕事がしたいって、本当に思います。
 体が言うことをきかんかもしれんけど、もし、私に駕籠かきをやってくれと言ってくれる監督がおったら、命懸けでやります。心臓が飛び出しても、すぐ早駕籠やってみせますわ。
 でも、いません。そういう監督さんは。駕籠かきなんか、適当にやっとったらええ、そう思っとる人が多いんとちがいますか。(p.43)

 「命懸けでやります」……格好よ過ぎ(涙)。

 他にも深作監督(深作監督と言えば、言うまでもなく深作欣二監督)との思い出としては、初めて同監督と作品に出演したとき、脇役の一人に過ぎない福ちゃんらに監督自らやたらと演技の指示が飛んできた。
 福ちゃんはあるとき、監督に尋ねた。

 「あのな、監督、スターさんにあんまり言わんで、なんでわしらにばっかりゴチャゴチャ言いますの。わしら、別にあんなに言われんでも、撃たれる時は撃たれるし、殺やれる時はカッコよく殺られてみせますわ」(p.220)

 監督は真剣な目で語ったという。

 「いいか、フクちゃん、映画のスクリーンっていうのは、主役だけが主役じゃないんだよ。このスクリーンのなかに映ってる皆が主役なんだ。スターさんがどんなに一生懸命やっていてもな、このスクリーンの片隅にいるヤツが遊んでいたら、この絵はもう、その段階で死んでしまうんだ。だから、フクちゃん、同じ子分でもな、それぞれが個性出して、殺されてほしいんで、あんたにとってはうるさいだろうけど、こうしてくれって指示を出すんだよ」(同)

 福ちゃんは

 「ガーンでしたわ。打ちのめされた感じでしたわ。私にも、多少慣れもあったし、殺されることに奢りがあったかもしれまへんな。そやから、深作さんにそう言われた時は、ほんと、ショックでしたわ」(p.222)

 いい話です、つくづく。

 ちなみに僕が5年前に福ちゃんを一目見たくて映画村に行った時の記録は以下の通り。


 昔は映画村と言えば、小学校の修学旅行の定番だったけど、児童だけでなく教員も含めて時代劇や映画離れが進んでいるためか、ここ数年は代わりにキッザニア甲子園に流れていく傾向があるとか。
 職業訓練という観点では分からなくもないけど、娯楽の奥深さってのもどこかで知って欲しい。
 それに映像作品という特定の業界だけど、そこに多くのプロが集まって被膣の作品をつくりあげる、そんな空間に触れたり垣間見たりすることは、即効性とかはないけど、やっぱり意味のあることだと思うんですよねえ。
 Kさんは努力のかいあり、店長となる。だがほどなくして店を辞め、札幌、東京、大阪、神奈川と転々とする。そして各都市でKさんは性感マッサージやファッションへルスなどの経営に関わるが、その頃のことを多くは口にしない。
 「なぜいろいろ移ったかって? いろいろあったんですよ、裏切りとかね……。人って簡単に裏切るよォ。即答で裏切る。それにね、自分はどこに行ってもその土地の人間に合わせることをしないの。合わせちゃったらその土地にのみ込まれちゃって、新しいことができないからねえ。だから敵も沢山できるだよ、仕方ないけどね……」
 仲間もいるんだよ、とKさんは言うが、どうしても敵という言葉がKさんの口から頻繁に飛び出す。さぞ、幾つもの修羅場をおくぐりになってきたに違いない。
 (永沢光雄著『風俗の人』ちくま文庫、1999年初版、p.453)


 今年2月以来の読書メモの更新ですね。
 ところで、きょうは気持ちが悪いくらいにブログのアクセス数が伸びているんです。
 ざっと、普段の10倍以上。
 どこかでリンクを張られた……いやいや張っていただいたのでしょうか。
 実害はないけど、ちょっと不気味です。

 永沢光雄氏が亡くなって今年11月で6年となる。
 早いものです。
 同氏は名著『AV女優』で注目されるようになり、その翌年に発刊したのが同書(の単行本版)。
 
 ちなみに引用カ所の原稿を(雑誌掲載のために)執筆した時期は、「1996年2月 菅直人厚相が輸入血液製剤で感染した血友病患者に謝罪。将棋の羽生善治名人、史上初の7冠」とある。
 はァ、かなり昔のような、つい最近のような、そんな時期ですね。

 ところで、本書では1990〜1996年の風俗事情が紹介されているんだけど、テレクラなんてのは今でもあるのだろうか。
 のぞき部屋、カップル喫茶、デートクラブなんてのは今でもあるのでしょうか。
 考えてみれば1990年代前半は携帯電話なんて、そこら辺の学生やサラリーマン、主婦なんて持っていませんでしたよね。
 当時はポケベルですよ。
 僕も東京テレメッセージには随分お世話になりました。
 だからこそ、固定電話の時代にあってテレクラをはじめダイヤルQ2やツーショットダイヤルも流行ったわけだ。
 (ツーショットダイヤルは今も雑誌の広告で見かけるなあ)
 ですから当然、携帯以前の時代だから出会い系サイトもない。
 デリヘルなんてのもなかったはずだ。
 また、この時期からOS「ウインドウズ95」の登場によって、パソコンユーザーが爆発的に急増するわけで、その大きな原動力の一つは間違いなくアダルトコンテンツにあるわけだ。
 そう考えると風俗産業はあり方は、法律の改正もあるんだけど、電話やネットなど通信技術の発展とも深くかかわっていることが分かる。


 
 
 先月23日、愛知・日進市民会館で岩崎宏美のコンサート「with STRINGS〜笑顔を見せて〜」。
 当日の曲目をアップすると、
(これから宏美さんのコンサートに行く予定があって知りたくない人はスキップしてください)


<第1部> 
思い出さないで
家路
すみれ色の涙
メドレー2012
 笑顔をみせて
 未来
 万華鏡
 センチメンタル
 ロマンス
 悲恋白書
 シンデレラ・ハネムーン
Birthday(一五一会)
案山子
道化師のソネット
いのちの理由

<第2部>
好きにならずにいられない
許さない
20の恋
友達の詩
思秋期
月見草
シアワセノカケラ
聖母たちのララバイ

<アンコール>
始まりの詩、あなたへ
片恋

 毎度だけど、やっぱり「思秋期」そして「聖母たちのララバイ」はシビれてしまう。
 ノーマイクではなかったけど「月見草」もよかった。
 宏美さんと東海地区で会った季節は秋か冬しかなかったので、この時期のライブは何となく新鮮。
 それにしても日進市でも数名は見掛けた「I LOVE 宏美」のハチマキをした親衛隊が数名。
 不思議にも励まされた。
 終了後は宏美さんとの握手会にも参加し、心の充電を図った。

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