窓から名古屋城が見える

名古屋在住の管理人が書き綴る日記、読書・映画・岩崎宏美等に関するメモです。

読書メモ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
 「ブンヤ、あんまりかぎまわると、ロクな目にあわんぜ・・・・・・」
 とすごむやつもいる。こっちがふるえあがったら、彼らの思うツボである。
 「お前ら何か知っとるのか・・・・・・」
 と相手に顔を近づける。
 「何もしらん」
 「ならどいててくれ、知らんものに用はない・・・・・・」
 と手をはらいのける。この呼吸をはずしたら、あるいはモモのあたりを刺されるかもしれない。
(中國新聞報道部著『ある勇気の記録』現代教養文庫、1996年初版第1刷<1994年初版第2刷>、p.134)

 同書は1965年に青春出版社から発刊された単行本の文庫化。
 広島を舞台にバクトの山村組と打越会で起きた一連の抗争を通して、地元紙の記者がいかに取材し、記事を書いたかを記録したもの。

 読後感で言えば、肩すかしの一言に尽きる。
 一番気になったのは「勇気の記録」と銘打っておきながら、あまり「勇気」を発揮した場面が描かれていないことだ。
 別に拳銃を突きつけられたとか、監禁されたとか、社に銃弾が送りつけられたとか、記者の自宅が焼かれたり家族が脅されたり、とかされたわけじゃない。
 それくらいされたら「勇気」の出番だろうが、せいぜい取材中にチンピラに絡まれた程度(昭和60年には報道部長や社長宅に銃弾が撃ち込まれる事件が起きている)。
 僕だって子供の頃、ヤクザの自宅のいたずらでピンポンダッシュしたときなんかは、勇気が要ったわけさ。
 しかも文章力が拙い。
 そりゃあ、1円の得にもならないところを社会正義という大義を掲げて、少し仰々しく言えば義憤に駆られてペンを執ったわけなので、称える気持ちはある。
 ただ「勇気」の(ベクトルはともかく)度合いだけで言えば、(僕のピンポンダッシュは別として)むしろ抗争の当事者のヤクザの方が「勇気」を振り絞ってやり合ったんじゃないかとさえ思ってしまう。

 その上で、(僕にとって)同書の最大の功績は映画「仁義なき戦い」が誕生するきっかけをつくってくれたことの一点にある。
 映画「仁義なき戦い」の原作者は飯干晃一だが、もとのとは(同書でも書かれている)山村組の幹部だった美能幸三が旭川刑務所に服役中に書き上げた手記だった。
 美能は所内で本書を読み、あまりに事実誤認とねつ造が著しくて怒りに震えたという。
 そこで、まさに抗争の当事者として700ページに及ぶ「実録」の手記を書き上げた。
 それがさまざまな出版社や通信社を経て、最終的に飯干晃一の手によって加工されたものが「週刊サンケイ」に連載される。
 ただ、いかんせん一人の視点で書かれた物には膨らみに限界がある。
 そこで東映で映画化が決まった際に、脚本を手がけることになった笠原和夫は再度、徹底的か綿密な現地取材を遂行する。
 その質量ともに優れた取材の結果は読書【35】『「仁義なき戦い」調査・取材録集成』で紹介した。
 そう、まさに映画「仁義なき戦い」は、文章も荒く拙い同書に端を発し、美能幸三の体験に裏打ちされた「実録」が生まれ、笠原和夫の綿密な取材によってできあがったシナリオを基に、大部屋俳優を含めた東映のギラギラした若き出演者と鬼才・深作……(後略)
 男が殺人事件を引きおこした。警察はまだ犯人が誰だかまったくわかっていない。しかし自分は知っている。しかも、事件後、犯人に会いインタビューまでした。
 この場合、ジャーナリズムは犯人を警察に通報すべきなのか。
 いうまでもなくジャーナリストには「取材の秘匿」「取材上の秘密は絶対に外部にもらさない」という不文律のモラルがある。医者や弁護士のモラルと同じで、別に法律に定められているわけではないが、それを破ったらジャーナリストの生命を失う重要な職業上の規則である。「取材源の秘匿」という大原則があるから、取材される側はジャーナリストにたとえば内部告発という形で重要な情報を話すこちができ、その結果として「報道」というもの、さらには「言論」「自由」が確立される。
(川本三郎著『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』平凡社、2011年4月第2刷<2010年11月初版>p.126)


 1988年に河出書房新社から刊行された単行本に加筆・訂正を施したもの。
 同作品が映画化されることをきかっけに平凡社から再刊された(映画は今月28日封切り)。

 川本三郎氏は引用箇所で「いうまでもなく」と書いているが、現代のニッポン社会で、本当にこの「取材の秘匿」が自明のものになっているだろうか。
 僕はなっていないと思う。
 まずそういう言葉すら知られていないし、もし言葉を知っていたとしても、それがなぜ大切なのかを理解できていない人もやはり多くはないだろう。
 でも、僕はその無知を責めようとは思わない。
 いまどきそんなモラルを大事にしているジャーナリストは、まずいないと思ったほうがよい。
 少なくともテレビや新聞など大手マスコミに属する「企業ジャーナリスト」らに、そういうものを初めから期待するほど、僕はナイーブにはなれない。
 筆者は取り調べ10日目で「落ちた」けど、今、毎日テレビで映される「記者」「リポーター」はどうだろうなあ、と思ってしまう。
 だけど、一方で、そのモラルがあってこそ、報道の自由が担保されるという理屈は確かに間違っていないわけで、そうであればやはり、世論が一定の力となって下支えし、存続を守っていかなくてはならない「砦」であるとも思う。
 だから青臭くても、大事なものは大事、守るべきものは守ろうといい続けていくことが必要だ。
 そうすることで(あまり好きな言葉ではないが)民度を一定のレベル以下に落とさない努力は、決して社会的に意味のないことではないと思う。

 この本の筆者は、「朝日ジャーナル」の記者だったとき、はからずもある殺人事件にかかわり、しかも証拠物件を掌中におさめてしまう。

 刑事は「捜査に協力してほしい。あなたが接触した犯人の名前を明らかにしてほしい」とはじめから単刀直入に聞いてきた。事件から二週間以上がたっていたが警察は犯人を絞りこめてていなかった。私の「通報」には価値があった。
 私は、ジャーナリストのモラル、ニュース・ソースの秘匿という原則論だけを主張した。「社会部と私は見解が違う。私としてはあの事件は思想犯が起こした事件と考えたい。だから取材上知り得た情報を警察に通報することはできない」という一点だけを繰り返した。
 刑事は協力を要請する。私はできないという。その繰返しだった。狭い、閉ざされた部屋のなかで何度か息苦しくなった。まるで独房にいるような気もした。(p.167)

 非常にリアルな表現だ。
 本書の前半の、いわば「青春の一コマ」的なエッセーはそのまま楽しみながら読める。
 しかし、この事件についての章に入ると、筆者の筆致は明らかに変貌している。
 苦悩、葛藤、逡巡、焦り、意地、保身……そんな感情が入り乱れていく様が、克明に綴られていく。
 苦しみながら書いたことが、ストレートに伝わってくる。
 映画が楽しみだ。 
 「自治体行政においても、一般の会社と同じようにマネジメント感覚が求められ出していることは、あなたもご存知かと思います。もはや自治体は税金を徴収してその上に安穏としていられる時代ではないし、実際問題、地方自治体の財政状況が非常に厳しい中で後ろ向きにならずに、いままでの事業の転換、そして事業の開拓を推し進める姿勢が必要です。そうした様々な事業が相互に関連しあっていく中で、総合的な視点で事業運営をしていかなければなりません。例えば、区画整理事業は、住みなれた家を追われ、しかも敷地面積も減少するという負担を住民に強いるわけですが、それによって将来にわたっての街の住みやすさ、地価の上昇が確保されるわけです。今回の戦争事業も、確かに短視的にみれば百人の犠牲は大きいかもしれません。しかし私たち行政を担う者は、常に五年先、十年先の町のありようも視野に入れて動いていかねばならないのです」
(三崎亜記著『となり町戦争』集英社文庫、2007年1月第2刷<2006年12月初版>、p.58)


 三崎亜記といえば、やはりこの作品を挙げておかなくてはならなかった。 
 ある日、突然に、となり町との戦争が始まった。
 そんな物語だ(どんな物語だ!)。

 上の引用部分に「戦争事業」という言葉がある。
 そう、この小説では戦争は「地域振興事業」と意義付けられているのだ。
 そして主人公の前に現れた町役場の女性官吏。
 非常に魅力的だ。
 彼女の発言から、いかにも絵に描いたような地方の役人って感じがにじみ出ている。
 例えば、


 「私たち行政の仕事は、事前に組まれた予算の範囲内で、事業を成り立たせていかなければなりません。それは、戦争という予測が非常に困難な事業を行う場合も同様です。そんな中で、私たちが考えなければならないのは、効率的な予算の運用であり、弾力的な予算の流用であり、一般会計からの繰入れを得るための効果的な資料の作成なのです」(p.85)

 「戦争という事業においても私たち行政の姿勢は変わりありません。公平な事業の遂行によっても、それぞれの住民に起こりうる結果は様々です。誰かが死に、誰かが生き残る。それが私の家族である可能性ももちろんあります。ただ、戦争という事業には、必ず死者が発生します。戦争という事業を行った結果、それに伴う死が誰に生じるかはわかりませんし、それは、私たち行政の関与するところではありません」(p.87)

 ここまではっきりお役所言葉で言われると気持ち良い。
 そもそも彼女はお役所の人だし。
 そんな彼女との交流を通じて、主人公の男性は、自身の価値観や社会観を根底から覆されたような感覚に陥って戸惑い、困惑する。

 この複雑化した社会の中で、戦争は絶対悪としてでもなく、美化された形でもない、まったく違う形を持ち出したのではないか。実際の戦争は、予想しえないさまざまな形で僕たちを巻き込み、取り込んでいくのではないか。その時僕たちは、はたして戦争にNOと言えるであろうか。自信がない。僕には自信がない。
 もちろん僕たちは戦争を「否定」することができるし、否定しなければならないものだと感じている。ただしその「否定」は「あってはならないもの」「ありえないもの」としての消極的な否定であり、「してはならないもの」としての積極的を伴った否定にはつながりえないようだ。では、「現にここにある戦争」を、僕たちは否定することができるのであろうか?(p.92)

 そして、女性官吏もまた、変化、いやそもそも内面に存在していたものが表出されていく。
 そう、この物語は「SF戦記物」であると同時に「恋愛物」でもあるのだ。
 戦争はやがて終結へ、そして二人の関係も……ってな具合に物語は進む。

 読了して思ったけど、ここまで戦争というものをユニークに描けるのだったら、戦争そのものをアウトソーシングするって発想は取り入れられなかったのだろうか。
 すでに欧米の戦争では請負企業が機能しているし、民兵の「活躍」も目覚ましい。

 本作品は2005年に集英社から単行本として刊行された。
 第17回小説すばる大賞受賞作品。
 文庫化にあたり描き下ろし作品「別章」が加わっている。

 誰かを失うことへのけじめのつけ方は人それぞれなのだ。こんなふうに、ゆっくり、ゆっくりと、誰かを「失う」ことに自分の身を馴染ませていくような、そんな場所もあってもいいのかな、と思うのだ。
(三崎亜記著「送りの夏」。同著『バスジャック』集英社文庫、2008年初版所収、p.242)


 2005年に集英社から発刊された単行本の文庫化。
 表題作のほか、「二階扉をつけてください」「しあわせな光」「二人の記憶」「雨降る夜に」「動物園」「送りの夏」を収録。
 過日、集英社の新聞広告の中で「泣ける小説」の既刊本の一冊として取り上げられていたが、別に泣ける話はなかった。
 そもそも泣けるから優れた作品とは限らないし。
 もとより、この手の小説には好き嫌いが分かれるだろう。
 星新一のショートショートに、シュール・不条理みたいなスパイスを混ぜるとこんな作品になるんだろうか。
 僕は星新一の作品は結構読んだけど、この作者の描く世界は正直、苦手だ。
 そんな趣味の問題もあって、同氏の著作は他に『となり町戦争』しか読んだことがない。
 ただ、中編「送りの夏」は逸作だった。
 東日本大震災で悲しみに暮れている被災者、そして先日アップした岩崎宏美さんのインタビュー記事の中身を思うにつけ、冒頭の引用カ所に改めて共感を覚える。

 まずくて売れ行きが最悪な缶詰を生産し続けるという膨大な無駄と愚行を中止するか、缶詰の中身を改良して美味しくするために努力するよりも、その生産販売を放置したまま、それを皮肉ったり揶揄したりする小咄を作る努力を惜しまない、ロシア人の才能とエネルギーの恐ろしく非生産的な、しかしだからこそひどく文学的な方向性に感嘆を禁じ得ないのだ。
(米原万里著『旅行者の朝食』文春文庫、2006年第6刷<2004年初版>、p.43)


 本書は、2002年に文藝春秋から発刊された単行本の文庫化。
 『ガセネッタ&シモネッタ』(文春文庫)には下ネタが多かったが、本書はグルメ・エッセー集で、食べ物にまつわる話のみ。

 書名にもなっている「旅行者の朝食」とは、いわゆる一般名詞ではない。
 缶詰の商品名を指している。

 筆者はロシアで愛用されているある小咄のレベルがどうも気になる。
 他に類似したもので優れた小咄が数多あるのに、とずっと疑問だった。
 その疑問が氷解したのは、まさに「旅行者の朝食」という缶詰の名称を知ったときだった。
 これだけだと意味が分からないと思う。
 だけど、ここでこれ以上詳しく説明するのも無粋なので、興味を持たれた方は、本書をご覧頂きたい。

 下ネタもグルメネタも、性欲と食欲という人間の根源的な部分に根付くものだけに、必然的に奥深いものになりうる。
 そして国や民族によって独自の文化があり、それゆえ異なる文化同士の「誤解」が悲喜劇のネタにもなりうる。
 名駅や金山あたりのロシア料理店に行きたくなった。

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事