窓から名古屋城が見える

名古屋在住の管理人が書き綴る日記、読書・映画・岩崎宏美等に関するメモです。

読書メモ

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 「言葉が欲しいわ」
 と睦子がいう。
 「言葉?」
 「なにか言葉。励まされるような言葉。こんな訳の分からない運命を納得出来るような言葉、気晴らしになるような言葉、笑っちゃうような言葉、感動するような言葉。なんでもいって。おぼえている言葉、なんでもいってみて」
(山田太一著『飛ぶ夢をしばらく見ない』新潮文庫、昭和63年初版、p.210)


 ヨハネ福音書には「はじめに言葉ありき」と書かれているが、山田太一のこの小説でも「言葉」というものが非常に物語が進む上で、非常に大きな存在となっている。

 小説の詳細はネタバレ防止のために触れないが、年齢差が開きつつある男女、いや、実際には開きつつあるわけではないのだが、睦子が(おっと危ない)…(中略)…二人の間の愛の架橋作業において、いわゆる肉体関係のみならず、この「言葉」が果たす役割が非常に大きいという点がミソで、それは二人の出会いからそうであることからも読み取ることができる。
 またその言葉を発する「声」が変化する推移(おっと再び危ない)もまた睦子が…する特徴の表れとなるのも見逃せないポイントだ。

 こんな話を思い出した。
 女性が男性に注目し、評価したがる要素は何か。
 随分前に聴いたラジオ番組のパーソナリティが言うには、世代別に見たところ、10代では外見や話の面白さ、20代では優しさ、30代では仕事の実績、40代では経済力、50代では声だとのこと。
 10代は、子ども世界なので、そんなものかと思う。
 20代も、自身を抱擁してくれる優しさが求められる世代かもしれない。
 30代になれば、あらゆる職場でも重い責任がのし掛かり始める。
 40代では、仕事の実績が収入にも反映され、子供の進路を選択する上で、経済力が決定打となったり、左右したりする場面もあろう。
 で、50代の声とは如何?
 そういえば、熟年離婚に至る女性の前兆に“夫が話す声を聞き、これからもこの声を耳にしながら生きていくと思うと嫌になってきた”というケースが、非常に多いと聞いたことがある。
 ま、逆にそういう関係にまで陥ってしまったゆえに離婚に至るのではないかとも考えられるのだが、少なくともこれは男性にはあまりない感覚に思える。
 男性の声質、話し方、発する言葉というのは、女性に対して男性が思っている以上に大きな意味を持っている、ということだろうか。

 つくづく僕自身、女性の耳にいつまでも心地よい声を発せられるような男性になりたいと思う。
 女性のためにも、もちろん、僕自身のためにも。
 旅行をするにしても、ある事の取材という目的でひとつの土地に向き合った方がぼんやりその土地に足を踏み入れるより、余程多くのものを知ることができるし、感じることも出来ると思う。切実に打開したいものがあって、本に刺激やヒントを求めるのと、楽しみのためだけに読むのとでは、はるかに前者の方が喜びも得るものも多いと思うが、どうだろうか?
(山田太一著『いつもの雑踏 いつもの場所で』新潮文庫、昭和63年初版、p.64)


 山田太一にとって、旅行は大抵、取材のため。
 本や音楽や絵画を楽しむのも、仕事と結びついているそうだ。
 このため、周囲の人々は“仕事の旅行は旅行の内に入らない”“本を読んでも仕事に使えないかと思っては余裕がなさ過ぎる”と憐れむらしい。
 しかし、筆者は「そうではない」と言う。
 理由が上記の引用個所だ。

 僕はこの筆者の主張に同感だ。
 仕事のために、本を読んだり、音楽を聴いたり、映画を観たり……決して珍しいことじゃない。
 確かに、無目的に旅行を満喫したり、芸術に触れて楽しむこともある。
 僕も経験則として、よく分かる。
 しかし、それで至福かと言われたら、やはりそうではない、と思う。
 無目的と言ったって、文字通り目的がないわけではなく、その内実は心身の静養であったり、現実逃避であったり、非日常からの刺激の欲求であったりする。
 それは生きる上で欠かせないひとときではあるけれども、主従で言えばやはり主ではなく従のひとときだろう。
 そうであれば、”生きる”こと、“生活する”ことに直結した「仕事のため」という動機付けの方が、前者に対し、吸収の度合いにおいて軍配が上がるのは、ごく自然なことだと思う。
 その仕事が天職(とまでいかなくとも好きな仕事)であれば、なおのことだ。
 「わからない記号がたくさんあります。CHATとはなんですか?」
 「……チャットです」
 「チャット?」
 「パソコン通信で、同時にアクセスしている者同士が文字と文字で会話することを言うんです」
 「……なんですって?」
 馬場は葛原の顔を覗き込んだ。また、不可解な言葉が出てきた。
(岡嶋二人著『99%の誘拐』講談社文庫、2004年初版、p.210)


 この本も、先週、出張で上京する際、「ひかり」の車中で読み終えたミステリー。
 2005年に「この文庫が面白い」で1位を獲り、当時はネット上でも結構、感想が飛び交ったようだ。
「パソコン通信」「PC-VAN」「16ビットパソコン」などという言葉が登場すると、時代の隔たりを感じる。
 だから冒頭で引用したように、専門家がいくら説明しても、なかなかパソコンやネットの仕組みを理解できない捜査官の馬場たちの姿は結構面白く描けており、「馬場は、必死にメモを取った。理解するのは後でもいい」(p.212)なんていう記述は笑ってしまった。
 なにせ時代背景が、半導体の黎明期〜ラップトップPCの普及といった、昭和40年代前半から昭和63年までだから、当然だ。
 パソコンを駆使した誘拐犯というのも、今では確かに真新しさはないかもしれない。
 ただ、そんなことを言えば、ミステリーの古典は楽しめないのか、という話にもなるわけで、そうではなくて、本書で言えば「誘拐物」の持つトリックの意外性や、物語に脈打つスピード感や緊迫感を楽しめばよいわけだ。
 2005年版「この文庫がすごい」の第1位に選ばれたのを知って買ったものの、本棚の肥やしになったままで、今回ようやく開いたもの。
 グイグイと一気に読ませてしまう力強さを感じ、確かに高い評価が寄せられるのも分かった。
 ただ、個人的には、同書のようにトリック重視で登場人物の内面にさほど深く踏み込まないスタイルが、現在、どこまで広い支持を売られるのか分からない。
 あと、最後かなあ…あれで終わってしまうのか、というひと言は言いたくなってしまう。
 石川 その前から、検事さんとはお話をしつつ、調書を取られつつということだったので、これは難しいことなんですが、検事とだんだん人間関係が出てくるんですよね。その中でスパーンと断ち切るのは、すごく精神的に負担がかかります。検事のほうも人間関係が途切れることを負担に感じていることになるんですよね。今度は調書が取れないんじゃないか。捜査が進まないんじゃないかとか。もうすでに十二月二十七日(二〇〇九年)、一月十三日と二回の取り調べでしたけれども、それで十五日になって。なんとなくの人間関係ができていたんですね。三回の取り調べで。だんだん検事が味方に思えてくるんですよ。弁護士のほうが厳しいから。調書を取る、取らないというのもありますけれども、だんだんと引き込まれていくと。佐藤優さんがファックスで安田弁護士に、味方イコール安田。敵イコール検事。そういうことを書いてくるんですよ。彼やっぱり逮捕されたことがあって、単純なメッセージしか頭に入らないと分かっている。優さんのああいうのがなかったら、もっと検事に引き込まれていましたね。
(佐藤優+魚住昭責任編集『誰が日本を支配するのか!? 検察と正義』マガジンハウス社、2010年初版、p.106)


 先週の出張中に読了した本だ。
 新幹線の車内って、高速移動中のためか頭があまり機能せず、難しい本って読めないんだよねえ。
 新聞か雑誌、もしくは本でも手軽な小説なんかが適当だ。
 その点、本書はテーマが硬い割には非常に読みやすかった。
 マガジンハウス社の本はこうでなくてはいけない。

 同書は、
 .郷原信郎×魚住昭「検察崩壊」
 .石川知裕「獄中日記」
 .石川知裕×魚住昭「小沢一郎氏への想い」
 .宮崎学×雨宮処凛「何でも自己責任で人の人生を振り回すな!」
 付録.「小沢一郎年表」
 で構成されている。

 上の発言者の石川というのは、石川知裕のこと。
 彼は、今年1月に、小沢一郎秘書時代に携わった「陸山会」の土地購入について、東京地検特捜部から政治資金規正法違反容疑で逮捕された。
 翌月には保釈されたが、 引用個所は勾留されていたときの状況だ。
 聞き手は魚住昭。

 佐藤優の取り調べの体験については、今週発売の「ビッグコミック」に連載されている「憂国のラスプーチン」で描かれている。
 “検事が味方に見えてきたら要注意”ということなんでしょうね。
 どうしても弁護士の接見時間よりも、検事と接する時間の方が多く、しかも外の世界と遮断された空間においては、どうしても目の前の人間にシンパシーを抱いてしまう。
 だけど、佐藤はすでにこうした状況は体験済みで、拘留中の石川の心情が手に取るように分かる。
 石川の「単純なメッセージしか頭に入らない」という言葉は、なるほどと唸ってしまった。

 本書には、佐藤が石川に送った61本の激励メッセージも掲載されている(pp.68-75)。
 ホントは佐藤の筆跡が目にできるので、同書を見て欲しいけど、以下、その一部を抜粋する。
 僕は本書の中でも、これらのメモの転載は生々しく、まさに白眉だと思う。

 「石川知裕さん 検察の目的は小沢先生を抹殺すること。絶対に手をにぎることができない相手だ。 2010年1月19日 06:15 佐藤優」
 「石川知裕さん いま石川さんは獄中で小沢一郎先生と完全に一体になっている。あなたが頑張ることが、小沢先生を守ることになる。 2010年1月21日 02:45 佐藤優」
 「鈴木宗男さんと佐藤優は、まごころを込めて石川知裕さんを守る。命がけで守る。獄に入った人の気持ちは獄に入ったわれわれにしかわからない。 2010年1月21日 02:55 佐藤優」
 「小沢一郎先生を守ることは日本国家を守ること。日本国の運命は石川さんのまごころにかかっている。 2010年1月21日 03:00 佐藤優」
 「秘密調書に気をつけて。『以下が弁護人に知られると今後、真実を語ることができなくなります』という枕をつけて調書を書こうという検察官の提案に注意 僕も2本書いた。その後の攻防がたいへんになる。2010年1月21日 10:50 佐藤優」
 「石川知裕さん この苦しさは、僕のような経験をもつ者にしかわからない。この週末が勝負だ。いまの線よりも後退するな。2010年1月22日 02:25 佐藤優」
 「小沢一郎=石川知裕=安田・岩井弁護士 この図式を絶対に忘れるな。 2010年1月22日 02:36 佐藤優」
 「味方:小沢一郎+安田・岩井 この構図を忘れるな 2010年1月22日 02:38 佐藤優」
 「やってないことは絶対に認めるな! 2010年1月22日 02:38 佐藤優」
 「お母さんを悲しませないためにも頑張れ。安田・岩井のアドバイスを聞くことがお母さんのためになる。 2010年1月22日 02:40 佐藤優」
 「石川知裕=小沢一郎=安田・岩井 この図式を忘れずに 2010年1月23日 08:32 佐藤優」
 「お父さん、お母さんは知裕君を誇りに思う。だから頑張れ。検察官に引き寄せられるな。 2010年1月23日 09:35 佐藤優」
 「田代検事の人間性に引きずられるな。小沢先生を守るために、田代検事との戦いがある。 2010年1月23日 08:35 佐藤優」
 「体調がよくないと担当の先生に言い、医務室で血圧を測ってほしいと願い出るのも一案。検察の攻撃が弱まる。2010年1月26日 07:07 佐藤優」
 「調書をつくらないことが、身を守る上でもっともたいせつ。 2010年1月27日 05:45 佐藤優」
 「弁護人には手紙を出すことができる。検閲があり、検察官にも回される。これを逆用し、取り調べの厳しさ、断乎戦う決意を手紙に書くと検察官が弱気になる。僕はこの方法を最大限に活用した 2010年1月27日 05:32 佐藤優」

 「週末が勝負だ」という言い回しがあるが、これは弁護士の接見は土日が休みになっていることを意味する。
 検察官は当然、週末のうちに得たい供述を得て調書を取ってしまおうと、必死になって猛攻をかけるのだ。
 『生きる』はたくさん何回もやりたいというのがきたけれども、どれも実現していないね。でも無駄だと思うんだよ。『生きる』は『生きる』があったらいいんじゃない? そういう種類の作品は何かべつのやり方があるんだと思う。何も『生きる』を映画化することはないよ。あれは生まれるべくして生まれた作品であって、そういう作品を凌駕する作品てできっこないんだよね。あの作品が持ってる生命力みたいなものは、あのときしかないんだよね。僕自身がもう一ぺんやったって、ああはいかないんだよ。
 (黒澤明、原田眞人著『黒澤明 語る』福武書店、1991年初版、p.186)


 名古屋も冷え込んでもきた。
 10月も下旬ですからねえ。

 プチ情報ですが、「ゲゲゲの女房 総集編」(仮)の放送予定が決定した。
 12月29日(水)〜31日(金)の3日間(総合07:20〜8:28〈68分×3回〉)
 自分の気に入っている名シーンがどれだけあるか。

 さて、今回挙げた同書は原田眞人による黒澤明へのインタビューをまとめたもの。
 正直、質問内容が皮相的かつ楽屋落ち間際のものが多く、黒澤の内面の奥底から言葉を引っ張り出したものとは思えず、文量の割には物足りなさを感じる。
 これはこれで読みたいという需要があるのだろうけど、同書を手にしたときは、もう少し深みのある内容を求めていたので残念だった。
 つくづくインタビューというのは、聞き手の能力というか、力量によって大方決まってしまうものと思う。
 よい回答は、よい質問によってのみ導かれるのだ。

 僕は映画やテレビドラマについて、リメイク自体は否定しない。
 けど、焼き直しだったらやる必要はないと思う。
 そして、最近は「何のために、リメイクしたんだろう?」と首を傾げたくなるようなそれが多すぎる。
 ハリウッドも含めて、最近は、魅力あるソフトを創造する人たちが枯渇しているのだろうか。
 大抵は、テレビドラマの映画化、古典名作のリメイク、前作のリメイク…。 
 「なるほど、この女優の魅力で勝負したかったのか」「あえて現代的にテーマを変えたな」と唸ってしまう作品とは、なかなかお目にかかれない。
 黒澤自身、扱うテーマは非常に時事的で、その時代背景を映したものが多い。
 その上で同じメッセージは二度、発しない。
 また“続編”についても、黒澤は否定的で、こんな風に語っている。 

 例えば『ジョーズ』というのは一つあればいいんだよ。あれはそれでおもしろいかも知れない。するとまたあとから、『ジョーズ2』だとか、『グリズリー』だとか……。あれが受けているのは、アメリカの地方だと思うんだよね。でも、ぼくは無駄だと思うね。やっぱりちゃんと人間を描いている作品が主流にならなくては。昔の作品はそれをきちんとやっていますよ。だから昔の写真を観ていて、とてもおもしろいんだ。今のアメリカ映画はつまらないよ。(p.187)

彼自身、続編について言えば、若いころに会社から言われて渋々つくった「続姿三四郎」が唯一の例外。
 それも、やはり悪い意味での続編のそしりを免れない仕上がりになっている。
 黒澤にしてみれば「いわんこっちゃない。こうなることが嫌だから断ったのに」と言いたかったのかもしれないが。

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