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それから数日後、狼のガブと山羊のメイは二匹でとある場所を歩いていた。
少し開けた沼の近くに差し掛かると、ガブは立ち止まって遠吠えを始める。
そしてガブは、注意深く耳をそばだてた。
風がそよいで木々の葉を揺らす音以外に、何もガブとメイの耳には入って来ない。
「どうやらここには、オイラ達だけのようでやんすね」
ガブは狼のメイと約束をしていた。
狼のメイは、このみどりの森から出て行く決心をしてくれた。
しかし、彼女の子ども達はまだ幼かったので、長い旅路に耐えるだけの体力がない。
せめて子ども達が成長するまでは、狼のメイはまだ暫らくはこのみどりの森に留まらなければならない。
そこでガブと狼のメイは、お互いに棲み分けをすることに決めた。
そして、水のみ場などの共通する場所や境界近くでは、遠吠えをしてお互いの存在の有無を確認することにしたのだ。
「何だか妙ですね」
ふと、山羊のメイが言った。
「妙って...何がでやんす?」
「だって、狼のメイも言っていたんでしょう?
『私もね、掟を破って群れを抜け出したのよ』って。
...何かここの界隈って、事情を抱えた動物の避難場所みたいですよね」
「なるほどねぇ...。
しかし、彼女は一体何をしたんでやんすかね?
オイラ達は食うもの食われるものの種族を飛び越えちまって、挙げ句の果てここにきたんでやんすけどね」
ガブの言葉を聞いて山羊のメイは、このみどりの森を目指しての逃避行の日々を思い起こしていた。
―おや、アンタって、もしかして噂の山羊じゃないの?
―森はアンタ達の話で持ちきりだよ...へぇ...見たところは普通の山羊だよね。
―狼と一緒にいるのってどういう気分?凄いよなぁ、おとなしそうな顔をして思い切ったことをするよなぁ...いつもどんなこと話しているんだい?
逃避行の最中、ガブがちょっと留守にしている間に山羊のメイに話し掛けて来た動物がいたのだ。
「あんまり詮索するのって嫌だな。
彼女のことはそっとしておいてあげましょうよ」
そう言うメイの顔が、少しキツイ表情に見えたガブは慌てて答える。
「べ、別にオイラ...根掘り葉掘り聞こうなんって思っちゃいやせんよ。
やだなぁ...そんなおっかない顔をして、どうしたんでやんす?メイ。
そもそも、言い出したのはメイでやんすよ?」
「ごめんなさい、ガブ。
ちょっと、いやなこと思い出しちゃって...」
「そう言えば、狼のメイに初めて会った時、メイはオイラを見てこんなこと言ったんでやんすよ。
『あなた、誰かに頼まれて私を連れ戻しに来た訳じゃないのね?』
時期的に考えてみれば、身重の身体でここまで逃れて来たんでやんすね。
たったひとりで子どもを産んで、どんなに心細かったことか...。
いや、ちょっと待てよ」
突然ガブが考え込んだ。
「何か、おかしいっすよ」
「おかしいって、何がです?」
今度はメイがガブに聞いた。
「いやね、オイラのいたバクバク谷はちょっと変わった群れでやんしてね。
オイラと幼馴染みだったザクとビッチも、それにちょっと年長のバリーさんだって、みんなそれぞれ親が違うんでやんすよ。
群れの長であるギロさんとその奥さんは、オイラ達の親ではないんでやんす」
「それが、一体どうしたの?」
「実はね、普通狼の群れは一組のつがいとその子ども達で群れを構成するっす。
群れの中では、つがいになれるのは決まってるんでやんす。
バクバク谷で言ったら、ギロさんとその奥さん以外ではつがいは有り得ない。
だから、狼のメイは群れの長の奥さんだったはずでやんす。
そんな地位の高いはずの狼が何で...って、これこそ余計な詮索っすよね、へへへ...」
ガブとメイは、これ以上は狼のメイの話題を口にするのはやめた。
ひとしきり喉を潤すと、暫らくそこで昼寝をする。
狼のメイの遠吠えはまだ聞こえて来ない。
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