石の思い

ごぶさたしてます。留守中のコメントすごくうれしかったです〜。レスできなくてごめんなさい><

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 「空にある星を一つ欲しいと思いませんか?思わない?そんなら、君と話をしない」

                          坂口安吾 「ピエロ伝道者」 


先月末にクストリッツァのライブに行って以来、俄かにファルス・ブーム。

坂口安吾の全集をひっくり返して「FARCEに就て」「ピエロ伝道者」「茶番に寄せて」などを読み散らかす。

ちなみに「ファルス」を辞書で引くと

【ファルス(仏) farce 】
「フランス中世後期に栄えた民衆演劇の形式の一。当時の庶民生活を題材とした単純素朴な喜劇。
 一般には、こっけいさをねらった喜劇。笑劇。ファース。」

とある。

「FARCEに就て」「ピエロ伝道者」は大好きな文章で折に触れてよく読み返します。
書かれたのは昭和6、7年頃。安吾は20代。ファルス(笑劇)作家として、「笑い」という詩魂を武器に文学界に切り込んでゆこうとする作家・坂口安吾の若い気概に満ち満ちた文章です。

 「屋根の上で、竹竿を振り廻す男がいる。みんなゲラゲラ笑ってそれを眺めている。
  子供達まで、あいつは気違いだね、などと言う。僕も思う。これは笑わない奴の方が、
  よっぽどどうかしている、と。そして我々は、痛快に彼と竹竿を、笑殺しようではないか!」


ここには、

「涙の裏打ちのない、純然たる「馬鹿笑い」を元にした芸術は果たして可能か?」

という問いがあり、

「可能だ」

という答えがあります。答えたのは坂口安吾その人です。

誰が実践するのだ? 俺だ。

という訳です^^;

<自ら竹竿を持って星空を掻き回すぞ>というある種子供じみた宣戦布告です。

ちょっと長い引用ですが、安吾的ファルス論は以下の通り。

 「ファルスとは、人間の全てを、全的に、一つ残さず肯定しようとするものである。
 凡そ人間の現実に関する限りは、空想であれ、夢であれ、死であれ、怒りであれ、矛盾であれ、
 トンチンカンであれ、ムニャムニャであれ、何から何まで肯定しようとするものである。
 
 ファルスとは、否定をも肯定し、肯定をも肯定し、さらに又肯定し、結局人間に関する限りの
 全てを永遠に永劫に永久に肯定肯定肯定して止むまいとするものである。」 (「FARCEに就て」)


…ごく私的な印象なのですが、この安吾のファルス論を読んでいると、どーしてもクストリッツァの映画が目の前にちらついてなりません。

よってライブをきっかけに脳内ファルス・ブーム。祭典。祝祭。それも宴もたけなわ。
(もー何でもかんでも安吾に結びつけるなよ、という感じですが…^^;)


 「すべて「一途」がほとばしるとき、人間は「歌う」ものである。
 その人その人の容器にしたがって、悲しさを歌い、苦しさを歌い、悦びを歌い、笑いを歌い、無意味を歌う。
 それが一番芸術に必要なのだ。」 (「ピエロ伝道者」)


こんな文章を読むと途端に、クストリッツァの騒がしい映画の1シーン1シーンが(頼みもしないのに)眼前に浮かんでは消え浮かんでは消え…思い出すだけでヘトヘト。体力は軒並み奪われてしまう。


ドリフ顔負けの鉄板ギャグ、ガチョウが飛び、ヤギが舞い、猫で靴を磨き、チンパンジーを仲人に仕立て、ベッドが空を飛び、女の尻に花を挿して、恋人の下着の臭いを嗅ぎ、それを被り、唇をあわせ、セックスをする。殴りあう。喰らう。呑みほす。恋をする。死ぬ。生まれる。殺す。騙す。裏切る裏切る裏切る。そして歌う。そして踊る。そして笑う。―――力尽きるまで騒ぎ倒す、呆れ果てたる乱痴気騒ぎ―――


クストリッツァの映画に出てくる人間は、本気で屋根の上で竹竿を振り廻しかねない。
もしかして、ひょっとしたら、本当に<星>を捕まえてしまうんじゃないのかしらん?
そんな空想をさせてくれる。

 「一体、人々は、「空想」という文字を、「現実」に対立させて考えるのが間違いの元である。(中略)
 人間自身の存在が「現実」であるならば、現に其の人間によって生み出される空想が、単に、
 形が無いからといって、なんで「現実」でないことがある。」(「FARCEに就て」)


そうそう、そうなんだよ!安吾!とまたしても脳内大騒ぎ。


涙の裏打ち、つまりは「下心」の見え隠れする「悲劇」や「喜劇」を突破したところの「笑劇」に新しい出発点を見出し、それを文学として実践するという決意は、晩年まで安吾が持ち続けた文学理念です。

あまたの失敗作と、佳作、一握りの傑作…玉石混合の実弾を惜し気もなく乱発し続け、永遠の未完成、永久の反復運動を続ける木偶の如く(つまるところまったく成長の兆を見せず)、また止まらない機関車のごとき猛烈なエネルギーで49年という太く短い人生を駆け抜けた作家に相応しい、馬鹿げた、愚かしい、しかし胸の熱くなるような理念です。私は、大好き。

 「日本のナンセンス文学は、涙を飛躍しなければならない。「莫迦莫迦しさ」を歌い初めてもいい時期だ。
 勇敢に屋根に這い登れ!竹竿を振り廻し給え。観衆の涙に媚び給うな。」 (「ピエロ伝道者」)


近しい民族同士の殺し合いというむごたらしい歴史をいまなお繰り広げながら、それでも、馬鹿馬鹿しくも滑稽に生きる旧ユーゴの人々を描き続けるクストリッツァの、呆れ果てたる根気と愛情に、国は違えど竹竿を持って星を掻き回す我が坂口安吾先生に。

ふたりの大層おとなげない<大人>に。時代を超えた<道化諸君>に。

ありったけの愛情をささげつつ、さいわい字数制限も迫ってきた頃合、竜頭蛇尾のお喋りにもこれにて区切りを付けさせて頂きます。幕引。幕引。(コソコソ)


さてさて、蛇尾に蛇足のオマケをつけて、最後に質問をば。


 「あなたは空にある星を一つ、欲しいと思いますか?」


☆☆☆

「ピエロ伝道者」「FARCEに就て」 …『坂口安吾全集14』所収(ちくま文庫 税抜1200円)

エミール・クストリッツァ関連記事
http://www.sankei.co.jp/enak/yodogawa/96/96underground.html

(淀川長治氏による一気呵成の詩的な評論がすごいです^^;)

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「野田版/愛陀姫」羨ましいなり^^、横レスですみません^^。

2008/8/1(金) 午後 6:49 月の骨 返信する

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僕も御茶ノ水のアテネフランセを見たときには、ああこれが・・、と感慨にふけりましたよ。わかります。やはり安吾を読んだらアテネフランセは巡礼しないとね。

2008/8/3(日) 午前 3:10 [ bat**yu2*01 ] 返信する

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月野さん、えへへへ^^お蔭さまでチケット取れました〜♪コメント頂いて有頂天です♪誰かに自慢したくてたまらなかったのでッ(笑)

2008/8/3(日) 午後 5:20 ang*1jp 返信する

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バタイユさん、長いコメントを読んで頂いてありがとうございます(は、恥かしい^^;)
バタイユさんもアテネ・フランセ巡礼されましたか♪お仲間(道連れ?)が出来て心強いです^^

2008/8/3(日) 午後 5:22 ang*1jp 返信する

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今回私の心に引っかかったのは「すべて「一途」がほとばしるとき、人間は「歌う」ものである。」でした。あと冒頭の一文もいいな、って思わせられました♪ああ、でも待って。涙の裏打ち、つまりは「下心」って所も凄く残りましたョ。

2008/8/4(月) 午前 7:13 [ † no_jszy † ] 返信する

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安吾さんまじりの太宰治のことを書いたので、暇だったら見に来てください。

2008/8/13(水) 午前 3:23 [ bat**yu2*01 ] 返信する

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no iszyさん、わーい!コメントありがとうございます!!「すべて〜」のくだりは本当にグッときますよね^^私も大好きな一文です♪no iszyさんは確か「アンダーグラウンド」観ておられるんですよね^^本当にあんな感じの文章ですよ(笑)

2008/8/19(火) 午後 11:01 ang*1jp 返信する

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バタイユさん、安吾まじりの太宰ですか!伺います、伺います〜(><)

2008/8/19(火) 午後 11:03 ang*1jp 返信する

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2008/10/27(月) 午前 4:33 [ アダルト ] 返信する

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2009/3/29(日) 午前 4:24 [ おっぱい ] 返信する

一年以上も前の記事をひっくり返してごめんなさい。

でも、この文章にヤラレテしまう人というのは、やっぱり多いのですね。

「すべて一途がほとばしるとき、人間は歌うものである…」

最近はもう、一途がほとばしることもないし、人の一途がほとばしるのに触れても、以前のように心を動かされなくなってしまい、安吾流に言えば、「不機嫌」を知ってしまったという感じで、少し寂しい思いをしています。

それでも、「空にある星を一つ」、求めざるを得ない自分ですが、若い頃のその星は、明るい健康的な色だったのが、最近は、暗く冷たい色になっています。

けれど、けれど、どんなに年をとっても、自分は歌うことは止めないし、星を求めることを止めはしないと、ちょっと力んでみたりするこの頃です。

アテネフランセの周りをうろつく…。
あんごさんとバタイユさん、そして、自分もです。
きっと、他にもけっこういるんでしょうね。

あれって、安吾が通った当時と場所は変わってなかったでしたっけ?

あの時のワクワク感、もう一度味わえたらなぁ〜。


うん、頑張ろう!

2009/12/23(水) 午後 6:45 [ kurahashi ] 返信する

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kurahashiさん、こんな古い記事にコメントありがとうございます!

「すべて一途がほとばしるとき、人間は歌うものである」

本当に本当に大好きな言葉です。ティーンエイジャーの頃のような熱やきらめきは年々衰えつつありますが(ハハハ)^^;それでもやはり星は星!
kurahasiさんの星は「暗く冷たく」なんておっしゃりますけど、たとえそうなったとしても、ますます透徹して透明度を増してゆかれるのでは?と思いますよ^^

なんとkurahashiさんもアテネ・フランセ放浪組でしたか!それならどこかでバッタリお会いする機会があるかもしれませんね^^
そうしたらうれしいなぁ!

2009/12/26(土) 午前 9:45 ang*1jp 返信する

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あんごさん こんばんは。お元気でしたか。

あんごさんに刺激されて、「坂口安吾選集」(講談社 野坂昭如編集!)の第一巻ファルス篇を発掘してきました。

「私は同人雑誌に「風博士」という小説を書いた。散文のファルスで、ポォのX’ing paragraph やBon Bonなどという馬鹿バナシを愛読していたから、俺も一つ書いてやろうと思ったまでの話で、こういう馬鹿バナシはボードレェルの訳したポォの仏訳の中にも除外されているほどだから、ましてや一般に通用されるはずがない。私は初めからあきらめていた。」安吾は、
「ついでに文芸春秋を立ち読みして、牧野信一が「風博士」という一文を書いて、私を激賞しているのを見出したのである。」

そのマキノ氏の一文は「厭世の偏奇境(バロク)から発酵したとてつもないおしゃべり(アストラカン)です、」と始まる面白いものです。

安吾がポウのファルス(ブラック・ユーモア?)やエリック・サティに早くから注目していたのには、驚きました。 削除

2011/4/7(木) 午後 11:17 [ nada ] 返信する

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nadaさん、ご無事でないよりです〜!震災からこちらブログのお知り合いの安否が気になってたまりませんでした。
野坂昭如編の安吾選集があるのですか?調べてみたらまたすばらしいセレクトですね^^欲しい…。ポオやエリック・サティという名前は安吾を通して知って(読んでも聴いてもいないくせに!)とてもなつかしい親しみを感じています。本当にマキノ氏が見出さなかったら安吾は作家になっていなかったかもしれませんね。マキノ様様です!
そういえば最近読んだ『司馬遷』という本に牧野信一訳のポオの「ユリイカ」の一遍が載っていたのですが、これがたいへん詩的で・・・ハイ、何が書いてあるのかさっぱりわかりませんでした〜(笑)

2011/4/9(土) 午後 7:26 ang*1jp 返信する

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あんごさん ありがとう。ぼくは、大丈夫です。

この安吾選集、新書版サイズですが、しっかりした箱入りで、洒落た装丁です。オレンジ色に白抜きであんごの文字の箱デザイン、山吹色の表紙、見返しに安吾色紙村長図、各巻に野坂のエッセイ付きです。

付録にマキノ氏の推薦文もちゃんと収録されていました。

「だんだん読んでいくと重たい笑素に襲われます。この笑素は科学読本で御存じのあの酵素中の一元素の謂です。

出来損いのアミーバ見たいな奇怪なデタラメさ加減なのですが、かと思うと洒落たアカデミアンで、読んでゆくうちに何だか得体の知れない信用を覚えさせられて来るのです。そんな感じの小説」だそうです。 削除

2011/4/9(土) 午後 8:38 [ nada ] 返信する

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つづきです。
『司馬遷』に「ユリイカ」の引用があるとは知りませんでした。

イナガキ・タルホも、読んでいたようで、かなり影響があったのかもしれません。

「『ユリイカ』とは、いい名をつけたね。コスミックだ。サスガだな。あんたには、牧野信一みたいな首吊り男の感じがある、とかねがね思っていた」と言いだした。

ポオの「ユリイカ」をはじめて邦訳したのは牧野信一で、それが〈余は発見せり〉という意味のギリシア語だと、かれが教えてくれたのは数日前のこと、それを「ユリイカ」の名までぼくが自分で考え出したかのように褒めるのであった(伊達得夫「首吊り男」詩人たち――ユリイカ抄 一九七一年七月)。 削除

2011/4/9(土) 午後 8:50 [ nada ] 返信する

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nadaさん、凝った作りの選集ですね〜^^山吹色って現代ではなかなかセレクトしない色調かもしれませんね。マキノ氏の推薦文も洒落ていますね。「重たい笑素」「得体のしれない信用」…摩訶不思議なマキノ・ワールドに足を踏み入れてしまったようです^^

2011/4/11(月) 午前 5:48 ang*1jp 返信する

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nadaさん、ポオの「ユリイカ」を初めて邦訳したのはマキノ氏なんですか?引用の文章面白いですね!引用の伊達得夫氏は書肆ユリイカの代表だったのですね!「牧野信一みたいな首吊り男の感じ」←ははは!普通の人はこう言われてもうれしくないかもしれないけれど、ある意味最大級の賛辞ですね!
『司馬遷』の中では史記の世界観の宇宙的広がりを説明するのに引用されているようでした。(すみません、むつかしくてわかりません〜^^;)

2011/4/11(月) 午前 6:02 ang*1jp 返信する

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あんごさん こんばんは。

ポオの「ユリイカ」は、最初小林秀雄との共訳で「ユレカ」として雑誌に連載されたようです。

後に小川和夫との共訳が、単行本になったのが有名ですね(昭和十年)。
(小川和夫とマキノ氏ワイフの失踪事件もあったとか!)

マキノ氏一流の奇妙な文体は、三島由紀夫のように「文章のぞんざいさ」を指摘する人もいますが、実は意識的なスタイルだったのかもしれません。

林不忘や国枝史郎を思わせる痛快さがあって、ぼくは好きですが。

おっと「この笑素は科学読本」は「この笑素は化学読本」の誤りでした。 削除

2011/4/11(月) 午後 9:57 [ nada ] 返信する

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nadaさん、なんと小林秀雄との共訳もあるのですか!?『司馬遷』に引用されているのは小川和夫共訳とありました。夫人と失踪事件…うむむ^^;小川氏の事かは不明ですが、失踪については安吾がちらっと書いていた記憶があります。
マキノ氏って本当に独特な文体ですね。(たいして読んでいないのでお恥ずかしいのですが^^;)三島のような完璧なものより、こういうリズム感の方が個人的には好みです^^

「宇宙の集合と消滅に就いて、私どものたやすく考え得られることは、新たなそして恐らくは全然異った状態の系列がー再度の創造と放射と自己復帰とがー再度の神意の作用と反作用とが、続いて起るだろうということであります。」

↑???でも何が書いてあるのかよく分かりません〜^^;

2011/4/13(水) 午前 1:22 ang*1jp 返信する

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