石の思い

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「寂心は大(おおい)に感激した随喜した。そして堪り兼ねて流涕(りゅうてい)し、すすり泣いた。」
                                  「連環記」 幸田露伴

「おもしろいおもしろい」と巷で噂の幸田露伴の史伝「連環記」を読みました。
本当におもしろかったよ。いやすごい。ロハンぱねえ。(←当世風)忘れぬうちメモメモ。

慶滋保胤(かものやすたね)/寂心(じゃくしん)
平安中期の人。
陰陽博士の賀茂氏の傍系。主家の陰陽博士ではなく、文章博士の道をゆく。大内記(だいないき)として、朝廷に出仕。仏心甚だしく、俗世中に「日本往生極楽記」を記す。子の成人を待ち、出家。寂心と名乗る。諸国遍歴後、如意輪寺で没す。弟子に寂照(じゃくしょう)がいる。

大江定基(おおえのさだもと)/寂照(じゃくしょう)
文章・和歌に秀でたキレ者。三河守として赴任の際、妻を去り若き女・力寿(りきじゅ)を得る。女病を得、死すにおよび悲しみのあまり、埋葬もせず遺骸の傍らに侍る。数日後、生けるがごとき女の死骸の口を吸うと、そこよりあさましい死臭がした。ついに女を弔う事を決める。その後ふっつりと俗世を思い切り発心。寂心の元に身をよせる。寂照を名乗る。

保胤(やすたね)往来の牛に泣き、門の女に涙を流すのこと

ある時、保胤が都の大路(おおじ)を歩いていた。たまたま非常に重げな嵩高な荷を負うて喘ぎ喘ぎ大車を牽(ひ)き、よだれを垂らして脚をふんばっている牛を見かけた。

「牛は力の限りを尽して歩いている。しかも牛使いは力むることなお足らずとして、これを笞(むち)うっている。」

他愛ない日常の姿である。が、保胤はハラハラと涙を流す。

「ああ、疲れたる牛、厳しき笞(むち)、荷は重く途は遠くして、日は熾(さか)りに土は焦がる、飲まんとすれど滴水(しずく)も得ぬその苦しさはそも如何ばかりぞや、嗚呼、牛、汝(なんじ)何ぞ拙(つたな)くも牛とは生まれしぞ、汝今そもそも何の罪ありてその苦を受くるや」

そう思っているうちに、はっし、とムチの音が響く。
保胤はたまらない。

南無、救わせたまえ、諸菩薩(しょぼさつ)、南無仏(なむぶつ)、々々々」そう念じた。

保胤にとっては、この世は即ち悲(ひ)であり、哀(あい)であった。
娑婆は苦に満ちており、それをいわたしいとして泣き、とめどもなく泣き、さらにまた泣くのがこの人であった。

さて、こんなこともあった。
ある日、保胤が宮中に参内しようと道をいそいでいた。
ふと、門のところで女が実に苦しげに泣いて立っているのをみかけた。牛馬にさえ悲憐(ひれん)の涙を惜しまぬ保胤であったので、どうかしたのか?と問いかけた。女は答えた。「主人の使いで帯を人に借りて帰ってきた途上でそれを落としてしまった。どれだけ探しても出てこない。主人の用をこなさず、人さまの物を無くすなどとは、もはや生きていても死んでいても身のたつ瀬のないものだ」と泣きながら申し上げた。聞けばそれは衣冠束帯、朝服の石帯(いしおび)であり、その帯がなければ、宮中に参内できぬという。保胤はあわれを催して、さてどうしようと思いかねた。参内の時間はせまっている。主人はさぞや気をもんでいる事だろう。したがって女は搾り上げられるような焦燥のなかで嘆いているわけだ、と思うと、もうたまらず、スルスルと自分の帯を解き、女に与え「疾く、疾く、主人が方にもて行け」とせかした。女は手を合わせ喜び勇んでたちまち消えた。さて、と保胤もホッと一ト安心―――。ア、今度は自分が帯なし、帯なしでは出るところへ出られぬ、と困惑するにいたる。
帯なしのあさましい姿では往来にいることもできず、恥ずかしがって片隅に隠れていた。

「さて片隅に帯もなくて隠れいたりけるほどに」と「今鏡(いまかがみ)」にも伝がある。
公事、いままさに始まらんとしている。大内記(だいないき)の保胤が出てこないでは仕方がない、同僚は遅い遅いと待ちかね待ちこがれ、ついには門の外まで探索の手を伸ばす。あわれ、帯なしの保胤は顔を赤くして隠れている。人々はそれを見て呆れもしたし、「なんたる厄介千万」と舌打ちもしたであろう。が、兎にも角にも公事である。面目なさに弱りかえって度を失った保胤をひきずりだし、抱えるようにして「疾く、疾く」とせかし、余所より帯を借り、またもやクルクルと保胤をまわして帯を締め直させ、辛くも内に滑り込み、公事はとどおこおりなく行われた。

これが保胤である。保胤とはこういう人である。

「これでは如何に才学があって、善良な人であっても、世間を危気(あぶなげ)なしには渡っていかれなかったろう」

保胤、寂心となるのこと

保胤は寛和2年をもって、落髪出家の身となった。なるべくしてなったというが正しかろう。
名は寂心(じゃくしん)。世間には「内記の聖(ないきのひじり)」と呼ばれた。

増賀、根負けするのこと

さて、この寂心、ますます仏道に邁進するために、師を求めた。
横川に増賀の聖(ぞうがのひじり)という摩訶止観(まかしかん)を説く僧があった。その元に馳せ参じた。
この増賀、俗気が微塵もなく、深く名利(みょうり)を憎んで、断崖絶壁の如くに身の取り置きをした。断崖絶壁の君であるからして、世間の常識は通じない。時には、学僧仲間からも煙たがられるほどの断崖絶壁ぶりである。こうと決めたら、必ずそうする。理屈も会話も通じたものではない。随分厄介といえば厄介な、つまり、すなわち、そういう人であった。

さて、摩訶止観の講義である。
寂心はおとなしやかに講義に耳を傾けている。他にも数人の学僧がいる。とある部分で寂心が感極まって泣いた。

「寂心は大(おおい)に感激した随喜した。そして堪り兼ねて流涕(りゅうてい)し、すすり泣いた。」

すると、増賀はたちまち座を降りて、つかつかと寂心の前へ立つなり

「しゃ、何泣くぞ」と拳を固めて、したたかに寂心が面を張りゆがめた。

「我の話を声などたてて妨げるとは何ごとか」と怒ったのである。

周りの学僧は(感涙を流して謹み聞けるものを打つとは何ごとぞ)としらけきっている。
寂心のみ心をいれかえ、声をあげませぬ、泣きはしませぬと詫び詫びして、ふたたび講義に聞き入った。
それでも泣いてしまうのが寂心である。かれは感動すると泣いてしまうひとなのである。
増賀は再び、座を馳せ下りて寂心をしたたか打った。寂心は詫びて泣きやみ、周りは必死にとりなし、みたび講義が再開する。さて間もなく寂心が泣きはじめた。増賀は降りてその横面をしたたか殴りつけた。
三度の涙と三度の殴打をもってして、増賀が負けた。さすがに負けた。
根負けである。寂心の誠心誠意に断崖絶壁の人はついに兜をぬいだ。
こうして増賀・寂心の師弟は結縁した。

「寂心という人は事業などは出来ぬ人である。道理で寂心が建立したという堂寺などのあることは聞かぬ。」と、露伴も呆れつつ「寂心は寂心であった。」とヘンな褒め方をしています。

さて、寂心の弟子、寂照のエピソードはこんな感じ。
この人は、割と豪傑肌で、寂心とは違って浮世でも相当な出世の出来るキレ者だったが、30歳手前で女に躓いた。三河守として赴任した先で、力寿(りきじゅ)という若い女に入れあげ、古女房を棄ててしまう。
力寿はやさしいいい女だったが、病を得、定基の必死の介抱もむなしく、亡くなってしまう。

定基(さだもと)死せる女の口を吸うのこと

一日すぎ、二日すぎても、美しい力寿は美しいままだった。まるで生きているようだった。目を閉じているだけかと思われた。
定基はその傍らで昼も夜も過ごした。わが心がわがものでない気がした。

古い文にいう。

「悲しさの余りに、とかくもせで、かたらひ伏して、口をすひたりけるに、あさましき香の口より出来(いでき)たりけるにぞ、うとむ心いできて、なくなく葬(はふ)りてける」

「どうも致しかたのない人の終りは、そうするかそうされるのが自然なのである。生相憐(あわれ)み、死相捐(す)つるのである。力寿定基は終(つい)に死相捐てたのである。」

その後、定基は、周囲の慰留も振り捨てて発心。寂心のもとに走った。
時は永延2年、齢は31。露伴翁曰く「よく思いきったものであった。」

寂照、古女房に会うのこと

さて、寂照が仏道の修行に邁進していたころの話。
頭陀行(ずだぎょう)のなかに「常乞食(じょうこつじき)」という行がある。家々の前に立って食を乞う行である。ある日、寂照はりっぱな邸宅に招かれた。庭に畳を敷き、食物がおかれている。「寂照何の心もなく、施されるままに畳に座り、唱えごとして食わんとした。」と、眼前のすだれスルスルと上がり、そなたを見ると、美しい装束を来た女がいた。

「寂照は女を見た。女も寂照を見た。眼と眼とは確かに見合わせた。」

そこにいるのはかつて、寂照いや定基が追い出した古女房であった。
女の目には無量の物があった。怨恨、毒気、勝利、侮蔑、冷気、軽蔑、嘲り、それらのものが一緒くたになり、氷でできた刀のような鋭さで寂照のからだに襲いかかった。
女は極めて鈍くうすわらいをした。凄惨であった。

だが、定基はすでに定基ではなく、ここに居り乞食しているのは、寂照であった。
「寂照は寂照であった。」
女の怨嗟は女から放たれ、寂照におそいかかった。

「我に吹掛ける火焔の大熱は、それだけ彼女の身を去って彼女に清涼を与えるわけになった。
我に射掛くる利箭(りせん)の毒は、それだけ彼女の懐を出でて彼女の胸裏を清浄にすることになった。」

厭離。怨讐。嫉妬。その矢は寂照が引き受けた。その的たるが寂照であった。

因果応報の理はここにおいて断たれたのである。
彼女の苦しみは彼女を離れ、決して彼女に戻ることはなくなったのである。
怨嗟の飛距離は彼女の清浄に比例した。

その後の女のことは知らぬし、ものの本にも書かれておらぬ。ただその業火が女を焼かず清めたという伝えがあるのみという。

寂心、没す。および寂心娑婆帰来(しゃばきらい)のこと

寂心の終りは安らかなものであった。
こころの優しい泣き虫の寂心は、僧としてこれといった事業をするでもなかった。その死も、しずかに、おだやかに、朝日に溶ける露のごとき終りであったという。

さて、こんな言い伝えがある。ある場所のある人がこんな夢をみた。

「寂心上人は衆生を利益(りやく)せんがために、浄土より帰りて、更に娑婆に在(い)ます」

寂心ひとりが娑婆に帰来しようがこの世の哀しみが消滅するわけでもあるまいに、お人よしの彼は、また泣くためにのみ、ノコノコと苦の世界に戻ってきているらしいのだ

うれしい知らせであった。

「寂心は世を哀(かなし)み、世は寂心の如き人を懐かしんでいた。」

何かにつけては泣き、周囲に面倒をみられ通しであった保胤こと寂心であったが、世の人々はそのような彼をやれやれと思いつつも、ひどくまぶしいものを見るように懐かしんだという。

そういう伝えである。

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あんごさん 面白そうだけど難しい〜(笑)
いや〜あんごさん凄い。自分も外堀から攻めて知力を高め、この本を読めるまでになりたいです。^^;
文化人類学的視点見るといろいろな発見がありそうでとても面白そう。

2012/4/7(土) 午後 10:28 [ Across the Universe ]

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随分久しぶりに骨のある文章を読ませていただきました。
「流涕」だの「滂沱」だの読める人がいるのが珍しい世の中になってしまったようです。
「しゃっ」なんて、江戸期の文章までですね。
さすがにあんごさんですね。

2012/4/7(土) 午後 10:45 [ sho*ha*ng*5 ]

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東行さん、面白かったですよ〜♪いぜん司馬先生が「史伝」つながりで、海音寺潮五郎氏と露伴の比較論をしたいんだい、と熱く語っていた文章を読んだもので、「へーえ、こりゃ面白そうだ」と本書を手に取ったら大当たりでした♪
やっぱり難しいのかな?と身構えていましたが、かなり砕けた語り口なので読んでいて楽しいです。
記事にはしなかったのですが、赤染右衛門(あかぞめえもん)と和泉式部の恋歌ガチンコ勝負のくだりなんて、抱腹絶倒のおもしろさです^^機会があったらゼヒゼヒ。

2012/4/8(日) 午前 0:43 ang*1jp

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shoさん、露伴の文章は骨があっていいですね。(キャラクターで言えば増賀っぽい?)それでいて、軽みもあって。…とても不思議な読み応えでした!もとの文章をバキバキ骨折させてしまったような記事ですが、そういって頂けると嬉しいです〜(感涙)
「しゃっ」って、むかーし時代劇で聞いた記憶があります。「さても憎らしいそのしゃっ面(つら)」とか…。意味合いとしては同じなのでしょうか??そういえば最近は耳にしない気が…。

2012/4/8(日) 午前 0:59 ang*1jp

露伴は久生十蘭とならんで、小説の巧者という印象が強いんですが、まだ一冊も読んだことがありません^^。あんごさんの紹介読んでると、やはりすごくおもしろそうですね。

2012/4/8(日) 午前 7:37 beck

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こんばんはあんごさん。これ読みましたか・・・露伴最晩年の作品です。素晴らしいですよね。基本的には露伴の作品は娯楽小説なので、もっと読まれてもいいと思うのですが、文庫が少ないのが残念です。

2012/4/8(日) 午後 9:36 kms*30

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beckさん、久生十蘭…私も名前だけで読んだことがありません〜^^:いつか読んでみたいなぁ…。「連環記」も難しいのかな?と思って敬遠していましたが、読んでびっくり、すごく面白いです!一度では物足りなく続けて2度も読んでしまいました^0^
機会があったらゼヒ!

2012/4/9(月) 午前 0:22 ang*1jp

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もねさん、「娯楽小説」とおっしゃる意味がなんとなく分かるような…^^本当に面白いですね。なんというか、ぐずぐずした自意識過剰みたいなものがいっさい無くて、すかっとしてます。
こんなに面白いなら別の本も読んでみたいです〜^^
え?文庫はあまり出ていないのですか?残念^^;

2012/4/9(月) 午前 0:30 ang*1jp

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面白そうです。。!
敷居が高いかなと思っていたけどあんごさんの記事で読みたくなりました
メモメモ。。^^←脳内メモ

2012/4/23(月) 午後 10:54 [ 金の木馬 ]

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金の木馬さん、「露伴なんて古典だろう、いまさら読む作家じゃないよなー」なーんて思っていた自分をに復ビンタ&足蹴、その後正座をさせて5、6時間小言を言いたいくらいに面白い本でした♪
機会があったらゼヒ〜^^

2012/4/25(水) 午前 0:44 ang*1jp


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