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「すぎた悲しみというものは問題にする必要がないものだね。 |
坂口安吾
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「それならば、生存の孤独とか、我々のふるさとというものは、このようにむごたらしく、救いのないものでありましょうか。私は、いかにも、そのように、むごたらしく、救いのないものだと思います。」 坂口安吾 「文学のふるさと」 私生活でかなりショックなことがあって元気がでませぬ。 ううん。 元気の出ることを考えよう、と思ったら。 元気の元がありました^^ 行きたい・・・。行く。絶対行く。 教えてくれた友人に感謝。愚痴まで聞いてくれてありがとう〜(;;)
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コノ サカヅキヲ 受ケテクレ ドウゾ ナミナミ ツガシテオクレ ハナニ アラシノ タトヘモ アルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ 勧 君 金 屈 巵 満 酌 不 須 辞 花 発 多 風 雨 人 生 足 別 離 井伏鱒二 『厄除け詩集』「勧酒」より 「<サヨナラ>を発明したのは井伏鱒二だ」と、むかし誰かがいいました。 どこで読んだか聞いたかしたか忘れてしまったのですが(「発明」だったか「発見」だったかも…) なるほどうまいことをいうなあ・・・と「勧酒」の訳詩を読み返すたびに、もう何年も新鮮な気持ちで思うクセがついています。 先日図書館でみつけた『井伏鱒二対談集』はとてもおもしろいものでした。 対談者は、深沢七郎、神保光太郎、永井龍男、開高健、尾崎一雄、河上徹太郎、 河盛好蔵、安岡章太郎、三浦哲郎…すごいメンツです。名前だけなら知っています^^; その中で、特に永井龍男との対談「文学・閑話休題」(S47,1月 井伏氏73歳)が面白くて、 ブログのお知り合いのnadaさんに教えて頂いた、牧野信一と井伏さんのエピソードも語られていてとても興味深く読みました。 牧野信一(まきの・しんいち)は坂口安吾のお師匠さんで、昭和11年に自殺した作家です。 「ギリシャ牧野」と呼ばれ、小田原を舞台にした明るく神話的な幻想譚をいくつも紡いだ作家さんなのだそうです。 先日読んでいた池内紀(いけうち・おさむ)氏の『出ふるさと記』の中でも、マキノ氏に関して興味深い文章があったのでまずそちらを引用。 「笑い虫 牧野信一」より 「牧野信一にはおりおり天狗が出てくる。足柄山の道了尊は天狗であって、土地の霊が徘徊するわけだが、牧野信一の場合は大地の闇からとび出してきたりはしない。マンガのような愛嬌をもち、無邪気に出現して、うろたえながら姿を消す。」 このうろたえながら姿を消す、というのが個人的にツボでした。 まさに安吾のファルスに出てくるようなキャラクターですね。竜頭蛇尾。尻切れトンボ。なきわらいをしながら舞台を去ってゆく道化。愛すべき御仁です。 「親しく友人を見ていた宇野浩二によると、牧野には「笑い虫」が巣くっていて、必要のないときにも、ことさら人を笑わせたがった。」 「いかにも笑い虫だった。悲劇を喜劇にして、ずんでんどうと落ちていく。しかも天界への人工の翼をつけたダイダロス的飛行にみせかけての落下であって、なおのこと哀しくておかしいのだ。いわば高らかに笑いながらの悶絶である。」 池内氏はマキノ氏の作風を「南方風の無国籍な明るさ」と書いておられますが。 「私の考え方が間違っているのかも知れないが、私には牧野さんの死がちっとも暗く見えないし、 まして悲痛にも見えない。却って明るいのである。」 (「牧野さんの祭典によせて」坂口安吾) マキノ氏にはつねに「明るさ」が付きまとっていて、それが「死」に裏打ちされるがゆえに、非常にまぶしいものであった、ということを安吾は書いていましたが。 きっとそんなふうな人だったのかなぁ? 人を笑わせるために階段から転げ落ちてみせる、というのははた目にはちょっと痛々しいですが。サービス精神が過剰な人だったのでしょうか?時にひどく意地悪で、ただお人よしのためにその意地悪を貫くことができなくて却って自分を痛めつけてしまうという、やっかいな、少年じみた部分をいつまでも持ち続けた人だったらしいです。あまり長生きはできないタイプの人ですね。享年39歳。 そして、「時にひどく意地悪」な残念な方の目にあたってしまったのが、井伏さんのようでした。 ようやく井伏さんの「文学・閑話休題」です。 永井 牧野信一さんなどという人がいたしね、あなたの苛められた。 井伏 苛められた。ワアワア泣いた。どうして苛めるんだろう。 永井 あれは、あなたに対する愛情だと思う。 井伏 そうかな。 永井 愛情だと思う。お前の書くものは巧すぎるぞという嫉妬にしても。 井伏 安吾さんも苛められたね。 永井 しかしあの人は惚れたとなると、一度苛めかえすというようなところがあった。 (中略)井伏さんの書くものが好きで、ほんとうに井伏さんが好きで、それで苛めていた。 井伏 (牧野さんが)「おめえのこの間の小説読んだよ」と言う。「そうですか」というと、
「よかったよ」「ああどうも」と言ったら、「お前、せいぜい一生懸命であれっぽっちか」
永井 牧野信一はあんたが好きだった。それなのに、どうしてこの野郎、本音を吐かないか、と言って、それから苛めはじめてね、かなわんよ。先輩は。
そういうことだったんだと思う。
井伏 本音は吐かないよ、ないのだから。牧野さんは少し遠慮していたよ。安吾さんには。
しかし僕には遠慮しなかった。
井伏さんはマキノ氏にそうとう苛められた記憶がよみがえってきたらしく、安吾さんは勘弁されていたけれど、ぼくは、ひどく、苛められた。あれはひどかった。どうしてかしら?ねえ?とシンソコ不思議がっていて、たぶんそういう所が原因なんじゃないかなー?と他人事ながらおもったりして、とても面白い対談でした。「お前、せいぜい一生懸命であれっぽっちか」←これは、ひどい(;;) 好きな人を苛める、という感覚は、わかる人にはわかるけれど、わからない人にはわからないんじゃないかなー?のれんに腕押しって奴ですね^^; 井伏さんに関しては、「本音は吐かないよ、ないのだから。」のひとことがすべてを表しているような気がします。 そうそう、深沢七郎との対談で、ちらっと太宰の自殺について話題があがったのですが。 (井伏さんは太宰のお師匠筋です) 「あの人、なぜ死んだんだろう、わけがわからない。」って。 井伏節です。いいなあ。こういうのは、たまりません。 井伏さんお口ぶりだと、安吾もマキノ氏にはずいぶん苛められたようなのですが、そういう感じがしないのは何故でしょうね? 坂口安吾という人は、あまり知られていないのですが、稀代の「自殺後始末屋」だったそうです。 「考えてみると、実に根気よく自殺を企て、根気よく失敗したものだと思う」(「長島の死」) 彼には自殺の予告を受けるのも安吾なら失敗の後始末をするのも安吾、という長島萃(ながしま・あつむ)という名の非常にやっかいな親友がいました。 この人もマキノ氏同様カラむタイプだったようなので、もしかして安吾はこういうタイプが好きだったのか知らん? 対処法としては「ほったらかしておく」というのが基本のスタンスだったようですが。(←オイ) とにかくこういう人と付き合うのが苦にならなかったのは確かなようです。 安吾の文章を読むと、長島にせよ、マキノ氏にせよ、なにかいたいたしい感じがするものを、労わっているような、そっぽを向きながら庇っているような、そんな印象を受けます。欲目かな? 結局、オチが安吾になってしまいましたが、マキノ氏のこと、井伏さんのこと、とても興味深く読めた対談集でした。井伏さんもキチンと読みたいなー。 ☆☆☆ 『井伏鱒二 対談集』(新潮文庫・税抜560円)
『出ふるさと記』 池内紀 (中公文庫・税抜648円) 「牧野さんの祭典によせて」「長島の死」『坂口安吾全集14』より(ちくま文庫・税抜1200円) |
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「自殺は牧野さんの祭典だったのかも知れない」 坂口安吾「牧野さんの祭典によせて」 しつこく坂口安吾。 昭和のはじめに牧野信一という人がおりました。 坂口安吾のお師匠さんです。安吾が「風博士」という作品を同人雑誌に発表するやいなや、猛烈な熱心さでそれを激賞して、新進作家として世に送り出した方です。 ギリシャ神話のようなきらきらと幻想的な小説群を書かれた人なのだそうです。 (すみません、読んだことがないもので^^;) 昭和11年に39歳の若さで縊死を遂げました。 安吾は後年文学上の見解を異にして往来を疎にしたと言っていますが、生涯を通して「牧野さん」の詩魂を愛しいたわっていたようです。進む道は違ってもその友情は途絶えることはなかったのだろうと想像します。 「牧野さんの死」と「牧野さんの祭典によせて」は牧野さんの縊死のあと、昭和11年の5月に発表された追悼文です。いや、追悼文と呼んではいけないのかな? いけないんだろうな。うん。 大好きな文章で、折に触れては読み返します。 こんな感じ。 「牧野さんは人生を夢に変えた作家である。 彼の最大の夢は文学であり、我々にとって人生と呼ばれるものが彼にとっては文学の従者となり、そのための特殊の設計を受けなければならなくなる。彼自身はいっぱし人生を生きてきた気で、実は彼の文学を生き、特殊の設計を受けた人生をしかも自らは気附かずして生きていた。」 安吾は牧野さんの人柄を愛しつつも、人生に対するスタンスには賛同しかねる部分あったようです。その点はかなりズバッと言い切ってしまっています。 「彼の自殺すら、自らは気附かざる「自己の文学」に「復帰」した使徒の行為であったのだろう。 彼の文学が設計した人生によれば、彼は貧困でなければならず、けれども明るくなければならない。」 牧野さんは、貧困でなければ「いけない」ために、お米を買うお金を、陸上用の棒槍に替えてしまったり、のんべえでなくては「いけない」ために、弱いお酒でべろべろに酔っぱらって友人に絡んだり、人一倍シャイで誠実なくせに、女に仇な気持ちを持たなくては「ならぬ」と考えて、想像上の姦通をしたうえで奥さんにそれを吹聴したりと、自らの人生を<物語>に<詩>に設計してしまう、という実生活レベルでは困った性分の方のようです。 彼の家族(特に奥さん)や、同世代の友人はそれにほとほと困り果てて、彼を愛しつつも次第に彼から遠ざかっていってしまったようです。 がんらい人なつこく友達を持たねば生きてゆかれぬ程の寂しがり屋の牧野さんの事を、安吾はこう書いています。 「設計しすぎた人生のために同時代の友人を失い、多感な青年ばかりが彼の親友になった。」 そうして、 「同時代の友情に飢えていたのだ。」 とも言っています。(安吾の目の冷たさは好きな人に対しては特に冴えるようです) 「あれはほんとの蒼ざめた悲しさの分る人だよ」 それが牧野さんの口癖で、友人を選ぶ基準でもありました。いたましい基準です。 牧野さんは少年のように純な夢を持ち続け、青年期にそれを文学という形で開花させ、成熟を知らず(そういう性質でもなく)、夢から覚めず、ついには夢のなかに溶けこんでしまいました。 「彼の夢が彼の人生を殺したのだ。」 「誰の責任でもなかったのだ。牧野さん自身すら。「夢が人生を殺した」のだ。それがほんとの真相なのだ。」 と安吾はいいます。どういう事なのかな?と知りたく思いました。 「よしんば死を早めた多少の事件があるにしても、彼の如き純粋な死に限ってそれは全く問題にならぬ。彼の死は暗い事件ですらない。彼の文学と死の必然的なそして純粋な関係を見るなら、自殺は牧野さんの祭典だったのかも知れない。」 祭典?死ぬことが? 「なぜって彼の死ほど物欲しそうでない死はないのだ。死ぬことは彼にはどうでもよかったのだ。すべてはただ生きることに尽くされていた。彼の「生」は「死」の暗さがいささかも隠されていない明るさによって、却って余りにも強く死の裏打ちを受けていた。生きることはただ生きることであるために、却って死にみいられていたのだ。だから彼の死は自然で、劇的でなく、芝居気がなく、物欲しそうでないのだ。純粋な魂があくまでも生きつづけ、死をも尚生きつづけたのではないか!生きたいための自殺は世の多くの自殺がそうであるが、牧野さんは自殺をも生きつづけたと言うべきである。彼はついに死をもなお夢とともに生きつづけたのだ。明るい自殺よ!」 ならば安吾もそうなのかしら?そういう道を選ぶのかしら? これって詭弁じゃないの?なんて思いもチラッと頭を掠めます。ゴメンナサイ。 「私は彼の純粋さには徹頭徹尾完敗だ。とても私は死ねないのだ。」 やっぱり。 死をも生きるという牧野さんが生み出した夢見ごこちの忍術。 牧野さんの純化し結晶化された「詩」としての人生を愛しこそすれ、自らがそれを行なうことを良しとしなかった、ということは坂口安吾の自伝的エッセイでも随所で語られています。 「僕は次第に詩の世界にはついて行けなくなってきた。僕の生活も文学も散文ばかりになってしまった。」
(「青春論」)
すこしほっとする。「牧野さんの人生は彼の夢で、彼は文学にそして夢に生きていた。夢が人生を殺したのである。殺した方が牧野さんで、殺された人生の方には却って牧野さんがなかった。牧野さんの自殺は牧野さんの文学の祭典だ。私はそう考えていいと思っている。」 「彼ほど実人生を文学によって設計し、直しつくり変えてしまう人はなかった。」 彼は詩人であった。詩を紙に書いてそれを売るという意味ではない。断じて違う。詩など書かなくてもよいのだ。彼は詩を生きる。いや、もはや彼は「詩人」という生物であり、彼の生そのものが「詩」であった。 そんな風な意味のことを安吾は繰り返し語ります。同じことを何度も何度もいいます。 「牧野さんの死」と「牧野さんの祭典によせて」という一連のリフレインは、壊れたレコードのように、牧野さんと牧野さんの夢についてこちらに語りかけます。 坂口安吾という一人の作家から、牧野信一という一人の詩人への告別とでもいえばいいのでしょうか? それは祝辞の形を取ります。なぜならば詩人の死は祭典であり、祝祭の日に陳べられる言葉は<祝辞>以外にありえないからです。 合図の空砲が鳴る。明るくよく晴れた日だ。花と紙ふぶきが舞う。鼓笛の音。楽隊のパレード。奏でられる行進曲(マーチ)。おそらくそこでは酒が振舞われるだろう。口笛が吹かれる。男たちは髪を撫で付けめかし込んでいるだろう。女たちは笑いさざめき、たっぷりのペチコートを翻して踊るだろう。喪裾の出る幕はない。 その死はみじめではない。その死は敗北ではありえない。僕はその死を悼まない。 そういうふうにしか生きていかれぬ人を<詩人>と呼ぶのならば、そして彼の人生の最後に成した事業を<祭典>とするのならば、これは<追悼>ではなく<祝辞>なのだ。 どうしても<祝辞>でなくてはならないのだ。 だから安吾は、こう締めくくる。愛すべき詩人の死を祝辞のリフレインで埋め尽くす。 「明るい自殺よ。彼の自殺は祭典であった。いざ友よ、ただ飲まんかな。唄わんかな。 愛する詩人の祭典のために。」 ☆☆☆ 「牧野さんの死」「牧野さんの祭典によせて」 『坂口安吾全集 14』所収(ちくま文庫 税抜1200円) ※ね、念の為…この記事は自殺を助長する目的で書いたわけではありませんので、その点何卒ご了承くださいまし〜^^;
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忘れないうちにメモメモ。 『夜長姫と耳男・他十篇』坂口安吾 仕事の都合で神保町にでて偶然みつけた1冊。角川旧版(絶版) 角川の収録作の玉石混合っぷりはいいなぁ^^本書はなんとなく石率が高い感じでナイスです。 「犯人」というサスペンス風の小説が、現代にも通じるところがあって肌寒い思いをした。 <ある山村で起きた殺人事件。女行者のサヨが全裸で殺された。人見医師は検死と留守番を頼まれるが…。> 警部と犯人の少年の問答は読んでいてつらかったなぁ。 サヨと少年のやりとりは夜長姫と耳男の問答をほうふつとさせました。 かなしく美しい。 世の中には法律や道徳ではどうしてもフォローできない部分があって、たぶんそれを埋めるために物語というものが存在するんじゃないかな、なんて事を思った。 少年がやったことは確かに犯罪で、犬にも劣る行為ですが、あの時あの場であの人(サヨ)に対しては、やはり正しくやさしい行為だったのではないのかな。 だから彼は喜んで「畜生」になった。花井のいうところの「人間」の無反省な狂気の方がずっと恐ろしいです。でもこんな事をいったら怒られるのかな? 「最もいまわしい汚れた女が殺されたために、大金を費し、良民に迷惑をかけて犯人を探すことがすでに奇怪である。肉体で支払いをした女も、その支払を受けた男も、畜生であって、人間ではない」 花井的な発言は現代でも頻繁に耳にする機会がある。 いわるゆ「まっとう」な人の「まっとう」な意見として。 以下、警部と少年の問答。 警部 「お前はサヨを殺したことを後悔しているか」 少年 「サヨは喜んで死んだ。最後にサヨの喜ぶことがしてやれたからオレはうれしい。 だからオレはもう死にたいと思う」 ・・・・・・ 花井に対する安吾の筆は断固として厳しい。 「彼は人を殺しまた人を裁くことだけ知っていたが、自分を裁くことは知らなかった。それが彼の云う人間であった。」 サヨも少年も花井の価値観の中では「畜生」だが、彼の価値観の中で生きる必要はまったく無い。 「畜生は自分を裁いて死んだ。」 そんな事を思った。
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