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「あの孤独はなんだったのだろう?」
恩田陸 『三月は深き紅の淵を』
《たった一人にたった一晩だけ貸すことが許された本をめぐる珠玉のミステリー》
この世のどこかに存在する本。存在しないかもしれない本。
四章からなる物語。
赤い背表紙。黒い刻み文字。
地味な、目立たない、作者名のない本。
不思議な本のお話。
タイトルは、
『三月は深き紅の淵を』
なのです。
「しろねこ日記」のしろねこさまの記事を読んで、とても読みたくて、とうとう買ってしまいました☆
うふふ。おもしろかったです^0^
めまいのするような、小説でした。
こんな感じ。
(すみません、あらすじに触れてしまっているため、未読の方はご注意ください!!)
第1章 《聡明な若者と狡猾な老人達の物語》
早春。曇り空。落ち着かない天気。東京。
ぽつり、と雨粒。青年は軽く舌打ちをする。
だらだら坂を駆け上がる青年。
都内に突如出現したうっそうとした森。広大な敷地。
唸るほど金を持った好事家の別荘への招待状。
招かれたのは、ウィリー・ワンカ氏のチョコレートのような屋敷。
扉を開ければ、本・本・本。本の洪水。活字の奔流。
敷地内に4つある別荘は、そのまま巨大な本棚だ。
老人達のニヤニヤ笑い。
彼らは幻の本の捜索隊だ。
この屋敷の中に隠されている、幻の本を探し出して欲しい。
タイトルは、『三月は深き紅の淵を』。
青年への依頼。
老人たちは、よく喋り、よく食う。
菜の花のサラダ。チーズ。キビナゴの柳川風。セロリと蒸し鶏。よもぎ餅の揚げ出し。
冷酒。ビール。ワイン。ブランデー。コーヒー。至福の時。
辛辣な文明批評。じっさい彼らの舌はよく回る。美酒を味わったその舌先で、「みっともないったらありゃしない」と毒舌を吐く。
青年は、最初は目を剥いて彼らを観察するが、一筋縄ではいかない彼らの語る『三月は深き紅の淵を』の、断片的な物語に次第に引き込まれてゆく。
そんな青年を、老人たちは、いとおしげに、あるいはちょっと残酷な悦楽の表情を浮かべて眺める。賢い青年だ。彼の魂に、たくさんのものを刻み付けたい。新しい物語の糸口を。
きらきらと光るモザイクのような物語を。永遠に続く物語を。
「いつまでも終わってほしくない。そうは思わないかね?」
第2章 《夜行列車とふたりの女》
夏。梅雨。
「江藤さん、あたしと出雲にいきませんか」
朱音(あかね)と隆子(たかこ)。
ふたりの編集者のお話。
苗字で呼び合う仲。年も離れている。仕事上の付き合いで、ウマは合うがベタベタした付き合いはしない。処世術も身につけ、他人との距離を勘違いしないくらいに大人びた二人。
ブスッとした女が一人でやっているバー。たまたま、ふたりで飲んでいたのだ。
隆子の誘いに朱音が乗った。
『三月は深き紅の淵を』
出版に携るものであれば、知らぬものない稀稀本。
幻の本の作者を突き止めるため、出雲へ向う彼女たち。
東京駅からの旅立ち。
出雲へ向けて、走る寝台列車。
夜は長い。
記憶の底にある『三月は深き紅の淵を』を紐解き、作者の正体を推理する女たち。
缶ビール。ウィスキー。焼酎。今晩は飲むわよ、朱音の宣言。
スナック菓子の油の匂い。
推理。疲れた顔。煙草。マッチを擦る手。鏡の中の本当の自分。
「利き腕」
夜行列車は夜を走る。
狭い部屋。
ふたりの女。
暗い、暗い疾走。振動。ちっぽけな駅。にじむ灯り。警笛。ふぁん、と鳴る踏み切り。何もかも置き去りにしてゆく。転轍機が軋る。
神々の土地に向けての疾走。
隆子 「江藤さんも絶対にあの本好きだとおもったんですけど」
朱音 「好きではないね。あたし、あの本の作者、自分と似てるところがあるからいやなの」
隆子 「作者はどんな人でしょう?」
朱音の推理。
「優等生タイプ。周りにはおとなしくて真面目な人だと思われてる。でも、本当は感情派。
ちょっと不安定なくらい自意識過剰で、どんなふうに見られているかいつも気にしている。
本当は注目してもらいたがってる。あまり友人と遊ぶようなことをしない。
そもそも他人に自分をさらけだすことに恐怖を覚えてるから、長時間友人といるのが苦痛である。
たぶん、家と学校との往復。狭い世界。執筆当時はかなり若かった」
いまいましげに吐き捨てる。
二人がたどり着いた出雲。廃屋。そこで二人が目にしたものは…。
第3章 《ふたりの美しい少女の物語》
盆地の冬。吐く息は白い。サーモンピンクのマフラー。手向けの花をもって少女は走る。
地方都市。「城址公園」、高台にある公園。
城砦から転落死した、とても美しいふたりの少女。
美佐緒(みさお)と祥子(しょうこ)。
ふたりの「死」の秘密。
錆び付いた手すりの秘密。
仕組まれた殺人?あるいは自殺?
死んだ少女の残した「日記」。
謎を追う、家庭教師。
道連れと巻き添え。
他人の人生に這入り込み、掻き回し、破壊し、道連れにする残酷な暗い喜び。
(でも、始まりは「愛」だった筈だ。)
凶報。激しく憎む目。
―――あんたさえいなければ。あんたさえあたしの前に現れなければ。―――
暗い満足。同行二人。
ふわふわした栗色の髪。茶色の目。白い肌。
『幸せな女の子』でいることに人生の全てをかけた。
輪転機のようなエネルギー。歯車が飛べば、それでお終い。
そんな少女。祥子。
どこまでもからっぽの少女。
漆黒の髪。端正な横顔。美しく理知的で、残酷な少女。
愛していたから、巻き添えにした。心のどこかで道連れが欲しかった。
私を殺してくれる子。もしかしたら、一緒に死んでくれるかもしれない、かわいい子。
見つけてしまった。あと戻りはできない。するつもりもない。
そんな少女。美佐緒。
美佐緒の残した日記。真実が、書かれているとは限らない。かぎりなく、作為を感じる。だが、真相を知るふたりの少女はすでにこの世に居ない。
ふたりは、周囲を欺いていた。友人を。両親を。教師を。とてもうまく。とても狡猾に。
祥子は本当にからっぽだった?美佐緒は本当に残酷だった?
真実なんて、本当はどこにあるかわからない。わかるのは、少女が二人死んだ、ということだけ。
美佐緒の家庭教師であった大学生の奈央子(なおこ)は、美佐緒の日記を書き継ぎ、小説にすることを決意する。
タイトルは、『三月は深き紅の淵を』
第4章 《「私」と「彼」が出会う物語〜回転木馬〜》
夏の絶頂。山陰へ向う「私」。ひとりだ。
蒸し暑い。目指すは出雲だ。
「私」は、ある四部作の小説を書こうとしている。
タイトルは、『三月は深き紅の淵を』だ。
物語の第2章を、「私」はこれから書こうとしている。
第2章は、二人の女が寝台列車で出雲へ旅する話だ。
(「私」は回転木馬のことを考えている)
物語は、「書き出し」が肝心だ。それを、考えている。「私」は、「回転木馬」を使いたいのだ。
寝台列車。眠らずに翻訳もののミステリを読む。夜を越えた。今度はひとりだ。到着。地方都市。バスターミナル。周遊バス。市街地。
「さまざまな予感に満ちた風景の中を、浮かんでは消えるイメージに身を任せて存分に歩き回れる幸福。」
「私」はひとりきりで、町をぶらつき、幸福に身を任せる。
途中、「彼」の記念館に立ち寄った。
白い洋館。古い建物。色の剥げたバルコニー。軋む階段。「彼」の写真。「彼」の義眼。
旅行作家であった「彼」。
「私」は「彼」を、いま書きつつある小説に、たびたび登場させようと目論んでいる。
自分の物語の中で、「彼」との密かな逢瀬を楽しむためだ。
洋館を辞し、ふたたび外に出る。
日差しを避ける。帽子を被る。もう汗ばんでいる。額に髪が張り付いてうっとおしい。
ただ、ひたすら歩く。
「どこかに本当の姿があるはずだ。見知らぬ声、見知らぬ顔、見知らぬ物語が。」
「世界の尻尾」、「世界の切れ端」
そんなものを探しに、「私」は、真昼の地方都市をうろつく。
水のある町。水路に黄色い花が咲いている。石畳に座る。流れは涼しげだ。花がほころびる。零れた花弁はそのまま流されてしまう。
神社を越える。国道を越える。住宅地に迷い込む。時間が鈍化する。
神々の時代のテンポ。車もない。人もいない。古い瓦と無音の世界。粘るような暑さ。
部外者に対して息を潜めた古い町並み。むこうに、灰色の水平線が見えてきた。
(「私」は回転木馬のことを考えている)
グルグルとまわる、メリー・ゴー・ラウンド。
「あの孤独はなんだったのだろう?」
「家族は慈愛に満ちた瞳で遠くから私を見守っている。おまえは一人なんだよ、と。
お前を愛しているけれど、お前は一人なんだよ、と。」
家族に手を振る私。それを見つめる家族。「孤独」というものを、そのとき初めて理解した。
(回転木馬は回り続ける。《おまえは一人なんだよ》そう、教えてくれる円軌道。
「私」は、メリー・ゴー・ラウンドが、嫌いだ。)
防波堤にたどり着く。光の量が多い。眩しくて、とても目を開けていられない。
水平線はまどろんでいる。
西に傾く陽。大鳥居。だらだら坂。駅舎。ステンドクラス。
光の洪水に晒された目。ようやく日陰だ。満足と疲労。待合室に入る。長椅子。
逆光。目がくらむ。一瞬の闇。
そこに「彼」がいた。
―――今、私はある四部作の小説を書き始めようとしている。―――
―――それは永遠の夢だ。本を閉じたあとも本の外に地平線が広がり、どこまでも風が吹き渡るような話。目を閉じれば、モザイクのようなきらきらした断片が残像のように脳裏に蘇る話。―――
さあ。
この書き出しは、どうだろう?
☆☆☆
『三月は深き紅の淵を』 恩田陸 著 (講談社文庫 税抜・667円)
不思議な読感の物語でした〜。
どの章が好きかなー、といわれれば、第1章と、第4章がお気に入り。
第4章は、モノローグだらけで、ちょっととっつきが悪いですが、見知らぬ土地を暑い中一日中歩いている様子とか、その疲労感や絶え間なく浮かぶイメージの断片がとても印象深かったので☆(私自身、旅行を良くするもので、読んでいて一緒に見知らぬ土地を歩いている錯覚に陥りました^^)
第1章は、「老人たち」と「若者」というシチュエーションが好みなので。
あっ、でも第2章の「ブスッとした女が一人でやっているバー」には行ってみたいかも…^^(お酒、飲めないけど)
それと、第3章の美佐緒って、ちょっと迷惑かも・・・^^;
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