|
「 合わす手の ただそれだけの 美しさ 」 虚空 子供の頃、壁に小さな額が懸っていた。 ミレーの 「晩鐘」 環境こそ大切と論じるつもりはない。 孟母三遷だって、教育ママでんな で 批判できる。 余計な事だ。 絵心はなかったはず。 調べた。 生めよ増やせよ 御国のために、加えて 過酷な仕事でも 農業こそが命だと国が煽った。 そして他国もこうなんだと、各学校に配布した。 それが、この絵の正体だった。 いいじゃないか、俺の中でこんな風に 住み着いた。 感謝の心を込める無防備な合わす手は、どんな国 においても、自己生存のため 攻撃的になり勝ちな人の心を安らげる。 やはり環境は大切、子供は自分では選べないもんだから ね。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2007年01月12日
全1ページ
[1]
|
夏の頃、ススキが原で 見掛けたこと ありませんか ? ススキの葉の先端部分を、三角おむすび風に折り結んだ造形物を。 カバキコマチグモの産室だ。 中には卵を守りつつ 不食で闘う母グモが居る。 子らが1回目の脱皮を済まし、ひもじさを訴えると 母は己が肉体を 提供する。 自然的に親の死体を食べる生き物はいるが、意図的に生きた躰を 子に与える生物は 世界でも皆無だと 言われている。 子供の頃 オムスビを開き、半死クモに噛まれ一日痛んだ ほろ苦い 記憶。 身が朽ちてきても、外敵と 闘って いたのだ。 日本で唯一、並の上くらいの毒性を持つクモ。 セアカゴケグモが 密入国するまでは。 合理的ではないか、ミミズを介して身を回帰させるよりも。 いじらしく、ひたむきに生きてる 我が 野友。 |
|
愛されている実感を感じて 俺の生きざまは 、不純な動機を源泉としている。 己をねじ伏せる事象を渇望して、色んな事に挑戦した。 俺から引き千切がれ 欠損した部分の心情を 回復させる 技を探す旅。 俺に欠落している部品を探し廻り 完成品にすべく 修復する旅。 物心つき、ただ我慢し 耐え 誤魔化し 人を愛する振りをし続けた。 父母の強烈な個性、 エゴのし列なる闘いの中で右往左往し続け、 良い子ちゃんを演じざるを得なかった子供 時代 。 そのトラウマが蝕んだ欠陥商品。 ただ 独りで 闘い 疲れて、 崩れ落ちそう だった。 虚しく 悔しいけれど 余力は無く、俺の 限界だった。 だが 、お前達みんなからの 本当のの愛に気付き、今になって やっと 青い鳥の尻尾が くっきりと見えた。 |
全1ページ
[1]




