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薪(まき)が燃え尽きる時の一瞬の輝き(残り火とも 書き置きとも言う)
で ありたい
自己の心の安泰のみに費やし 今まで生かして貰ったお礼に 他己へと
ー思いの散文的表現を 禅経験と川柳とユーモアと音楽と写真の力を借り−
救いのあるブログや句を目指して 書いて来たつもりだが むつかしい
何一つ 与え残す事が無くっても 何か心が癒されたら好いな〜^
で 心趣くままに 書いてみる
「人は、自分が接した事でしか、自分も人をも 理解する事は出来ない」
「人に 語る事で 自分の思いが 明確化される」
なる 自身への命令言(ごん)を 武器として
アルベニス作曲 John Williams演奏の ギター曲は
私が一番好きで 若き日挑戦して敗れた曲
音色の柔軟・強弱 テンポ フラメンコ手法 ハーモニクス
間合いと 揺らぎを 駆使した 超絶的演奏手法
「ギターは小さなオーケストラ」と 言われる由縁が 分かった
私は、カンパネラ(教会の小さな鐘)部分のみを我流で弾いてた
https://www.youtube.com/watch?v=4ferqCaipb0&list=PL4BEB07F8484F6836&index=3
今 その世界に 深く 入り(はいり)込み ながら
人はいさあれ、私には各国それぞれの庶民が 必死に生きてる情念を感じる
ベートーヴェン の 「合唱付」を 聞いた時の感動のような
気力が衰えた今は「禁じられた遊び」を 弾いては 心慰めるは
いたしないか ♪
アルベニス「入り江のざわめき」の 簡易編曲の楽譜までは
付いて行けたのに
少年期の 海での遊び経験に 相まって いたし
だけど、そこから 人は 多感で いいんだ と 学んだ
・ 生と死
若き日 師に訊ねて 返ってきた言葉は、
「死は 生の原点である」 だった
これから 生を満喫したいと思ってた青年には 酷な言葉だった
でも今は「死が至る事は決定事項、だから未決定の生を精一杯 頑張れ」
との 励まし だったと 捉えられるようになった
原点^ それは 自分の無垢なる 立ち点を持つ事でいい
日々 算盤を 御破算(ごはさん)して
また 次なる難敵に向かうが 人生か
生は、自己の努力・工夫で 如何にでも転ばせる 自由がある
眼前の その事だけに集中する事を力点とすれば ベクトルは
幸の方へ向かう
・ 夢と現実
現実を良くしようとするのが夢、夢が叶えられば それが現実
・ 漁師と釣師
琵琶湖から流れ出る唯一つの河 瀬田川 朝の原風景
朝の 魚らの 捕食タイム
コイ科の魚(海の魚でも)は 平坦な川底よりも 駆け上がり
と言う 斜面の底箇所が好き
猟師さんらは 投網を 携え やって来る
釣人さんらは 竿を並べて いる
斯くして 競合する事となる
そして、船 と 岸とで 口喧嘩が おっぱじまる
「こっちは 生活が 掛かってんだ〜!」
「こっちは 久しぶりの休みを 楽しんでんだ〜!」
魚 と 私 は さっさと 移動に 取り掛かる
笑いは 消えている けど
音曲に頼らぬ しゃべくりの漫才の祖「エンタツ・アチャコ」コンビ の
花菱アチャコ(はなびし あちゃこ)氏は 家では一切笑わなかったとか
私が 笑いを 取り戻した時から 本音が 書けそう ♪
(おまけ)
庭隅の溝で「私も見てよ〜」と 訴える
山里にて 女房が間引いて来て植えた 山蕗
旬なる 蕗の薹(フキノトウ)
食卓に乗るかは 我が家の食料省の管轄
句 詠むは 私(わたくし)省の管轄
「 蕗の董 春が来たよと 芽で笑う 」 虚空
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