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暑い春の日の遅い朝に 琵琶湖の辺(ほとり)を漫(そぞろ)に 歩きやれば
道路との境(さかい)に 垣根として整然と並べられ植えられていて
柔らかい色彩で和ませてくれる 躑躅(つつじ)の花らが 目に入る
日当たりのよい場所から順番に 咲き始めているようだ
紅(くれない)色 や 白色や 紅と白との曼荼羅 や と 色とりどり に
山里に出向けば 薄ピンク 深紅の山つつじ が あるけれど 此処にはない
春霞 か 黄砂 か はたまた 湯煙か 遠くの山々は 烟(けぶ)って いる
成層圏のオゾン層を突き抜けて来たような 強烈な紫外線が 我が身を射る
紀州の海で 麦藁帽子を被り 一夏(ひとなつ)四十日も 泳いで遊んでいた
夏を 懐かしむ
誰が入ろうと 誰も入って来なかろうが 自由なる 私の詩心のような世界
それは さておき 書き置きの 続きを 綴(つづ)る
・ 猿と人間
子供の頃 父に買って貰って 読んでだ 「動物の話」の本
南方の国での 猿を捕獲する簡易な方法が 書いてあった
蔓(かずら)の糸で 樹に結わえた 枯れ瓢箪の中の その奥の部屋には
芳(こうば)しい匂いのする 木の実の種を入れておいてあり 待つ
猿が 中の餌を採ろうと手を入れたならば しめた と 近寄り 驚かす
猿の餌を握った拳(こぶし)が 瓢箪の狭い箇所に引っ掛かり 捕らえられる
餌を諦めて 手の指を開けば 逃げられるのに〜 ♪
可愛い〜けれど 可愛そうな話だった
人間も また 何かやらを 後生大事に 握り込む傾向が あるのでは
思想・信条や 人種性や 金銭や 名誉や 社会的地位や
小っぽけな意地や なんやかんや かに
・ 一刀流と二刀流
今 私の大好きな 日ハムの大谷投手(選手?)
我が一の姫は キャリアウーマンを目指し 過酷な勤しいて
30才頃には 生理も止まってた
だが 心境の変化あってか 子が欲しくなり 排卵促進剤の投与から始める
高年出産での 異常児出産も危惧も 物ともせず
無事 お転婆が産まれ 生活は更に 多忙を極める事となる
「仕事と 家事・育児」との生活について 聞いて見た
答えたる内容は、「それぞれが それぞれの 息抜きに なってる」 だった
私も 孫の世話と 幼児の観察との 二刀流 で 少しは 役に立った
実情は http://blogs.yahoo.co.jp/angyamugen/9837278.html
http://blogs.yahoo.co.jp/angyamugen/10875148.html
にて 記した
宮本武蔵の二刀流 も 相手を惑わす為に考案しただけの 剣術じゃなく 兵法だ
佐々木小次郎との巌流島での決闘でも 小次郎の長尺刀(とう)への対応に
船の櫂を削り より長尺の木刀を創り 一刀にて 仕留めた(吉川英治著)
また その証拠に 現在剣道連盟では 許可されていて
左手に持つ小太刀を ボクシングのジャブのように使う選手も居るけれど
秀悦な剣士は 出て来ない
武蔵役の 映画俳優も 大変だ
切らずに 蠅(ハエ)を叩き落とすような 太刀捌きには 興醒めたけど ♪
大谷選手の 精進を 願う
・ 自己意識と自己の無への無意識
自己の真の心を 心の底から 眺め・見詰めて見たいと言う 切実な願望ありて
自分と言う 不可思議なる存在に興(きょう)を持った人間の 行き先
私は 谷川の水音と同化した時 疑問と回答とが 共倒れするように 共に消えた
唐時代の香厳(きょげん)禅師は、知が優先過ぎて悟を諦め 墓守として 生涯をと
寺の掃除をしていて 小石が 落ちてる竹に当たる その音で 開悟
無意識に 修行を為し続けて居たんだ〜 (無門関)
我が師は 観劇中に亡我 更に後に 頬白の鳴き声一声で 更に 自己を亡じ
その時入って来た 赤ん坊の初体験のような 体感
真の真を 真に身で感じた と 教えてくれた
白隠禅師は、悩んでいる時節 しょんべん してる時に
「嗚呼! 俺は 小便する為に 生きて来たんだ!」と 悟ったり
峠の茶屋で、「ウチには 旨くね〜モノなんかは 売ってね〜」と 罵声を喰らい
万物は真のものばかりなり と 悟ったり
また、若くして 悟ったとての慢心を携え参じた 正受和尚に
「無には手も足もつけられまえん」と 言い切った時、
鼻を掴んで捻り上げられ 庭に叩き出され まいって 師の礼を取ったり
また、今で言う ノイローゼになり 仙人を訪れて得た 「軟酥(なんそ)の法」
今で言う 気功術 自立神経コントロール法 自己催眠法を学び
自分で実践し 禅病を治癒し 著書「夜船閑話(やせんかんな)」で
万人に布教したり している
苦慮しながら 壮絶に自分を苛め切り生きるを事を趣味とする
下手な生き方 を 愛でる 大忙し人間の散々たる苦道に生きる人々の話でした〜
私の父も 生き方に悩んだらしく 我が子らに こんな苦をさせては可愛そうだと
させないように と 禅の書を 全て隠したらしいが
菜根譚(さいこんたん)なる「儒教・仏教・道教」の ミックス著書が
父の本棚に残っていて
我ら二人兄弟は 道は それぞれだけれど 其れなりに のめり込んで 行った
・ 幸せ感と不幸せ感
「 幸せは 他の人を経て やって来る」 虚空
子供が 喜ぶ姿を見ながら 喜ぶ ようなもの なのか
天に まします 太陽なのか
日本の 希望の 未来なのか
幸せ度を尺度とする 我が郷里にある紀州串本の友好国 ブータン大国 なのか
(冗句)
「 幸せ(四合わせ)は 親いて妻と子 孫がいて 」 虚空
ー 吾が包容力を鑑みての 最小単位だけれど ー
古い写真を観てたならば 吾が 我がままな行動が 証拠物として 残ってる
焼き物に いたく 興味深深の時の 私なるもの 好みの実態
紫式部ゆかりの石山寺で 毎月18日に開かれる門前市
牛玉(ごおう)さんで 得たモノ
信楽焼建水
長首壷
耳付壷
志野塗分け徳利
石爆ぜ(はぜ)徳利
鯉絵碗
壁掛花活け
蜘蛛変種花瓶 (表)(裏)(底)
造形才能皆無の私が挑戦した 蜘蛛をあしらった 恥ずかしい 我が作品
ちょろっと だけ 見せるけど 笑ってやって下さい ♪
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