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句に於ける 語句の落ち処 に ついて 考えて見た
毎年の今時(いまどき)、散歩道で 出会う 金木犀の 花の香り
季節を感じさせてくれる 時節の木々が放つ 香りだけれど
それが 私の心を 揺さぶる
たかが 句の事 で 一々 悩むなかれ と 人は言え!
でも これでも 一字や一語 で 自分と 闘って いるんだ
「木犀へ 虚空の香り 寄せにけり」
「金木犀 虚空のかをり 寄せにけり」
「金木犀 虚空の香り 降るばかり」
「金木犀 虚空の香り 降るような」
との 変撰にて、理屈から実感へと 心が動く
不満を残しながら も
内心で ほぼ 手を打つ
句 なんて 自己の成熟度に依って 動いて良いものだと思う
俳句世界では 語が動く句は 駄句だから捨てろ と 言うらしいが
芭蕉の 「古池や 蛙飛び込む 水の音」だって
「古池や」は、自分自身の推敲の上で 収めたんだ
もっとも 弟子らへの 指導時の席だった らしかった けど
因みに、近隣の ちょっと厳しい山道の散策コース 近江の岩間寺
には 真偽は 兎も角に して置いて
小池の辺(ほとり)に、此処で この句を 詠んだみたいな句碑もある
まるで 弁慶の生誕地が 多くの全国各地にある ような
序でに言っとく^ 私の郷里 紀州の 田辺にも ある
幼少の頃 登って遊んだ と 言われる 「弁慶の松」なんて
ころころ と 動くのが 自分の心の 本質なのだし 楽しみでもある
悩みつ 苦労する その課程こそ が 生きる醍醐味という が
こんな些細な事こそが 己の 生甲斐なのでは ♪
今日こそは、庭で咲き誇る 金木犀を 撮ってやる ぞ〜 ♪
もう直ぐに 朝散歩同伴の相棒との約束時間 だ
横暴なる女房が 私の健康維持とて、「散歩の時間よ!」 と
起きて 書いてる 私を 叩き起こしに来る〜(嗚呼^)!
私のブログなんて 一切 見てくんない のだ
だから、「女房の 横やり加入に 困り果て」てる なのだ
おうじょう して まんねん ^
だれかさん へ 身元引受人に なってよ ♪
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