川柳と蜘蛛とお酒とおらが禅

美しく 使っていますか ひとつの いのち

川柳

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  物事に 愛と思いやり を 持って接してさえいれば

  句なんて 天空より極く自然に 私に向って降って来るものなんだ
  

   例えば さ

 
  「 老夫婦 それでも いいし そばに居て 」 虚空

  
     みたい ですねん ♪ 

 
  その昔 その時代の巨人軍を支えていた江川投手の最期の登板の

  英姿を見てた

  
  打たれマウンドで膝をつく

  それは 自らに引退の決意を迫る行為だった 

  散る花の真際 の ような 奇麗な 男らしい 雄姿を見ていた  
  
 
  即、「速球の 意地 ふっと切れ 江川散る」 と 句が出た
 

  好意を感じる その本人の気持ちさえをも 無視し 美化しつつ 

  
  自分も持つ 外向辞令的な処世法を棄て 己の心を膨らまし 展開して

  詠んで見るのも 是また 川柳なの かも

    
  江川投手は 慨に巧投にて選手生活を維持していた のに〜 ♪

  
 
  また、他紙の 自由句募集欄 にて 腕を磨いていた

  残心 を 詠んで

 
 「人生を 済ませたように 筆洗う」

 
 と 創って、評価されたり も してた


 
  技術論文 ばっかりに 接してきた来た半生の反省

  その 反動行為 かも しれないけれど

  
   今では 知識や論理を重んじる 散文を棄て、自分の感性のみで

   17文字にて 自分の思いを語りたいな〜^ 楽ちんだしな〜 ♪
 
    
     (つづく)

   

イメージ 1

   
 我が川柳道の流れ と それに伴う 自己の人間的成長について 

 再考して見た
 

 きっかけは 中年の頃、次女が 学校のモアレ検査にて 思春期側弯症

 と判定された
 
 私も娘も女房も必死に闘っていた


 休日出勤の女房、私は娘を連れて整形外科、カイロプラクティック、

  仙腸関節の矯正 と、休日をさいて 大阪までにも通った

 
 (娘は その後 医者支給の矯正用コルセットも 眠れないとて拒否、

  でも 水泳して背に筋肉の鎧をつける道を選び、自らで 解決していった

  些か いかり肩にはなったが 中身は 女らしくは 育った)

 
  特に自由を好む私であっても、これでも 父親だもの、悩んでいた

  
 でも だから、これでは 私自身が 精神的に参ってしまう と 感じて 

 笑いが欲しくって 始めたのが 川柳の道 


 動機が こんなんだもの 駄洒落句 ばっかり の スタートだった

 
 で、始まった 我流の川柳道 は 真っこと 惨め(みじめ)だった
 
 
 試しに 詠んで見た 最初の句 なんか で 悦に入って いた  
 
 それは、奈良に於ける発掘ブームの頃に詠んだ 


 「あをによし 奈良の都は 掘るによし」 だった  嗚呼!


 その後は これでは いかん と 反省し、 江戸川柳などを学ぶべく 

 県立・市立図書館の 川柳関係の書籍を 全て読破していった


 「寝て居ても 団扇が動く 母心」

 「俺に似ろ 俺に似るなの 父心」

  等 が、私の心の芯に 棲みついた(多少の脚色も あり^)


  更に 近代句に 心が至り得て 
 
 川柳六大家の一人 麻生 路郎(あそう じろう)氏の

 「パチンコ屋 オヤ貴方にも 影が無い」

 には 真底 参った

 
 学生の頃 自分の目的を見失って、パチンコ狂いしてた事もあるし  
 
 こんな句を 詠めたらな〜 と 思った

(思えば 現在の 動画に頼る 意味無き自己主張ブーム到来の影の姿を

 遠くに見つ か)  


  更には 学ぶだけでは いかん と 新聞投稿で自分を試す行為に出た

 深夜に創り 朝には投函する日々だった

 
 押しかけた師は 読売文芸欄の川柳選者で 現役の友禅職人でもあった 

 芝田子寛氏だった

 
 暫し後、師が 滋賀県の文化賞を頂いた時

 「芝を田を 授かり子らの 道は寛やか」 と 名前織り込み川柳を詠んで

 ハガキで祝意を送った


  思い掛けず 返書が 来た

 「いい日和 孫が指さす 方に行く」

 との 人情句を 添えて


 些か奥手の私でも 後に 孫をおんぶしていて わかった 句だ



 他流試合もした


 男の心情を詠めとの課題


 「 布団干す 単身赴任に 陽がそそぐ 」 虚空 

 と 詠んだ


 都心である東京で共に悲哀を味わっていた 単身赴任の同寮仲間 への 

 応援句だし 実写である

 
 そして 入選して、日々に お世話になってる アサヒビール社長の  

 古い賞状もある(添付したいけど 行方不明^ 急遽捜索中^)

 
 (追記) あった! 押入れ内のダンボールの中に(女房の仕業)

  賞状は 通常 壁に飾って置くものなのに 何すんだ! もう!

 
 (やっと 添付できると思ったら、今度は カメラが むずかって 

  いやがる! 後に 添付したい^)


 
  病んでの入院時に於いてさえ 句を欲していた 病(やまい)の如く
 
 
 「病室 に 秋刀魚 訪れ 医者も秋」
 
 
  多忙なる勤務の最中 昼飯時に病室を見回る 若い医師に感謝しながら
 
  詠んでいた


      (つづく)

    

自分

 

 「 私ってね 幸せなのかと 人に聞く 」 虚空


 自分の固有価値を無視しつつ生きては あかんでよ〜 ♪

女房なり

   

 「 女房が 居らんで この世の 自由かな 」 虚空 


 
   返句があり 

   
 「 そうだけど 私が居ないで あんた 生きられんのよ」 女房
  


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