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今にして 自分がやって来た事を 自分にて やっと 査定している
武道: 相撲・柔道・剣道・弓道をばかり を してた
山間の僻地の小学校にも土俵が有があった時代だったし
そして 格技の楽しみを知りつつ 成長して 育ったし
水泳: 紀州で雪降る大晦日 除夜の鐘を聞きながら沖で泳いでた事も
死を賭けた冒険だか、若き日の心の傷みを癒す為だった かは
もう 忘れたけれど、夜行虫が友達だったのは 覚えている
台風到来で休校日にも 挑戦心にて海で泳いでいた
高波に呑み込まれ海底に舞い込まれて、一瞬は死を覚悟した事も
若気の罪故で、仲間の学生らの鍛錬とての浜名湖でも縦断してた
更に 二十歳最後の頃、失恋故の 心の痛みを 癒すべく
琵琶湖でも、大津湖岸から 対岸の守山市湖岸まで遠泳してた
競技: 小学生から大学生を終えても 闘っていた走高跳
青春の 浜松の中田島砂丘 でも してた
身長超え25cmの 1m90cm が 限界 だった けど
卓球: 大学の頃 親友と有料の卓球場に通って、勝つ気 満々だった
女房前の女房と 田舎の元学校の講堂でも試合したが
後ろに下がっては、打てども 打てども 球を拾って来る
その戦法に 勝つ気なんか 失せてしまった けど〜 ♪
修業: 更なる 最終テーマ の 禅の道に 進んだ
それに加えて 若き日には キリスト教会に出向き
牧師さんと 大喧嘩までしていた
議論のお題 は、「神は、人間の発見か発明か?」だった
けれど、後には 仲良しに して貰った
そんなテーマなんかは、未だに 自分として 結論は
できていないけれど
悩み解決:
心病んでは、色んな道場・施設・病院 にも 出向いた
自得の自彊術・東京の短期見性法・奈良の内心療法
加えて、東京に於けるカウンセラー・地元での断酒病院
・心理療法 etc.etc.
芸事: ギター・ハーモニカ・陶芸・写真術を得る為を兼ねた里山歩き
それに 映画・音楽・パチンコ・図書館、日本旅、外国旅
それに、 川柳・童話・ショートショート とか
絵心 や 漫画心 だけは 無念にも皆無ですけど〜♪
科学者としての専門分野では一応 色彩工学なんですけどね^
試作: 自分で組み見立ててた音響アンプ等(真空管時代だったけど)
自然: 里山に分け入っての 蜘蛛や昆虫や鳥らの 観察、採集、飼育
日本淡水魚なんて、一時は 45種類も 同時に飼育してた
が、浄水器のバイブレター音が喧しく、
女房の 「 眠れない〜!」との 険のある クレームが有って
已むも得ず 泣き泣きつつ も 自粛して 辞めた〜 ♪
加えて 渓流・河川・湖・ダム・野池、磯や浜や堤防での釣り
も してた
嗜好: 女房と娘と孫、それに 健康を保つ故の女房に禁止されてる
隠れ酒 (守れた 試しは ない けんど ♪)
感謝: 四人の親や、唯一の兄 は みんな それぞれ 旅立った
それにも優先してる思い出^ 実の父や母や兄への愛の念や
感謝心が 蜃気楼のように 残像としては 鮮明に残っている
最後の趣味: これからは 人間同士 や 自然との共存心
それが 実現でき得る世であれとの 願い心があるだけ
「己が生きる事こそ が 禅なんだ!」
あれ〜!
私は、研究・開発・技術の人生の道での 航路だったのに
其れを 生業(なりわい)にして 生活費を ゲットし
何とか 三人もの娘らを みんな大学にやり つつ
家庭を支えて来られた筈なのに〜 ♪
そんな恩義なんか 感謝心 なんか さっぱり 足跡さえ無く
消えているみたいだ〜 !
是で お終いにしますが、甘過ぎる自己判定の査定の結果だけれども
人が生きる権利の自由の範囲内だし、
人に悪さをした事 や 人に不愉快な思いを与えた事もない だろうし
私の為に神が寄越せて呉れた女房の、心内や心外からの支えの事は
さておいて です ^
時としては 私に喧嘩を ふっかけて 来やがる けど
まあいいか〜 との 思いで〜す ♪
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