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ー ひな祭りの日に ー 私の父、あなた達の祖父は 素晴らしい男 だった。 母を恋いつつも、父をより慕う この想いを語っておきたい。 それは、父や母や、男や女の 違いなんかではない。 「思いやり」有無が 俺の判断基準かも知れない。 母には盲目的な愛情をもらった。 青春の狂気に悩み 泣き崩れる息子を抱き、耳を噛みつつ 静めてくれた。 しかし感謝はするが 俺を高める何かを感じさせるものはなかった。 父は寡黙でも要点をのみを、その行動のみで 示し与えてくれた。 良き教育者と称されていた折、信頼していた職員の経理不正発覚 の責を一人で被り、一人で負った。 父の 出世街道の芽は 枯れた。 それだのに、その部下の再就職に 大阪まで出向き奔走 献身、身を呈してやりとげた。 馬鹿丸出しだ〜 ♪ |
父と母
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父は何も説明することなく
「浜までは 海女も簑着る 時雨かな」
の句が好きだと。
後に、俳人 瓢水の 句であると 知ったが。
俺は永らく、浮世絵 広重 「庄野」の鮮烈な描写と動きの世界のことだと 誤解していた。 しかし今は、「どうせ!」はやめろ。 けじめを大切にしろと言いたかったんだと思う。 海に入れば過酷な労働だからこそ、今は身を いたわれと。 詩人肌で教育者だった父には、経験から得た感想を、子に語って欲し かった。 俺は長じて、 「所詮、人生なんて 知能と金と運だけだ」と言い切る若き論客らに、 賞用語 「それは、どうせ また腹が空くんだから 食わんでもいい論だろ」 と、やけくそな論理で立ち向かっていた。 |
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父の部屋に小さな色紙が ぼつんと。 「 よく見れば なずな花咲く 垣根かな 」 不思議だった。 句聖芭蕉が何でこんな平凡な句をと、子供心を悩ませた。 この疑問を抱え青春を迎え、分かりたくて禅に走ったのかも知れ ない。 問題点は分かった !
でも、解決点は未だ見つかっていない。
ただ 人は何も純粋には 見ていない。 エゴというサングラスを通し、かつ 己の心を瞬間的に、かつ無意識 にアレンジしつ見るから。 科学、宗教、芸術ではなく、動物生態学に興を持ち、小鳥や淡水魚やクモ らを観察して 疑問を解決しようとした。 そのことを 娘が教室でおしゃべりして、 「ファーブル みたいな お父さんやね」と、先生に 言われたとか。 食卓に、イケメン いや 美形の蜘蛛(美女鬼蜘蛛)らも 登場していた。 |
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「 見舞ふれば 母はゆとりの 菊一輪」 虚空 今 近くで棲息している人に加え 母もまた強く逞しく 意地悪で やかましく わがままで 優しい人だった。 病床でも 凛としていた。 見舞った時 ベッドの枕元に飾った一輪の菊が 母に見えた。 どれだけ いじめ いじめられ 騙し 騙されたことか。 どれだけ愛し 愛され 憎み 憎まれた ことか。 「 お袋の 天下無双の 魔法瓶 」 虚空 母のことを書き終えた時が 私の潮時だと思っている。 |




