川柳と蜘蛛とお酒とおらが禅

美しく 使っていますか ひとつの いのち

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苦行

 
  「 如来がおいで 菩薩が行こうと 誘い来る 」  虚空
  

 ない物ねだりの 苦しき日常
  
  楽して 幸せになれるとする 錯覚にとらわれて 
 
  苦行は 何故する?  楽だから。
 
 心の苦を肉体で代償する行為に過ぎない。
 

 
  むかし、若き論客らに、先生は 橋の真ん中を歩けるのに、

 何うして欄干を歩こうとするのか ?   


 と聞かれた。

 
 釈迦は 王宮を捨て食も断ち、ひたすら肉体をいじめた。

 矢尽きて、もう駄目だ、死のうとし戒律を破り 村娘にミルクを貰い、

 菩提樹の下で五日間座禅して得た。


  盤珪禅師は 苦行の末、壁に吐き付けた血痰が転げ落ちるのを見てわかっ

 た。


  我が師は、自己に参じ、観劇の最中に自己を忘じ 得た。


  世は、先人の経験、データを利用せよとの風潮。
 
 だが 人生は上手に楽に生き過ごして、それでいいというものではない。

  とは思う。 



   何を甘えたことを言う

  娑婆で生きることは もっと もっと苦しい 

  みんな 頑張って やっているではないか 


   入る道は 沢山ある  至るところは 同じな はずだ

  街の雑踏に出て 人とともに 何か ためになることをする


   だのに わたしは ほとんど できていない

   

人の命の行方

  
  前首相の靖国参拝、公人でも感性豊か、自分の祖先の墓参りする

 に干渉されたくないとの意固地も見えたが。


  戦争という愚かな歴史、まだまだ させようとしている歴史。

 その加害者と被害者の 感覚と記憶で、180゜異なる感傷。


  だが、真の加害者は、戦争するという人間の集団的エゴに

  帰一するものだと思う。 



  幕末、戦乱、駿河湾は 死体、骸が敷き詰める。

  政府の、「敵軍は弔うな」の命令を無視し

  黙々と平等に回収する侠客あがりの集団が居た。


  調査に出向いたのは剣客禅者の時の政治家 山岡鉄舟。

  迎えたのは 清水次郎長。


  「官軍も賊軍もあるものか! 死ねば皆(みんな) 仏よ」

   との 啖呵に賛同し 許可した。


  これを縁に、剣を教え、

 「形なしの下手、だが強い。

 
  それは、何時も相打ち覚悟で立ち向かうから」

  と可愛がった。

 
  それにしても、死してやっと平等になる命は

  あまりにも 虚しく 可愛そう 過ぎる。



  

遊戯三昧

 
  吾が師は古稀を機に、禅堂師家の座を後継の師に任し、隠寮

 暮らし。  
 
  よく通った。



 或日、訪れると 奥さんと言い合う声を 玄関の外で聞いた。

 暫く聞き入ると、他愛ない種が ネタらしい。

 
 「良い年して、みっともないはね」

 「ええじゃん、わしが好きでやってるんじゃから」

 師は童謡を歌っていた。
 


  師がやり込められるのを見届けて、参禅に向かう。


  遊戯三昧を観た。




  師が不在の時は、奥さんが 私を青二才とは見ず、対等に 相手して

 くれた。

 
  華道家で、再婚、多くの子を育てた その生き方を。

  その過去を語ってくれた。


  戦後の貧しい時代、

 「お花をしたいけれど、今時 お寺さんでは贅沢ね、

 でも お花がなくても できるのよ。

 洗った食器を 花と見立て、並べ方で修練重ねていたの」 と。
 
 
  やはり 遊戯三昧を 見た。



   そして 私は 若き日 多くの事を 学んだ。

      

煩悩讃歌

 
  
  「 煩悩を 一つ残して キンさんは逝く 」  虚空


   長寿大国、皆川 米さんが現在114歳、とにかくめでたい

 ことだ。


   6,7年前、茶の間のアイドル  宝 キンさんが、107歳

 で 天寿をまっとうし 天国へと旅立った。

 
  その時 詠んだ句。

 
  108つ あるという煩悩を、一つずつ潰して、一つだけは残し

 たんだと。


  それは、食べるということであったのだろか。

  自分の子供の分の命まで 食べたのか との思い、 

   そんな時代、心残り。


 
   私の兄は、若さの勢いで、ある禅の高僧に単刀直入に尋ねた。
 
 
  「 悟りきった老師にも、煩悩があるんですか? 」


  「 ある。 名誉心だけは 最後まで残るもんじゃよ 」
 


  私は、兄に 「何う いう?」 と追求した。

  兄は、そんなことも分からんのかと、ぶっきら棒に言った。


  「自分が天下一の禅僧だという思いのことだ、人を救うんだぞ」


   食欲と名誉欲が、生きる原動力であるなれば、一つ二つを残す

 方が、より人間らしいあり方ではないだろうか。


   わたしは きっと、もっと もっと 沢山残すだろう。

   

第九とわが歓喜

    
  ベート−ベンの第九を初めて聴いた時の感激と衝撃は、今もて

 ぶれることなく いささかも薄れていない。

 
  生きとし生けるものや、人と人とが和して幸せである光景を、

 神が慈愛ある眼で眺め 祝福する


 その姿を、人々が歓喜を持って歓迎している光景と捉えた。


 人と神、人と自然なんて、何うして人は区別したがるんだろうか。



   第九は、ベートーベンがシラーの詩に共感し、モチーフとして

  作曲した曲。

 であれば詩の感動に浸れば良いのに、人間讃歌のため、敢えて

 交響曲に合唱を組み込むという暴挙に出た。


  人には限られた才能しか与えられない。

 それを武器に自分を成し遂げた人を偉人という。


 

  わがの歓喜の時は、こうだった。

 微微たる禅体験を 恥ずかしながら失禁する。

 夢想であっても、俺が宇宙との一体感を感じた時の快感について
 

  歓喜! この心地良い語の 一例として


 「 そうか、俺が宇宙の法則を受けていたんじゃない、俺が宇宙

 なんだ。

 あるのは俺のみ、自分と宇宙を隔てていたは自分なんだ。

 俺が宇宙、何を求めていたんだろう、これで足りるじゃないか。

  自分が生きてるではない。

 俺という宇宙が生きている。

 俺が宇宙  」 


  深夜自転車を走らせ、電信柱が真直ぐに立っているのにも 可笑しく  

 感動する中、 師の室に入り、見解を示した。

 
 師は即座に 


 「それはお前が 悟りとはこんなものだという概念が作り上げたも
 
 のだ、

  そんなものにつかまっていては つまらんじゃん」 

 「もっと 何にもない状態で座れ、きっと 更に深く分かる時が来るから、

 そうしたら  電気禅(工学部電気科卒だったから)をやれる」と。
 

  電信柱も涙で見えぬ中 泣きじゃくりながら、もと来た道を自転車で

 下宿へと 帰った。
 

  感じたことは、間違っていないと思う。
 

  しかし、当たるとも遥かに遠しの世界。

    

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