川柳と蜘蛛とお酒とおらが禅

美しく 使っていますか ひとつの いのち

青春

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生(せい)の危機七態

      
  母親が言った一言(ひとこと)

 「お前は男の子としては優しすぎる 女の子に生んで上げたかった」

 なる言葉が、私のトラウマに なった 

 
  私は それに 逆らう男 と なった

  無鉄砲で 自分と闘う男 に なった 


 武道や遠泳や走り高跳やの挑戦ごと に のめり込んでいた青春だった



  ・ 遠泳 

一夏に40日間も 郷里の浜で 泳いでいたから、色んな事があった 

 
  遠泳の途中バテ果てての小島への登り際 牡蠣(かき)を踏み足から出血

  島の回りには 1km先の血の臭いをも感知するという鮫が 

  ウヨウヨ と いる

 
   でも 6尺フンドシを長く垂らし ヤツらを威嚇しつつ 泳いで 

   生き帰って来ただ



  
  ・ 海遊び

  台風で休校の時でも 海で泳いでいた

  一度は 海岸に戻れず もうあかん と 諦めた

  
  でも、オレは 単なる 丸太ん棒だと 念じ

  5mもの波の成すがままになり浜に流れつき オラは這い上がっただ  



  
  ・ 大晦日暴泳

  
  心に秘めたる事ありて 実行した

  ナショナルトラスト運動の先駆地の紀州天神崎の磯にて


  除夜の鐘 を 聞きながら ぷかぷか と

  こころ は ふわふわ と 

  泳いでいる時は 身体は ほかほか だった 


  でも 深夜だ^ 帰るのに 出発点が見つけられない

  
  でも 夏場に夜光虫が 泳ぐ魚の輪郭を観せつ光ってるいた

  そんな馴染みの砂浜にたどり着いた

  
  南国紀州でも冬の夜の海風は無情で寒く

  震えながら衣類を取りに歩いていた


   その時 やっと オレは 生きる気があるんだ と 気付いた ♪




  ・ 走り高跳

  2m越えを目指し、浜松の中田島砂丘にある防砂柵を跳び越える特訓

  なんかもしていた 

  結果^ 脚や腹や尻は 無残にも血だらけだっただ

  

  ・ へら釣り  

  琵琶湖から流れ出る唯一の川 瀬田川は魚の宝庫 

  
  タナゴやヨシノボリやシマドジョウやワタカやビワマス

  ビワコオオナマズまで居て 魚種は様々


  中流域の中州(なかす)にて へら鮒釣り三昧してた時の災難だ ^

  安気に警告放送を聞き流していたたら ダムの水位調整の放流で 

  何時の間にか 廻りは 水また水に囲まれた


   私は釣具を担いで 水流に邪魔されつ泳いで逃げ帰って来ただ
  


  ・ 武道

  柔道してて鎖骨を折ったが、医者に「鎖骨は 首を守る為に折れるんだ」 
 
  と 言われて納得、即 稽古に励んだだ

 

 ・ 峠のトンネル
 
  兄貴の教員赴任の山間で 話題しきりだった

  女の幽霊が出る との 噂(うわさ)の トンネル


  私は 夜 バイクで走って見た^ 闇夜だった

  真闇の世界だった

  
  トンネルの中程(なかほど)では 恐怖心 と 冷気 が ふつふつ 
   
  さすがに 怖かった ^ 
  

   でも 何事もなく 帰って来ただ ♪ 

   
   
    まったく バッカな男 だっただ〜 ♪

  

秘密散歩

 

 「 月面を 歩くが如く 散歩する 」 虚空



  恐妻(間違えた〜 愛妻^)に 見付けられぬよう 

 
  早朝に そろり そろり と 湖岸へと

  
   昔 懐かしき 
 
   臆病なる こそ泥 の ように ♪


  目的は 瀬田川の水面に ぷかぷか してる 

  水鳥のしぐさを つぶさに 眺めるため だけだけど

  

悪魔の笑辞典ー19

イメージ 1

   

 音楽は、私が 忘れ去ろうと 願っていた事をも 生真面目に覚えている 

 時には 味方となってくれるが 時としては 無慈悲なヤツとなる  

 悪女の深情け 見たいに


 偶然に、倍賞千恵子さんの、夕べのとぼしびを背に 恋人と別れ戦地へと向かう
 
 ますらお(をのこ)の 七五調の叙事詩である反戦歌

 そんな哀詩を 抒情的に唄ってる ロシア民謡「ともしび」 を 聞いていて

  https://www.youtube.com/watch?v=FZgWchM5yWk
 
 
 更に、ダークダックスの 卓越なるハーモニーに至って はたと 悔恨の想いが
 
  https://www.youtube.com/watch?v=7COVCOxpzF4
 



 亡兄とは 帰郷して会ったら 酒を酌み交わしながら 議論酒での喧嘩の緩衝に

 何故かロシア民謡を 肩を組みながら夜を徹しては唄いまくっていた
 
 二人っきり兄弟の 変声二部合唱が 夜遅くまで続いて

 母には、「いい加減に 寝させて〜!」 と よく叱られていた 


 兄は、「庶民の知恵」なる思いをライフワークとし 書き切ろうとしていて
 
 同人誌に多々 自費出版で一作のみのままで、69歳で 思い半ばにして
逝った
 
 
 瞬間湯沸し器のように 直ぐ燃え立ち 直ぐ忘れる保温機能のない 兄だった

 「人生は太く短く」が 口癖だったが 余りにも 短か過ぎた
 

 今は 話相手が居ないから、私に いい加減に こっちへ来いと

 私を 呼ぶのかな〜

 
 私の意固地な性格に起因する 悲しい別れだった 

 猫に湧いた蚤が ちっぽけな事件の原因だった

 
 兄は、定年を少し前にして 校長の地位を捨てて 退職した

 「中途退官では 退職金は 減るな〜」 と 笑ってた
 
 
 家の畳の上で死にたいと言う 我侭な母の希望を叶えんとして

 母の食事も 全て 雲水をしていた禅堂の典座(てんぞ)ー食事役ー 

 の腕前で作ってた   

 
 私が絶交した事の起こりは 或る日、母が愛猫に無数の蚤が湧いても気が付かず 
 
 一緒に布団に入れていて 身体中は 噛み跡ばかり を 見つけ 

 兄は 即 その猫を 無残にも 山に捨て去った

 
 私が帰郷したら、母は 「ミイちゃん、ミイちゃん が 居なくなった〜 

 一緒に 探して〜」と 半狂乱で 嘆願してきた

 
 その 一切の経緯(いきさつ)を 兄嫁より 聞いた

 だが 私は 止めなかった兄嫁にも 腹が立ってた 

 
 兄に向かって、「猫に蚤が湧いたからといって、蚤を駆除しないで 

 猫を捨てるヤツが あるか〜!」 

 と、くってかかった が 無言だった

 兄の 労苦の心を伴なった多義に跨る(またがる)心労も 知らない

 未熟な心の 私だった


 兄は 自分が決めて 意味有ってした事で そんな蟠(わだかま)り なんか 

 とっくに 捨てちまっていた

 が、私は そんな事を 心の奥に深く持ち込んで仕舞っていた、愚かにも


 兄が逝く3ヶ月前頃か、兄嫁から 泣きながら

「タカちゃんが、医者から不治の癌だと言われ入院した」と 電話があった

 
 癌の転移が早く、手術も放射線治療も出来ないと言われ 暫くは入院してたが

 医者に、「効くかは分からんけど この抗癌剤を出して見ましょう」 

 と 言われ

 「オレは モルモットか〜!」と 激怒し、医者との無益な損なる喧嘩


 「家で死ぬ〜!」と、無理矢理に退院し自宅療養を決断する


 私は その間 幾度も 電話では 話してた

 「残りの命を大事に使いたいが 何をすべきなのが 分からない」

 との 初めて聞く 弱気な兄の言葉 だった


 でも、私は 見舞いには 行かなかった こだわり心 が 癒されてなくて

 そして 兄貴なら 何とかするやろう との 希望も虚しく
  
 予想よりも 早く 死んでしまった


  後(のち)に 兄嫁から 聞いた

 「ケンジは 何時来るんだろう、オレ 死んじゃうじゃない」 

 と 気弱なる言葉を 漏らして いたと 


 
  兄の遺句

 
 「 殺って(やって)から 真人間となる 死刑囚 」 兄貴

 
  の 句意は そんな処に あったの だろうか

  今 私の肩に 重く乗っ掛かっている  

    http://blogs.yahoo.co.jp/angyamugen/24784758.html

 
  一言で と 言われれば 取り返す事の出来ないと言う「悔恨」 の 念か

 

 今、自分の事を 善人か悪人かさえも 見失った 苦悩の心の中で

 敢えて 無理矢理に 何か 一つでも 書いて見よう

 
 真に 人は 所詮 ひとりぽっち だと 思う時の 慰めに  
  

 神や仏や悪魔 が 雑居してもいいと 思い立って始めたたる 

  
 私の意志のみで 成ってなる 笑辞典なんだから〜 ♪

 


 
  ・ 蟹とヤドカリ(進化と退化)



 蟹は 甲羅付きの身に合わせて穴を掘る と 言う

 ヤドカリは 身の大きさに応じて 新居の貝殻を 探す 


 貝殻や甲羅を脱ぎ捨て得た自由には また不自由が

 北海の妖精 クリオネだって 貝を捨てたが故 定住の地域では 餌を採れず

 流氷を友とし、プランクトン豊富な冬のオホーツク海を旅し知床にまでも 
 
 やってくる 

 
 古代生息のオオムガイは、貝を捨てたが故に 蛸に進化して  

 それなりの生きる 高等の知能を得た
 

 私は 蟹タイプかな〜、脱皮時の無謀な時の危うい危機を 

 何とか乗り越えるような事を繰り返して来たような生き方だった から


 ヤドカリのように、好みの貝殻に入っている弱いヤドカリを引きずり出しても 
 
 マイホームの貝殻をゲットするような事は 所詮 出来ないから〜


 だから この程度でいい と 満足する 諦め(明らめ)も 達観も 必要かも
 
 毛を捨てた人間が、寒くなったら 工夫して衣を造り出す知恵を貰ったんだから

 進化には 得るものと 捨てるものと が あるのは 物の理 だから

 ならば! 自分の与えられた能力いっぱい内が 限度でいい 

 精一杯 自分の頭を使って生きるしかない の では


  
 不登校 落ちこぼれ 引き込もり ニート 援助交際 親父狩り 愉快犯

 模倣犯 格差社会 なんぞ の マスコミ用語に 惑わされず 

 
 人がやってるから自分もでは、余りにも 自分が 哀れじゃ ないか   


 甘えた 若者や、 生き延びている老人にも 告ぐ 
 
 偶然与えられた自分の この命を大切にして 正しく 堂々と 胸張って

 使い切っての自分の人生じゃないか 
 
 
 進化し過ぎて困ったら 一旦退化し、祖先返り 赤ちゃん返りしても いい  
 
 また 新たな生命力が 沸々と 蘇(よみがえ)って 来るから〜
 



  近況として
  
 我が家の大蔵省(現 財務省と金融庁)に 嘆願して 

 我が部屋の 六畳の畳を新調して 張り替えて貰った


 真っ新(まっさら)な 心に 立ち戻りとの 思いも あって  
 
 死んで後 オレのアジトの畳を 即 代えられるのは 嫌だし


  矢張っぱり 自分の 心の葛藤 や 興味や 体臭やらが浸み込んだ 

  マイ畳の上で 座したまま 我が一生を終えたいという気も あるし

 
  出来上がった青畳を観ていて 写真に残して置こうとしていたら 

  ふと オレが居ない虚しさを感じ 何時ものように相棒に心を振る 
 
 
 「女房と畳は新しい方が良い」との 感慨深い言葉が 浮かび 

 それはないやろ と それは 単なる願望として ぐ〜っと 飲み込む  

  
 後難の危惧があるやも知れん山の神の祟りを畏れての事だが
  
 
  そやさかい 誤魔化し句にて 補間しておく ♪



    「 女房は 古くなるほど 味が出る 」 虚空


  

心の旅路ー25

  
  
    気紛れな春一番(当地では 比良八荒 と言う)を 待ち詫びながら

   主演者と助演者とのコラボの有り方について 考えていた


     ー昔の歌バラエティを観ててー


  己が 主役か助役かを わきまえ その仕事を懸命に演ず


 主演者は 精一杯 自分の個性を 発散させる

 助演者は 精一杯 盛り立てる ように 工夫し演ずる

 その時は 自己顕示欲なんて 存在しなっくて 好い 



  縁の下の存在

 尊敬してた上司は 昇進を断り 自己研鑽をしていた

  私も そんな性分か


 
  小泉総理には 「趣味は小泉」と言い切った 策士の 

 飯島勲秘書官が いた


  安部総理には それが見えない不安がある



 演じながら 自己は 健在せしめる

 これが 大人の尊厳力では なかろうか

 トップダウン も ボトムアップ も あっていい
   


  亡き賢兄 と 生き永らえてる愚弟との 性懲り無もない議論酒の肴

 
  子(含 生徒、学生)との 育て方 と 接し方

  怒る と 叱る の 効用と 適用 と TPO etc.

  

  「 淋し夜 兄弟酒の 花開く 」  虚空

 
  兄は怒り派 私は叱り派 だった
 


   兄は 初等教育の猛者(もさ)だった

  禅堂から 出奔して 小学校教員に成り立てで

  授業中に竹刀を持ったり 座禅させたりして 教育委員会から 

  お叱りを受けた

 
   しかし、校長になっての校長会でも

 「教師から子らを殴る権利を奪われて、真の教育が出来なくなった」

 と 物議を齎す(もたらす)発言をしては

 「こんな校長も居る」 と 名指しで 問題視され追求された



  通じない苛立ちに 真剣勝負しては怒り 刺し違える覚悟だったらしい 
  
 

  しかし、こんな教師に敢えて反撃して来た生徒は 今 市長をしてて

  熊野古道の整備に尽力している

  


   子らの人格を認め 成長さすべく 教師は助演者 に 徹す 

  それが 助演者のお仕事 なのに

  私は 大学や大学院の学生らには そう接した



  父は父で 課せられた教員勤務評定の事態には、得意の文才で 全員に 

 A点で善し B点で悪し と 評点しては、からかい心で
 

  総合点 ±0 として 採点・評価不能に処しては 笑ってた  



  自分が 今 生きている 不思議に 気付き 

  それ故に 他の人が その風土 環境に生きてる事  

  また その生き方 に 愛情の目を注いで 欲しいな〜



   ギターの曲を 聞き始める

 
 昔は、上手な人と自分とを比較し、苦しくって 悔しくって 

 欠点を探しながら聞く 愚かな反応をしてた

 今は、自分が 爪弾いているような感覚で 素直に 聞けてるのも 

 私の成長の故か

 
  人の好い処のみを探し、その人の 才能 個性 工夫心 

  を 愛でられるようにも なった 


 

   無記で生まれて来て 私を形成した 私情のみの 独り言だけど 

 
   今の世に


  ケネディ ガンジー マザーテレサ シュバイツァー トルストイ

  シェイクスピア ファーブル エジソン アンブローズ・ビアス

  野口英世 寺田寅彦 宮沢賢治 松尾芭蕉 正岡子規 若山牧水 

  種田山頭火 星新一 筒井康隆 虚空(これは雑音)らの 偉人が 

  世に出て来てくれる事を 切に望んでおります ♪ 



 
  自己完成の為の 大道具 小道具もあっての 自作自演の人生劇場だけど

  観席の客も 自分一人で十分 アッシは アッシ の もんだから
   
  
  


  グッチ裕三・モト冬樹 や クレジー キャットの 芸を観て存分

  に笑ったら 気分は 正常になった

 
  こんな 真の芸を持っていて 人を楽しませる 仕事をしたかった な〜

   
     https://www.youtube.com/watch?v=P6JGtwkh-NY

     https://www.youtube.com/watch?v=At5LOr4ONBw
  


  尚 この記事は30分が賞味期限に付き 早い目に、

  是を過ぎると自動消滅します(007より^) ♪

   

湖畔の娘

  
師の期待を裏切り湖国へ落武者。
奇異で世間知らずの無垢な木偶坊。
早速五月病。
昼休みには琵琶湖畔で水鳥の仕草を眺める毎日。
或日、同じように湖畔で佇む娘に勇を込め話しかけ親しくなった。
宮大工の末娘、バレーボール選手で何時も細い指に真白なテービング。
新唐崎の浜でハヤ釣りをし竿を持ったまま顔パスで比叡山へ。
琵琶湖は箱庭の小池のように華麗だった。
深夜、娘の屋敷の裏の畑で自作のギター曲を奏でたことも。
宮大工後継者との良縁あり姉代筆の寒々しい手紙「二度と会うつもりはありません」で終った。

 詩も曲も和歌も創った。

「幸薄き淡き恋路に残れるは君が手折れし小さき折り鶴」

「君撞きし比叡の山の古鐘を割れよとばかり打つ恋しさに」



 (追記)
 娘らへの500字携帯メールを、ミスして女房にも打ってしまった。
 返メールあり、「その人に 老後を 見てもらってね!」
 ああよかった、ちっとも やきもち焼いて な〜い。

  夕飯はあった。
 

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