川柳と蜘蛛とお酒とおらが禅

美しく 使っていますか ひとつの いのち

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優しさと思いやり

 
 1  師が走る

 かばん持ち時代、師に 学会発表などは お前の実績を上げるため

だと言って、すべてを やらされた。
 
 東京へ、こだま自由席で 珍しく 同行した時だった。

 こだま が 熱海駅に 着く 直前だったと 思う。
 
 談笑中であった師が 突如 ビュフェの席から離れ、丸っこい体

で 全速力で 走り出した。


 席まで追って 尋ねる私に、師は 苦笑しながら 言った。


 「 いやぁ、 外で並んでた人が、空いた席があると 急いでさ、

 座席に 鞄を置いてあると、誰でも がっかり するじゃん 」
 

 そんな 自分の心にあるもので、人の心を 推し量れる 人情

豊かな 師であった。



 2  工場にて
  
  こんな甘い世界から出て、会社勤め。

 早速 試練が 待っていた。

 部品を満タンにして、手押し車で押す 老作業員に、 優し気な 

気持ちで つい 手を貸そうとして、怒鳴りつけられた。

 「 何するねん、こんなとこ 人に見られたら、 わし クビに

なる やんけ!」
 

 自分の 住む世界は 小さすぎた。


 すっかり無口となり、上司から 「 世界一 静かな男 」 との

 称号を 与えられた。



 3  介護無残
 
  義母が転び 右足骨折の手術、 そのリハビリ施設で また転び

 こんどは左足が骨折、その手術に立ち会うため、女房は 向か

 った。

  「母を ・・ して、 自分も 死ぬ」 との 捨てゼリフを

 残して。


  私は 答えなかった。


  ただ、 句ガ 浮かんだ。

  「 人は皆 悪魔となれる 恐ろしさ」   虚空  


  相槌を打つだけで、心的に、「 ・・ ほう助罪」に。


  それは、できなかった。 
  

  慰める言葉で 誤魔化した。


  メール も した。


 「 介護と格闘してる ばぁばへの メッセージ。」

  ー病院で対応する時の留意点ー

「・手術後、リハビリ等に家政婦を付けてもいいなんて言っては
 駄目。完全看護を建前で優遇されている病院だから逆効果。
言うのなら、親戚の人が手伝ってくれると言っているとか程度で(事後対応)。 逃げろ 逃げろ。

・協力頼むには、男はおだてに弱い。媚るふりして損する事はない(・・氏対策)

・すべて、おばあちゃんの希望なんだと言って 説得すること。

 こんなこと考えつ、自分の時間を提供するのも、男の介護参加だと理解して欲しい。

 家に居て、いささか自虐的な気持を持つけれど 」


  でも、独りになり、 女房の 思いは そんなことじゃない と 気付いた。
 

  共犯者に なって欲しかった、 いや、いて欲しかった だけ 

 なんだろう。

  そんな気なんて さらさら ないはず なのに。 
 

  だから、 ウソでいい、俺も一緒に死んでやると 言ってやれば 

 良かった。
  

   思いやりの心 の 欠如。


  優しさと 思いやりは 異質なものではないけれど、人の心の 

 その深さにおいて 区別すべきものでは ないだろうか。


  こんなことで、自己嫌悪の思い強く、他の人のブログを 読ませ

 て貰い、また、それに 茶々を入れるうだけで、書けない日々が 

 続いている。


 こんなのを 「悪質ブローガー」と 自嘲しながら。

 
  師が 示してくれたように 単純なことで いいのに。

 自分が 嫌なことは 人も嫌。


  思いやりとは それだけのこと。

 
  その思いを 展開させれば、
 
 人を 1人救ったから、人を 1人殺める権利は 発生しないし、

 人を 1人 不幸にしたから、その分 自分に 幸せがやってくる

 なんて ことはない


  世に 一定量の幸せがあって、それを みんなで 獲り合うもの

 でもない と 思う
 
 
  すべて 相手が良ければ よい

 自分のこと だけを 自分で できる ならば
 


  相手がいなければ 自分もいる必要が ないのだから。
  
 
  自というものは、他がいるから 成り立って いるのだから。

  

孤独の種類

  
  亡き兄の親友であり、一代で大事業を成し遂げたKさんが、現代の経済界で重要な役目をやっている。

 過去が蘇る。

兄の悪友仲間の中で、兄貴の弟であるとして、みんなに 随分と可愛がって貰った。

それにしても、バンカラ学生の最後組の頃であったのか、兄らの素行はひどかった。

 夏の頃、キャンプをして 招待した女教師に よからぬ獣肉混入の鍋を黙って食わせ、事後に しゃべったり、 失敬したスイカを賞味している最中に見つかりそうになり 急いで土に埋め、やり過ごした後、また掘り出して喰ったり。

 皆で夜遊びし、家に一台しかない自転車を駅に放置、冬の真夜中に 取りに行かされ ドブ川に転落したり、父母の夫婦喧嘩のネタを、豊富に提供してくれた。


 そんな とばっちりは受けたが、兄結婚式の日、Kさん の 「ケンちゃ〜ん!」
で、ウラミ ツラミなんか、すべての思い出は 忽ちに消えた。

 そんな、人を包み込むような 大きさでなる 人物。



 春の頃、兄貴が 私の大学入学の褒美に京都へ連れていってくれた。

 兄は他用があり、Kさんに 終日遊んでもらった。

 下宿に立ち寄り、木製の蜜柑箱の本棚を見て、自分の下宿で真似。
 浜松では、林檎箱と呼ばれていた。


 その後に、銀閣寺から南禅寺までの、桜咲く頃の「哲学の道」
を案内してもらった。
 
 当時は、山際に沼のような野池があり、子供らが立ち込み、玉網で魚を獲っていた。 

 kさんは 「獲れたか?」と、陽気に声を掛けた。
 しかし、子供らは 一瞥したが 、無視して 声は返らなかった。

 急に黙り込んだ。
 明らかに 淋しそうな顔をしている。
 kさんの変貌が意外でも あった。

 これを機に、勇を出し 聞いて見た。
 
 そして、自分の内向性である性格の孤独感と淋しさの訴えに、外向性の性格にある淋しさを教えてくれた。

 私は 自分のことを こう感じていた。
 自分のこころへの気遣いが 過多であることを。

 それに対して、
 kさんは、このような時に 孤独感を感じるという意味のことを言ってくれた。
 
 ・ 人への働きかけが 上手く いかない時

 それが 無視された時の 淋しい思いは、相手が子供でも同じだと

 ・ 別れた後で、相手に対する対応の 成否が分からないから 淋しい思いが すると
 
 ・ 人と別れた後の いわれない孤独感が たまらないと  

  
 自他への関心度の方向性で見る ユングの定義とは 違うけれど、kさんは 他人への気遣い過多であるように 感じた。


 極論すれば、性格なんて、自他への気遣いの方向性の 割合の違いにしか 過ぎないのでは ないだろうか。


 私は、自分の 内向性の孤独な心境には 慣れていた。

 「 明け烏 孤独地獄が うねり来る 」  虚空
 


 それ以外に 性格に依らずも、孤独感は こんな時にやってくる。 

 ・ 人恋しさを 感じた時。

 私は、そんな時は 「人見」と称し、町の雑踏の中へと 出かける。


 ・ 個と生きることを 感じた時。 

 親友と語らい 別れた後にも、突如として やってくる。




 私は、青年の頃 更に厳しい淋しさに、直面した。

 本当の自分とは を 知りたくて
 そこから 出た 働きを 知りたくて
 挑戦していた。

 そして 更なる 異質な 孤独を 味わった 

 算盤で、ご破算することから 学ぶように
 思い込みの自分から 離れて見る必要 が あった
 そこから 働きを 得るために

 自分は自分であるという その命綱を放すことを 
 自分という思いとの決別を せまられた

 自分と思っていたものが、それを見ている自分でしかなかったことを 思い知らされた


 一次元のものを 二次元から眺めていたことを

 ナスカの地上絵を 天空から見ていたことを

 その地上絵 そのものに 成り切る必要があった。

 
 その淋しさは、自分という 最愛のものから 離れることに 等しかった。
 
  

 しかしながら 思う 

 変らないもの

 それは

如何なる時にも 自分という友が いてくれる

 自分でしか 自分を癒せないこと も ある
 

 これが 孤独の 価値では ないだろうか


  そんな自分が 居てくれることで 
 
    よしと しておこうと 思っている
  
      

盗人に盗られぬ法−完

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 
 逃げるようにして、急ぎ 帰路にある紀伊田辺駅へ。
 孫の駆け込みで寺である我が家は、空けられない。

 駅の出入り口の右隣に立てられた 合気道の創始者である上芝盛平翁の碑が目には入って、また想いが。

 短気な兄だった。
 甥っ子の結婚宣言にも、敢然と立ち向かった。
 「決めタンだから、早くする」と言う、生真面目な性格の甥。
 闘っていた。
 
 帰郷すると、「決闘になるかも知れん、何か武道を教えて呉れ、
空手か合気道がいいか」
という。
 敵は 少林寺拳法を小学校からやっているからだ。
 自分で、慣わしたくせに。

 武道盛んな、お国柄。
 親子喧嘩をするにも、鍛錬が必要なんだ。

 私は小学生の相撲から始まり、柔道、剣道、弓道で来たから、喧嘩には不向きなものばかり。

 「そう簡単に習得できる武道なんてないし、喧嘩をするために武
道をするもんやない。
 したら、手足が凶器とみなされ、刑法上困るぞ、やめとけ」
と言ってやったら、

 「じゃ、口でやってやる」と、粋がっていた。
 
 そのくせ、甥の決意に押し切られ、口でも負けたらしく、高校卒業を待ち ハイティーン同士の結婚を認め、一緒にさせた。

 私も、お雛様ごっこのような結婚式に、付き合わされた。

  でも、良き ジィジ連盟が結成されて、よかったじゃないか。


 振り向くと、弁慶像はなにか憂いをおびた顔で見送ってくれる。

 兄の顔に見えたようだ。

 弱そうだ。 
 こんなんだったら、私でも勝てる。


 素直になっていた私は、珍しく駅の売店で、お国らしい郷里の菓子を買った。 
 箱の表に、紀州手鞠の絵がある。

 子供の頃、母が創ってくれた紀州手鞠に、
 「女の子と違うんやから こんなもん 要らへん」
とつっけんどんに返事したことを思い出した。
 
 母には、男の子が 好きな女の子を わざといじめたり、また無視するような振る舞いを、よくした。

 また怪しくなってきた。

 良寛さんの、毬突きする姿も、目に浮かんだ。


 十八歳で故郷を捨てるような気持で 家を後にした。
 素直になれない、逆らう心、父母の個性のぶつかりを見続けたことへの復讐心か。 

 旅の途中の ある出来事であったのかも知れない。
 締め付けていた心のタガが外れ、無明の真っ只中へ。
 しかし、心が動かなくなれば、終わりだ。

 悩むことは、次々と現われる。
 ネタには困らない。
 生きること、願うこと、求めることは 尽きることがない。

  「無無明尽」


 素直になれた。
 
 私が、一人で泣くのは俺が泣いているのじゃない。
 俺の ナルシズムが 泣いていた だけだった。

 人前で泣いて、始めて自分の本心が分かる。

  孤独という無間地獄に落ち、無限行脚し、それでも夢幻を 追い続ける

 魂。


 兄弟愛、封印している母への思い。

 故郷とは、何かを感じさせられる ものなのか。 

 素直になれた自分を認め、良かった一人旅。


 こころは また 動くだろう。
 そのときは その時である。
 決めておく ものでは ない。


 「 盗人に 盗られたくない このこころ 」  虚空

 ひとは これを 孤独と謂う。

 しかし、孤独を感じさせるものは 人が好きだから 恋しいから だろう。


 夜中に帰宅し、自室に入る。
 女房は、居ない。
 女房は郷里に、介護で二重生活、二人前の生活。
  
 喧嘩をふっかける 相手も いない

 やけに 寂しい
 今夜だけは 抱いて 暖めて 欲しいのに



 
  道元さんと良寛さんの言葉を もじる。
  
 「泣きたい時節は、泣くがよく候」 と思う。


  今日は もう駄目だ。
 
 明日 パッキングを 取り替えよう。

 
  悲しい時、 共に泣いて慰めてくれる、叙情的フォークでありながら 

 何か 演歌的な、

  西島三重子さんの 「池上線」 と 

  因幡 晃氏の 「わかっていださい」 を聞きながら、泣き寝入りした。


  一ヶ月したら、また初盆がくる。                                                                                             完
      

盗人に盗られぬ法−2

  
 法事一切は、「お経もオレが中から詠むからな」と言うような兄の
遺志に従い、身内だけの つつましいものだった。

 私は、僧の読経を聞きながら、だだ この宗教的雰囲気に 浸っていることに、専心していた。

 法要は 短時間で 済んだ。


  卒塔婆を立てに、父母兄が眠る海に接した浜辺のお墓に。
 私が、「般若心経」と「座禅和算」とを経じた。
 私ができることは、これくらいのことなのだと。

 まだ、大丈夫だった。

  
  街に戻り みんなで酒宴を持った。

 騒がしかった兄のいない席は、盛り上がらない。

 思い出は、ゆらめいて いた。
  
 喧嘩酒で酔いつぶれ、闘い疲れて眠り、先に目の覚めた方が布団を押入れから引きずり落し、掛ける。

 庶民の知恵が好きで、集落の名残等を見に、バイクのケツに乗っけられ、回ったことなど。
  
 兄の死を、一応は認めていた。 
 認めたくないだけで、認めてはいた。
 兄嫁は、まだ認めていない。


  私は、こんな風に わが心の処理を行っていた。 
 
 一億光年遠くの星が、今現実に自分の眼でその光を見ていたとしても、その星は 既に存在しない。

 いいじゃないか。
 いるじゃないか。
   
 ブッダもムハンマドもイエス・キリストも、一人の人間としては もういない。

 しかし、人々の中では生きている。
 よろずの神々も、生きている。

 父も母も、いないながら 生きている。 
 それでいいんだと、考えようとしていた。
 
 その心への謀反は、ぐずれ去った

 森羅万象の自己統一理解という、意味なき目論みにしか過ぎなかったことを 知った。

 こころへの はからいで あった。
 
 兄と共に、心というモノを追っていた残痕が、こんな気にさせたの
だらう。 

 光が届くのなら、発するものはなくてもいいとは、やはり形而上
学的な考えに過ぎなかった。

 神も仏も 今 いなければいけない。
 このように、今 兄が いて欲しいように。

 兄の死を素直に認めることで、それが分かった。
 生身の兄に会えないことに気づき、もう いないことに気付いた。

 突如 悲しみが涌いてきていた。
  

 そんな時、元気を出す役を買って出て、席を回っていた 甥の
義父が、私の席にやって来た。

 五十歳を前に、オジイチャンになった、若年寄である。。
 兄とは、年の離れた友同盟のように、心を通わせ 付き合っていた。

 「 オッサンが お経をあげてる間、ニイチャンとのことが浮かんできて 泣けそうになったけんど、我慢していた 」
と言った。

 その言葉が呼び水となって、私の涙腺に飛び火した。
 
 いつでも会えるものと思っていて、会えない肉親の死を。
 その死を認めた悲しみが、どっとやって来た。

 こらえられない涙、人前での涙。
 抑制ができない。
 つらい。

 絶えられず、手洗いへ逃げ込んで、暫くやり過ごした。

 
 席に戻ろうと開き戸をに手を掛けると、若いオジイチャンは、自
分の役目に気付いたかのように 自席に戻り、

 「波打ち際へ行っても、バッチャン バッチャン とはいうけんど、ジッチャン ジッチャン とはイイヨラヘン。
 みんな早く イキヨル。
  でもワシは、必ず孫の結婚式に出るんだ」 
 とか言っている声が 聞えた。

 私の涙で湿った空気を払拭して、場を盛り上げようと冗談を連発し、みんなを笑わせ、私にはできないことを やってくれているように思えた。 
 

 分かったと思ったことが、また分からなくなる、こころの旅。
 「無無明尽」
 無明(真理に暗いこと)は、尽きることはない。
 これを、追い続けることが、生きることなのだろうか。
 「分かることよりも、分かろうとするが 大切 なのだろうか。

 六百巻の「大般若経」の要訣と言われる 二七六字の「般若心経」 、其の要訣は「無無明尽」であるというある仏教者の理解に、私は同じ思いを見る。

 空はあるがまま 人は悩むものでいて あるがまま。

 「青い鳥」は、時には影を見せることはあっても、未だその全身を
見せない。

 そんな気がした。


  散会する時に至っても、私の こころの痛みは 治まっていなかった。

   

盗人に盗られぬ法−1 

イメージ 1

イメージ 2

   
 兄の一回忌になり、法事のために帰郷してきた。

 南国の紀伊田辺駅、「熊野古道」へのいざないのポスターの中を出て駅前で目をやると、小さな公園に立てられた、薙刀振りかざす凛々しい弁慶像が迎えてくれる。
 暑い、骨まで届くような、梅雨の合間の晴れの日だった。

  私は高校を出る頃、孤独であることに慣れていた。
 いや、自負していたと言えよう。

 ひとりで 生きてやると 意気込んでいた。
 入試の願書の信条欄に、わざと「孤独」と書いた。
 願書を点検した父は、おかしいと一応咎めたが、直せとは言わ
なかったので、そのまま出した。

 大学に入り、教養心理学の性格テストで、開校以来の超内向性格であるにも係らず劣等感皆無の、変な性格な奴と判定されても、慇懃無礼であることを自覚していた私は、そうだろうなと、気にも留めていなかった。


 二人だけの兄弟だった。

 兄は、「苦しくなるぞ」とは言っていたが、認めてくれていた。
 いや、言っても無駄だと、諦めていたのかも知れない。

 「 孤に生きる 吾を不遜と 責めもせず 

        苦しき道ぞと 説きしは亡き兄 」  虚空 

 
 ところが、大学生活も進み夏休みに帰った折、議論と唄で夜を徹する兄弟酒のデザートに、私の孤独癖を引っこ抜かんとしてか、

 「これを考えて見ろ!」と、私に問題を出した。

 それは、

 「どんなことをしてでも盗む大泥棒が、お前の大事なものを盗りに来る。
 さあ、お前はどうして盗られないようにするか?」

 難問だった。

 一週間程、毎夜のように散々と 問い詰められた。
 
 「来たら 殺してやる」と言えば、「泥棒相手ぐらいで、自分が罪になる馬鹿がいるか!」と怒られ、
 
 「それより大泥棒になって 取り返してやる」と言えば、「自分が泥棒になってどうする!」と怒鳴られ、

 私は、回答するものが なくなってきた。

 「答えはある。だが 絶対に教えん」
 
とは言いながら、本来、短気(いらち)な性格の兄は、徐々にヒント
を呉れ出した。

 ・泥棒は、淋しいだろうな。悪い事をしているのを、自分で知って
いるからな。 
 ・豊臣秀吉は、本能寺の変の時に、どう動いたか。
 ・戦争回避のためにする 国交手段とは。
 ・泥棒長屋でも仲良くいくのは、何故か。
 etc.

 更に数日して、私は やっと分かった。

  友という 不思議な存在を。


 兄貴が、俺に 言いたかった ことを。


 「 盗人も 友の宝は 盗めない 」  虚空

 盗むようでは 友ではない
 
 盗めば 友でなくなる

 これが、人と人との信頼を結ぶものではないだろうか。

  
 「 泥棒と 仲良くしろよと 諭し兄 」    虚空

 「 孤を好む 吾をふびんと 思ひしや 
        
         友をつくれと 諭し兄上 」   虚空  

 
 友とは、こんなものではなかろうか
 
 友になれば すべて 済む

 友は対等である
 友のすることには お互いに干渉しなくても良い
 友の真似はすることはない
 
 友になることは 認め合うこと

 群れて同じことをするのは、友達であって 友ではない
 

 兄のいう 真実が ここにあるように思う。
 

  こんなことを考えながら、法要の行われる お寺へと向かった。


   

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