川柳と蜘蛛とお酒とおらが禅

美しく 使っていますか ひとつの いのち

雑感

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書くということ(5)

 
  私は 書くということに おいて、時折 自分のイメージを 自分自身

 で 根っ子から引っこ抜いては、ぶっ飛ばしたくなる ようだ



  孤独感なるものを、地獄と酒との語句を使って、過ぎし或る一日を追う形

にして、句だけで 詠んで 見たかっただけの ことなのだ けれど
 
 
 
  その思いを、川柳の世界に 託さんとすれば、こんな 誇張し過ぎの 
 
 いけない 表現になって しまう
  
  
  
   ただ、のたうちながら 生きる事によって で しか、生きる意味は 

 見出せない との 思いも あって





   『 地獄酒懺悔 』               

  
       ー 地獄から はみ出た 男の 悪行記 ー

                                 虚空
   
                              

  「 明け烏 孤独地獄が うねり来る 」



   「 肝臓を つまみに 朝の 地獄酒 」


   「 ほろ酔えば ここは 地獄の 番外地 」


   「 地獄への 地図を描いて 軽くなり 」




  「 地獄から 地獄に通う 三瀬川 」

   
   「 地獄には 地獄に似あう 雑魚 ふらり 」


   「 地獄から 逃れて 独り 隠れ酒 」

  
 
  「 青鬼を 演じて 地獄に 舞い戻り 」




  「 地獄では 地獄の酒で ゆうゆらり 」


   「 地獄には 角を隠した 赤鬼 のそり 」


   「 ほろ酔えば 此処は 地獄の 番外地 」


   「 うとうと と するも 所詮は 生き地獄 」

 
 

   「 朦朧 と ここは 地獄か 極楽か 」



   「 この地獄 親なし 子なし 妻も なし 」


  
   
   「 地獄でも 何とか 生きてる ういな 奴 」

                              
                              ー 完 −
   

書くということ(4)

 

  ー 書けば 書くほど、 真なる ものごと から 離れていくように 

      感じながら ー



 
  原点

 俺、俺を無くした時、俺の中に 全てのものが飛び込んで来て、そのもの

 が 俺となる。

 加えて、そんな俺が 今 存在している不思議、感謝を感じなければ、

 俺の存在 や 生きる意味、そのものが 消え失せる。
 



  修する

 学問や行や経験や縁などで得たものは、自分の身につくことで 修まる。

 例えば、魚を食べて 自分の血や肉に なるように。

 最早 魚では なく、自分と なっている ように。

 であるから、やったという想いを 脱ぎ捨てて、今 残っているもの が 

 自分なのでは なかろう か。



 
  痒い背中
 
 本当は 人に掻いて貰ったほうが 心地よい のに

 自分でしか 本当に痒いところ が 分らないと 思う時もあって

 後者を 優先する気分の時、人は 詩歌や句を詠んだり 書いたり 

 したくなる

 読ませて貰う方が ずっと 楽なんだ けれど 
   


  
  未来を睨んだ今

 過去を睨むのは いけないと 思う

 只 今を 大切にして 生きる しかない 

 過去は 好転することが できない
  
 未来は 好転 できるかも 知れない の だから
  



 笑い

 自分のため なら 誤魔化しが 利かない

 人を笑わせる方が 楽

 邪道かも、でも いいや

 本当のことを言って 嫌われるよりも

 阿呆なこと言って 馬鹿にされる方が ずっと 楽だ




  愛おしさ

 自分の中にある いいもの わるいもの

 それは 誰でも  愛おしい もの

 でも でも、 いいもの だけに したい 自分が

 もっと もっと 愛おしい

 
 

 好きという事

 自他の いいところ 悪いところ を 包括した 絶対的なもの

 嫌いは 生理的反応 に 起因することが 多い 



 
  幸せの定義

 普通にあって 自由に 呼吸できてる こと

 水に潜って よ〜く 分る

 孝・不幸より 自然でいられる 場所が あること 

 それが 孝せ
 



  存在

 例えば、犬と戯れているということ そのこと自体が 唯一の存在 

 自分が居て 犬が居て 遊んでる なんて

 それは 状況説明 

 犬好きの人なら 感じている はず

 そんな 心地よいことが 即今 只 起こって いることだけで あって

 説明や解説は 要らない と 思う



 
  論理の欠陥

 得るために 捨てるという 論理矛盾 

 算盤の、御破算で 願いまして〜 のような

 器に 新鮮な水を汲むには、古い水を捨てなければ の ような

 必ずしも 積み重ねているだけで いい ものでも ない

  

 
  絶対の現実

 自分が 感じている 現実と、違う 本当の現実

 青色のサングラスを 外せば、補色としての 紅色の世界が やってくる 

 だけ


 逆に 愛と憎しみ のような ことも


 幸せ感も しかり か

   

たゆたう想い

 

  ユパンキのトレモロ

 労音が、生演奏を聴ける唯一に近い場だった頃、会場で聴いていた

 インディオの悲哀に満ちた曲、左ぎっちょのギターも 奇異で 鮮烈だった
 
 大きな手でも 小さなギターだけで、壮大な アンデスの山々を 彷彿させ
 
 て もらった

 後に、吟遊詩人であることを 知って 納得した

 その後、これより 心打つ トレモロは 聴くことが できていない

 


  神秘と自然と

 ある神通力を誇示しにきた挑戦者に、さる禅者は、

 「オレにも、腹が減れば 飯を食うという 神通力が あるぞ」 と、
 
 どちらに 汎用性が あるのか な〜

 


  神と仏と人間

 神と神 や 神と仏が 戦ったことは ない

 人間と 人間とが 闘って いる に 過ぎない


 更に 立ち入れば エゴとエゴ 無知と無知 打算と打算との 闘い




  我が子を叱ると怒る

 分ってやってる子に 理屈や説明で叱ることは 無意味なこと

 真剣さと 迫力で 立ち向って 怒る

 「じゃ オレと刺し違える 覚悟か」 と

 親だって 時には、ある程度 演技しなければ、子供は ちゃんと 育たな

 い こともある


 

  補充と充足

 自分の不足な部分を 他の人が補充、または その逆 
 
 充足し合える ためならば、これで いいじゃ ないか 
 
 たとえ 精神的なことで あっても、それで いいじゃ ないか




  生と信仰

 宗教で生まれて 宗教で 死す 訳では ない

 ただ 生き物として生まれ 生き物として 死すのみ


 なんで 人は 縛られたがる のか
    
   
     − 自然(じぜん) あるのみ ー




   錯誤

 例えば 駅で、隣接の逆方向への電車が動き出したのに、自分の乗ってる

 電車が動き出したと 錯覚するように、人は 相対的に 生きている


 自分は止まっているんだという、このような気付きも 大切
 
 更には、動いていても 止まっている 
 
 動きに 成りきれば、

 今を 大切に するならば




  悔恨
  
  「 変人と 言われて帰る 夜の道 」  虚空     

    ー 恋人と 言って 欲しかったのに −



  「 女房の 機嫌は好いぞ 今宵は大安 」  虚空

    ー なんたる 堕落 − 



  
  山頭火なら
   
  「 古池に、水の音 」  

  この方が 自然で 句のリズムとしても 好い

  だって 句においては、何が因で 何が果 なんて、何うでもいい 

  こと だから

 
  私は 「 水音 」 に まで 縮めようと した
     

   

書くということ(3)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

  

   賞用のパソコンが壊れて、長らく骨董品にて 一発芸などで やりくり


  写真も取り込めず 嘆いていたら、娘三たりが哀れんでか みんなで

  出資して 買って くれた

 
  嬉しくって、本当は ブログどころでは ないのですが
 

 

  父離れも しなくては いけなし、自分の ことに 戻ろう

 



 
   湖畔に 座って、自分と川柳との 関わりを 思い出していた
 

  その動機は、芸術なんかと なんの 関係も ない 


  二の姫が 中学校での モアレ検査で 思春期側湾症と判明

 
  毎土曜日には、矯正のため どんよりと 空の曇った 大阪へと 

  連れて行ってた
 
 
  女房は 貧乏所帯を 支えるため 働きに 
 

 
  このまま では、自分が 潰れると 思った



  自分のための 笑いが 欲しかった



   こんな時 川柳との 腐れ縁が 生じた


 
  何の知識もなく、ただ、面白く 可笑しい ものだと 思って

 
  それだけの 知見で、やって 見ようと

 
 
  それが 川柳との 出会い
  
  

   初めは


  「今日もまた 紙面賑わす ヒトモドキ」 虚空 


  「青丹よし 奈良の都は 掘るがよし」 虚空


  なんて みたいな、いけない句 や 下らん句 を 無手勝流に 

  やって いた


   その内 気がついて、思った

 
  それは、進んできた電子工学の技術用語と法律用語で詰まった 自分の

  脳の中の 言葉を 追い出して、川柳に ふさわしい 語彙を入れ なけ

  れば と
 

 
  思いついたのは 「言葉のオアシス」なる 語彙の蒐集


  選定基準は 「心地よい言葉」 だった

 
 
  チラシ パンフレット 新聞 本 雑誌 コマーシャル コピー 詩集

  テレビの会話、何でも 漁った

 
  そして、その頃 流行っていた サラリーマン用の システム手帳に 

  五十音分類で 書き留めた

 
   最終的には 1万語余 ぐらい か
 
 
  正岡子規が 過去の万を超える句を 蒐集・分類して、自句の確立を目論

  んだ ことに 対抗意識 も あった

 
  こんなこと ぐらい、単語だけ だからと 高を括っていたが、働きな

  がらでは、結構 孤独で 大変な作業 だった

 

  最初の 数年間程は、単語蒐集だけに囚われ、普通の記事ですら 文章

  として 読めなくなり 大変 困った  
 

 
  それでも 徐々に 川柳の本や 句集を 読めるように なって行った


 
  県立 市立の図書館の 川柳や冠句の本を 全て 読み漁さり

 
  まるで 義務のように やり 尽くし、もう いいや で 終わった 


  
  そして 何か、痒いところは 自分で 掻かなかちゃ〜 みたいに

  創り まくって いた
 
 

   初めは、時事川柳 や 駄洒落川柳 ばかり

 
  やり場のない鬱憤や怒りを誤魔化すような しょうもない句ばかり 

  で、目論んだ 笑い なんか 欠けらも なかった

  
  でも 今も この世の事象は 何ら 変わって ないじゃないか 
 
  私の 句調 も 成長して いない ように

  
   だけど、未だに 自分にとっては 真の笑いの ない 川柳である


  人情 心情 滑稽 思わせぶり 格言的 方言利用 詩的 駄洒落 

  パロディー ・・・ と やって、年間 数千句 と 何でも やって

  みて いた のに

  
 
  そのくせ、この 語彙蒐集録を 使って 句を 詠んだことは 一度も

  ない

 

   そんなもん なんだ 
 

  何でも やってる時が 煌く命 なのだ 

 

   だけど、今また 何のため との 思いに 囚わて

  詠めなく なっている 自分こそ が 哀れ



   句帳を汚さず 閉じ、帰路に つく 
 

書くということ(2)

  
  早朝の 散歩


  湖岸に 座って 湖畔の風景を 眺めているうちに、

  やがて、そこで 営まれる 人々の姿を ぼんやりと 見つめるように

  なっていた



  犬を 散歩させる 人

  犬に 散歩させて 貰ってる 人
 
  自分を 散歩させている かの 人
  
  ダベリながら ゆっくりと 散歩している 人
 
  妻の後を 追うように 急いで 歩いている 人
 
  ロボットの二足歩行のように しゃきしゃき と 歩いている 人


  ジョギング する 人

  自転車で 走り抜く 人

   
  釣りする 人

  それを 傍で 見ている人

 
  ボートやカヌーの 練習をしている 人
  
  芝生で ゴルフのクラブを 振ってる 人
 

  対岸の山々と湖面を 構図して 写真 撮る 人
  
  双眼鏡片手に バードウオッチングを している 人

  ユリカモメに 菓子屑を 投げてやって いる 人
 
  水鳥の 保護観察を している 人


  ゴミ袋に せっせと ごみを 入れてる ボランティア の 人

 
  リハビリに精出し 手を引かれながら よちよち 歩んで いる 人

  自分だけで 杖頼りにして リハビリ に 勤しんで いる 人

  老女を 車椅子に乗せ 散歩さして 上げてる 人


  弟の手を しっかり握って 通り抜ける 女の子

  

   座して 無力感で 悶々と して 只 座ってる 奴

  「オハヨウ」と 定番の声かけ それ以上立ち入らず 去る 男
 
 

   この時は 湖畔を みんなで 共有してる と

  いや これらの人が 湖畔を 形成して いるのだ と
 
  いや こんな人が 居て 生きて こそ それが 湖畔なんだ と


  人が居なくては 湖畔も ない

  湖畔が なければ 人も いない


   こんな 心の なかに いた

  

  人が 居て 生活する 遊ぶ 喜ぶ

  これが 湖畔

  
  湖畔が 単独で 存在しているのでは なく

  人と共に 全体で 湖畔 なのだ

   
  いや 人々が 居る時 湖畔が 出現するのだ

  
  いや 湖畔が あるから 人々が 出現するのだ

  
  
   だから 湖畔と 人々は 別のもの ではない


     
    そんなことを 感じて 帰って 来た
  
   
 
      ー ヒロシマに原爆投下された日に −
  

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