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「 青山の 湖面に映える 勇姿かな 」 虚空 湖畔に 座って、大自然に触れながら ぼんやりと、 箱庭内の ちっぽけな 小石のような 自分を 感じつつ、 想いに 耽って いた。 対岸の 緑で息づく比叡の山、 湖面に逆さに映った姿を なんとなく 眺めながら。 久しぶりに 俳句仕立ての 描写句が 浮かんだが、 子供っぽい 平凡な句で、添削する気にも ならなかった。 ことに 何の意味が あるのだろうか とも 思った。 自分の感動を 大切にするだけのことで あれば、書きとめず 心に 仕舞って置けば いい と すら。 私にとっての比叡山は、千二百年余りに亘って、人が 我が心を 求め 且 捨てに 行った、 勇姿を 讃える お山である。 そしてまた、こんなことに 心が 飛んだ。 書くことは、生きることに 繋がらなければ いけないのでは と。 その昔、生業として 特許明細書 をも 書いていた。 その 理想とされる文体は、アイデアだけで あっても、 文章を読むだけで、図面が書け、かつ 全体像を浮かび上がさせる こと。 端的に、かつ 正確に。 潤いのない 文章なんか 嫌だった。 更に その昔、童話を書きたくて、挑戦も していた。 フローベールか誰か作家が 弟子志願の男に、庭で 二個の石を持って 来させ、「書き分けて見ろ」と、命じた と いう。 そんな時 私も、書いて 表現する ゼッサンを 心掛けていた。 ・ 形のぼんやりしたもの 架空のものを、あるが如く はっきりと 形あるもの として 書き現す。 ・ あるものを あるがままに 描写する。 文章で 形を、 また、形を 文章に。 いずれも、大変 だった。 でも、そんな拘りなんか もう どうでも よくなった。 残ったのは、 何のために書くのだろう? だけ。 もう少し 考えてみようと 結論を避け、逃げ帰ってきた。 |
雑感
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「 酔いしれて ふと我が望み 尋ぬれば ただあらまほし 知的会話ぞ 」 虚空 生誕 ―→ ← ―→ 成育 ―→ → ―→ 勉学 → → ←― ← → 勤労 ―→ ←― ――→ ← ―→ ←――― → 恋 ―→←― 旅 ―→ ―→ 育児 ―→ → ―→ 倦怠期 ←― ―→ → 孫 ――→ ―→ → ――→ ―→ 別れ ――→
→ (――→) → → |
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「 裂き昇る 湖南アルプス 初(はつ)明かり 」 虚空 |
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「人様は何うしてる」 と いう 幽霊・お化けは 怖〜い。 「和を以て貴しとなす」との大儀名分を盾に、また子供を集団生活に 導くための方便みたいなものを引きずり、 世間様並に生きるという これまた 架空のもを気にして生きることだけに 何の意味ガあるのだろうか。 あるのは他人の脳味噌を利用とする姑息な自分が居るだけ。 安易に人と同様になり、幸せ感を共有したいのなら、いずれかが 幸せ感は、各人の大切な 持分であろう。 ロボットじゃないんだ。 個性、感性、感情、知性等、多多ある人間のプロパティの中で 燦然と光るのは 感性大切とするアイデンティティではなかろう か。 古今東西、唯一つの 大切な個としての 存在物じゃないか。 使えるチャンスは、今しかない。 二度とは、やっては来ない。 IT、ロボット化社会を目指すホモサピエンス、未来を何う見て いるのだろうか。 現物を見よう。
自宅モニターで、農作物や養殖魚の状態を見つつ管理。
余剰時間 を 何に使うのだろうか。現物に接せずに、赤ん坊や老人を保育、介護ロボットに任す事は良いとして 己の都合によっては放り込んでもいいという気があるのだと、 勘ぐる。 河口湖で行われた、ワカサギを守るためブラックバスを増やし、 釣り客より金を取り、その金をワカサギの養殖資財にしようとする 施策。 得手勝手で小回りな 食物連鎖を詭弁にした短兵急な生態系無視な発想。 他の生き物に訊ねもしないで。 すべて、ふん そんなものかと安易に納得するか、他山の火事 と見る。 予期せぬ磁気嵐到来で、IT社会が暴発する可能性に対処できて いるのだろうか。 なんて、ノストラダムスの予言の 推測までしてしまう。 春の嵐の予想の朝に 想う。 |




