川柳と蜘蛛とお酒とおらが禅

美しく 使っていますか ひとつの いのち

一期一会の師

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人様々

 

 ・ 私の禅の師は、私の いのち そのもの なんだ
 
   だからして 多くは 語れない


 ・ 学問の師は、必須単位をも取らずに2年間も留学していた

   私なるバカ学生を引き取り

   
   教授会に掛け合い、私を 大学助手に してくれた

   
   それで、私は 親に頼らずに 生計が成り立った



 ・ 大学の共通の当時の一次試験の監督もした、でも 寝坊して遅刻し

   機械工学部の教授に、庭に呼び出され 立ち木に 寄り掛かり

   長々と 説教された

   
   「みんな 真剣に 試験を受けているんだ!」 と 
 
   
   その間、教室内 は 監視者 不在 でした が



 ・ 昔、今の女房が 私のアパートに 遊びに来て

   いきなり 目の前で すっぽんぽん に


    耐え得る 手段 これなく て 今に 至る ♪  

 

   

悪魔の笑辞典ー17

イメージ 1

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 雨の朝、ちょいと 朝寝坊をしちまい 階下に降り庭を見てやれば 

 赤い花の鉢植えに差し掛けたままの  透明のビニール傘

 
 女房に聞いて見たなれば 

「芍薬(しゃくやく)はね 朝に花が咲いてても夕方になると花びらを閉じてしまうなや 

 次の日の朝には また花びらを開くけど 今朝は雨に濡れて 花びらが重く

 なって垂れるのが可愛そうだから 傘を被せておいたや」と 言う


 こんな時のみの限定で 古女房が 新鮮で 事のほか 可愛ゆ〜く 思える ♪



 女房ネタは その位にして閉じ 自分の生きて来た道で得た思いを 書いてみる 
 




  ・ 教養と無知



 昔に知ったる 故事が ふと浮かぶ

 
 江戸城を築城した太田道灌は 若き日の鷹狩の帰路 雨に見舞われ 

 とある民家に立ち寄る 

 
 茶の所望に、最初は温(ぬる)い薄茶、次の所望には 熱い濃茶  

 此処までは おもてなし の 心は わかった

 
 ただ 蓑を借りたいとの所望に、山吹の小枝を手渡され はたと 迷った


 「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき」

 
 村娘の古歌の知識と 蓑にも不自由な生活だと それともなく 

 知らしめる意思表示を知るよべもなく そんな教養の備えが無かった 

 「実の」を「蓑」と 掛けて いたのに


 後に真意を知り 武術に加えて文学にも勤しみ エライ人となった 
 

 私は こんな故事から 日本人の 思いやりの心と と 教養心あらねば と 学んだ
 
 
  またしても 妄想の世界に入り込んだみたいなので やめよう
 





  ・ 真の語とパロディの語 


 
 ゲーテの 最後の素直な言葉と言われる

 「もっと光を、格子戸を開けてくれ」


 「もっと 思いやりを、人々の心の扉を開けてくれ」

 と 私に パロディの語を 言わしめる





  ・ 事実と真実


 禅(科学)ほど 科学(禅)に 近いものはない 

 しっかりと 自分の心眼で真実・事実を 見定めるを 極意とするならば

 
 林檎の木から ごく自然に 林檎の実が落ちる

 一方は あるがまま の真実を感得し、一方は 万有引力の法則ありと感知する 

 
 「よく見れば薺(なずな)花咲く垣根かな」 芭蕉


  かな〜 ♪




  何にでもいい 真剣に 弱く臆病で怠け心ある自分に 立ち向かってみる 

  
  その効用は 

   
   「 一芸に 徹して 万法 手招きす 」  虚空


 

ゆっくりしいや

  
  若き日 禅会で、

 「ゆっくりしいや」 の言葉に でっくわした 


 悟りたく 血気盛んの 時だったから、酷にさえ 聞こえた

 でも 今 、いや これからも 一番大事な 言葉 だと 思う



 京都清水寺貫主の大西良慶師が 目の前に おられた
 
 良慶節の 生の姿に 接して いた


 90歳過ぎた頃の この なんとも いえない おおらかな 傑物 と
 
 「もう歳やし、二度と お目にかかれんやろし この縁 を 大切に」 と

 それでも、柔軟体操を 自ら披露したり の 大サービス も


 
 やわらかな 男風京都弁を駆使しての、こころに 染み入る 提唱だった

  
  ただ 自然で あれ と いう ような
 
  こころの おもむくままに 生きろと と いう ような



 と 言いつ 自らは、その後も 老人福祉 と 京都の景観保護 に 

 先頭に立って 命がけで 闘って おられた 


  そうして 108歳の 天寿を まっとう された。


  

母と子と法悦

     

   「 母が子を 抱(いだ)く姿は 法悦に似て 」  虚空
 

  青春の頃、師の座禅会のほかに他の禅会にも通い 座っていた。

 臨済禅と曹洞禅の何れにも接して見たいとの思いと、居士として

 独りで座禅するには、あまりにも未熟であり難し過ぎ、共に座る場

 所を得たかった。


  そんな頃、ある禅会に招かれて来られた

 三島 龍澤寺の中川宗淵老師に、


 世話役の先達から


  「禅に真面目に取り組んでいる若者です」と、紹介されること

 となる。
 

  そして 聖僧とまで言われた師の五十歳後半時の姿を 拝した。
  
  私が俳句として目標とする

  「秋ふかく 石がささやく 石の声」

 などの秀句を詠んだ優れた俳人でもある。 


  師は揮毫しておられた。

 しばらくは、筆を止めずに 書に集中しておられる。

  書を終わられた。


  その時、私は法悦を見た。
 
 体の周りから芳香が立ち上る

 赤ん坊のような 柔らかい日差しのような 
 
 老師の取巻く空間から 夏の陽炎が揺らぐような
 
 嬉しくてたまらない満面の笑み 

 オーラに包まれる光景

 気取りのない気品

 後光さす姿  


  師は書き終えると、

 無垢な娘のような、思春期の娘さんが笑い転げるような笑みを、

 その笑みを私の方へと投げかけてくれた。

 無言であった、 
 

  拝すだけで幸せ感が与えられる仏の姿を見た、確かに見た。


 こんなになれるんだ、こんな世界があるんだ、行って見たい、見て

 見たい。

 私は、仏の心を習得すれば、人は 仏なんだと、

 確かに、しっかりと受け取った。


 求道心が高揚したことを覚えている。


  師は、何事もなかったかのように、次の色紙に目を移し揮毫を再

 開した。






  この光景を、 神々しい眩さを、後に 妻がその子を抱く姿に

 見た。
 

  一の姫が産まれたのは、雪の日であった。

  勤めを終え 産院に 駆け参ずると、

  妻は満面の笑みを浮かべて 子を抱き授乳している最中であった。
 
 
  娘を抱き授乳する姿は、唯我独尊で 誰にも侵すことのできない

  異様とも見える空間を形成していた。


  やはり後光が射していた。

  近寄りがたい神聖な光景を見ているかのようであった。


  聖母マリアが 我が児 イエス・キリストを抱く聖母子像の図像の記憶

  から連想されたのかも知れない。


  私はしばらくその神境に入ることができなかったことを、

 覚えている。


  娘は母の胸に身を委ね、一体となり眠りながら乳を吸っていた。




  後に、有袋類特有の超未熟なカンガルーの赤ん坊が、

 産まれてすぐに 芋虫のような体で這って、母のお腹の袋の中まで辿り着き

 乳房をくわえ、やがては唇と乳房が吸着、融合したままになる映像

 を見た。
 

  この時にも、命と それを突き進めるエンジンのような魂を 見て、

 同じような 神々しい無量の感慨にふけった。



  このようにして、子らは 母と一体となり育っていくのである。
    
      

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