|
|
一期一会の師
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
|
|
若き日 禅会で、 「ゆっくりしいや」 の言葉に でっくわした 悟りたく 血気盛んの 時だったから、酷にさえ 聞こえた でも 今 、いや これからも 一番大事な 言葉 だと 思う 90歳過ぎた頃の この なんとも いえない おおらかな 傑物 と 「もう歳やし、二度と お目にかかれんやろし この縁 を 大切に」 と それでも、柔軟体操を 自ら披露したり の 大サービス も やわらかな 男風京都弁を駆使しての、こころに 染み入る 提唱だった ただ 自然で あれ と いう ような こころの おもむくままに 生きろと と いう ような と 言いつ 自らは、その後も 老人福祉 と 京都の景観保護 に 先頭に立って 命がけで 闘って おられた そうして 108歳の 天寿を まっとう された。 |
|
「 母が子を 抱(いだ)く姿は 法悦に似て 」 虚空 青春の頃、師の座禅会のほかに他の禅会にも通い 座っていた。 臨済禅と曹洞禅の何れにも接して見たいとの思いと、居士として 独りで座禅するには、あまりにも未熟であり難し過ぎ、共に座る場 所を得たかった。 そんな頃、ある禅会に招かれて来られた 三島 龍澤寺の中川宗淵老師に、 世話役の先達から 「禅に真面目に取り組んでいる若者です」と、紹介されること となる。 そして 聖僧とまで言われた師の五十歳後半時の姿を 拝した。 私が俳句として目標とする 「秋ふかく 石がささやく 石の声」 などの秀句を詠んだ優れた俳人でもある。 師は揮毫しておられた。 しばらくは、筆を止めずに 書に集中しておられる。 書を終わられた。 その時、私は法悦を見た。 体の周りから芳香が立ち上る 赤ん坊のような 柔らかい日差しのような 老師の取巻く空間から 夏の陽炎が揺らぐような 嬉しくてたまらない満面の笑み オーラに包まれる光景 気取りのない気品 後光さす姿 師は書き終えると、 無垢な娘のような、思春期の娘さんが笑い転げるような笑みを、 その笑みを私の方へと投げかけてくれた。 無言であった、 拝すだけで幸せ感が与えられる仏の姿を見た、確かに見た。 こんなになれるんだ、こんな世界があるんだ、行って見たい、見て 見たい。 私は、仏の心を習得すれば、人は 仏なんだと、 確かに、しっかりと受け取った。 求道心が高揚したことを覚えている。 師は、何事もなかったかのように、次の色紙に目を移し揮毫を再 開した。 この光景を、 神々しい眩さを、後に 妻がその子を抱く姿に 見た。 一の姫が産まれたのは、雪の日であった。 勤めを終え 産院に 駆け参ずると、 妻は満面の笑みを浮かべて 子を抱き授乳している最中であった。 娘を抱き授乳する姿は、唯我独尊で 誰にも侵すことのできない 異様とも見える空間を形成していた。 やはり後光が射していた。 近寄りがたい神聖な光景を見ているかのようであった。 聖母マリアが 我が児 イエス・キリストを抱く聖母子像の図像の記憶 から連想されたのかも知れない。 私はしばらくその神境に入ることができなかったことを、 覚えている。 娘は母の胸に身を委ね、一体となり眠りながら乳を吸っていた。 後に、有袋類特有の超未熟なカンガルーの赤ん坊が、 産まれてすぐに 芋虫のような体で這って、母のお腹の袋の中まで辿り着き 乳房をくわえ、やがては唇と乳房が吸着、融合したままになる映像 を見た。 この時にも、命と それを突き進めるエンジンのような魂を 見て、 同じような 神々しい無量の感慨にふけった。 このようにして、子らは 母と一体となり育っていくのである。
|
全1ページ
[1]





