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なにでもないもの − もう一つの 揮毫の色紙 − (森田療法 京都三省病院 宇佐晋一院長に頂いたもの) 日本語の正しい表現を廃して 語っているもの 子供が書いたような 金釘流で 曲がりくねって 真っ直ぐな 字体 あきない言葉 あきない字 壁に 無造作に 貼り付けて いるけれど 三十年を越して 眺めても あきることは ない 「あるがまま」 で済むのに それでは 読み流される 如く 公案風に 引っ掛かる表現をし しかも 現実直視せよと 促す 否定の否定で 残るものは ^ 時には 「なにでもないもの」でないもの は あるだろうか と 逆にして 探った ことも かくしている 内に 論理が 討ち死にして 生き残ったもの それは 「なにでもないもの」 だった ものであり ことであり 思いである 今の事象であり これが 真なるもの あるというのか ないというのか すら 不用不明 日本語として 態をなさない言葉で 言いたいこと これが あるがままの姿であることに気づくまで 幾年月が 流れた 我が師 井上義衍老師は このことを 「ありながらない ないながらある」 と 有無を 抱合した世界として 語って くれた 有無の世界にあって 有無の束縛を離れた世界 論理や 概念を 超えた 自由な世界 知れば、心が す〜と 楽になる言葉 目の前の 湯飲みも かくして 何となくして しかも 歴然と ある事実 自分のために 居てくれる ありがたさ 論理を廃して 見渡せば 何でも あるわ あるわ わんさと あるわ 心もしかり こだわりを廃せば 「今鳴いた烏がもう笑う」ように どの心も 大切な 真実の 今の 自分のこころ 厭うべきものは ない さて それを踏まえて 如何するかは 次なるステップだ けれど 残すもの 高校生の頃、父の書棚から 内村 鑑三氏「後世への最大遺物」なる 著書を取り出して読み、 ふん! やって見なければ 分らないじゃないか と、無視した 記憶が 今になって 蘇る 女房は、子供たちを仕上げた 満足感 充実感 安堵感 が あると 言う 男は、いや 俺と言う男は その実感なんて 皆無に近い ここにきて、「後世への最大遺物」とは と提起された 人生の「目的」と 「具体的成果」を 自らに問う 事態に 戸惑う 何を今更と 思いつつも 身を責めくる 内村 鑑三氏は、金か 事業か 思想かと 推論を展開し、 「何人にも遺し得る最大遺物 それは高尚なる生涯である」 と 結論づけている 公理と定理 子供の頃 数学で、初めて 証明不要な公理と 証明を要す定理 の この違いを知った時 こう覚えた 「定理は 精々 北極熊だ! 氷の上のもの」 だと 安気に 暗記した気憶 が こんな言葉が 新たな悩みとなることを 知りもせず 科学 信仰においての 公理とは と 気になり 入って 行った 原点を 求め 源泉志向の 独り旅へと 独り 人は 多くの人の中で 独りで 生きている 自分を 生きるとは こんな 感覚 だからこそ 人は ひとと 仲良くしようとするのでは ないだろうか 江戸川柳にもある
「 屁をひって おかしくもなし 独り者 」
集団の中の独り を 感じやすい人 ナイーブな 心の持ち主は 損な性 私も その中の 一人 だ〜〜 三昧 大体、「夢中」になるという 言葉が いけないんです! 「熱中・集中」していても、夢ん中じゃなく 周りのこと は 結構 見え てる もんね ♪ |
一発芸
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ー 最初に 自書では ありませんので − 何でも句風に 冬空の満月を眺むるも 是れ一興 なれど 「 窓を拭く 晴朗の月 天に有り 」 「 窓を拭く 天晴朗なり 真円の月 」 との 説明句から 「 窓を拭く 虚空晴朗 天空の月 」 虚空 へと、 実写・実感から 形式美へと 正解のない世界を 独り 旅す 冠句は 好みだ こんな 自家薬籠中の遊び心も また風流ぞ 俳句でも川柳でもない 格調を重んじる句での 表現 残り十二字で 漢詩の持つ 風情をも 醸し出せる 韻に縛られるほど 本音が 抽出される ような 気もする 何でも都都逸風に 丑三つ刻に、酔っぱらった 厄の神と貧乏神が 仲良く肩組んで 遊びに来やがったので 言って やった 「 望みゃ〜しないに 出てきちゃ困る ほんに おまえら おならのような 」 虚空 どこの ど、どいつだ こんな 都都逸を 詠ませやがる やつは こんな せっぱ詰まった 心境 なのに 何でもパロディー風に 「 友を選ばば 熟慮して 医者や弁護士 坊主だよ 」 虚空 なんて やや 吹っ切れて 駄洒落心が 戻って来たようだ 川柳で 誤魔化していた昔 も あった が 時事川柳での 自己主張や 遊び心をも 今では 否定しているけんど 何でも禅語風に 自室に「独座大雄峰」なる揮毫の色紙(昔、森田療法 京都三省病院 宇佐晋一院長に頂きました) ー写真添付ー 僧、百丈に問う、「如何なるか是れ奇特の事。 丈云く、「独座大雄峰」(碧巖録) 唐時代の百丈禅師が 修行僧の「此の世で奇特なこと(真実)は?」 との問に 答えて、 「オレが大雄峰(百丈山)なる此処で座って居る そのことだ」 だって、 私はソフトだから、 「 オレは オレを オレでしか 使えない 」 んだぞ! と 空元気で 頑張っております 「人は牛を水辺に連れて行けても 水を飲ますことはできない」 と いう 言葉も あります 何でも駄洒落SS風に オレはモテル男だった、梅子とのデートの後 花子とも シアワセ だった でも、或る日 梅花が ハチアワセ て オレは フシアワセに なった ー 万屋は 決する処 何んにもできず 終わる 定めか ー |
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悩み多き年頃 ー 燻り症候群から立消え症候群にならないように − 何故か 大震災の後遺症で 悩んでいた 私は、自室のテレビが落ち、また 改装途中の大工さんが借り出され て 中断した だけ 娘夫婦は 購入契約したマンションの壁にひびが入り、解約するかで悩 んでいた だけ だった それだのに 思い出し 考え込んで、行動が完全停止状態に なった 被災された人への同情なんて 他山の火事を見るような 人並みを超え ることはなかった許せない自分が 立ち現われ 己を 罵る 役立たずの自分に 無性に腹立てつ その中に いた 色んなことが 自分の中で 風化していく不満 三年前までは まだ真面目に 反応して 記事にしていた のに 自分の心のことは 済ませた でも 社会性との 大きな 隔たり 何のために 生きるのかと いう 問題には 自分自身に 答えていない 社会性を 失したら 生きる価値なんて なくなる だろう 人生は芸術也 ー 父への思いのことも出現した − 父が 75年程前に 創った 言の葉 「 人生は 芸術である 」 人生は 自らで 創造していくもの と ここに来て そう 思う 後に さる宗教団体が この言葉を モチーフにしているのを見て 父は 苦笑していた 兄弟 ー 珍しく 兄との子供の頃の思い出にも浸っていた − 極貧の教員住宅で、高三の時でも 兄貴と一つの煎餅布団で寝てた 兄貴は2浪生で、受験生が 二人で同衾していた状況だった 私は 夜中3時まで 勉強してから、暖かくなった布団に滑り込むの が常だった 時には 当たり合う肘を どちらが上にするかの戦争しながら 眠りに入っ てたものだ 貧乏の得、兄弟の絆は こんなことで 育って行った ようだ それでも、個室なんかなく プライバシーもなく 私は柔道と映画狂で、富田常雄氏作「姿三四郎」の本に、マスナケンノスケ が主役で、時の主役級映画俳優で配役して書き込み 独りで悦に入っていた でも、それを 見られて 敵討ちに、兄貴の書きかけた小説ノートのページを くしゃくしゃに して やった ことも こんな 戦いも 兄弟の役得 かも 詩や歌や句 ー 韻文のことも − 曖昧で 思わせぶりで 詠む人の 感情に 託すことが できる でも 本当の自分の思いは 論理文で 明確に語らなくては いけない という 何時もの 葛藤が 自分を 悩ます 体力 精神力を 超える 意欲が希薄になってきた 自分を 反省 愚痴句 − 時事川柳のことも − 「 心臓の毛 ざわざわと鳴る 政治屋さん 」 虚空 こんな人に 生まれたかった 「 参院選 虎の威をかる 雑魚わんさ 」 「 億なんて はした銭なぞ 記憶にない 」 「 政治屋は 脛に疵持ち 庇い合い 」 な〜て 駄句 が 出るばかり だ 成人式にまで 「 姿は和装 髪赤くして 心は洋装 」 虚空 悪態句は いけませんです ね 食ハラ − 女房をけなさないと心がしっくりしないので − 夜 女房が遅くまで 帰らないので、これ幸いと コンビニで 好きなもん 買って 食おうと思ってたら メールあり、 「夕ご飯 待ってな なるべく早く帰るから」 と、 あ〜 ラーメン ソーメン ワンタンメン かぎりなく 恋し |
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冬の湖岸風景 極寒の今、比叡山が目に映る琵琶湖の畔では、越冬する コハクチョウの ウオッチングで 賑わっております 小川が流れ込むような湖岸で 水草の新芽を食べるために コハクチョウは 接岸する 今日は ここ 明日は あちら と 気まぐれな こと 冬鳥を追う人々のために、コハクチョウ情報 まで も 出ております 無一物 私感 知や得を 持ち腐れにしては 意味はない ひとに ささげて 意味をもつ もの ある物はある 無い物はない 己を立てれば 不自由なものよ だからこそ 無一物中無尽蔵 に 展開 せねば 自分の望むとおり なんて 欲をかかない あるもの の 有効活用 これが 自分の価値 これが 自由 これが あるがまま これで いいじゃ ないか 伝統と伝承 焼き物の世界では、明確に 区別 されている ・ 伝統は、その基本・技術・心 を 守りながら、時代に即して 個の魂を 窯に投げ込んで いくもの ・ 伝承は、一子相伝の小鹿田焼のように そっくり 繋げいくもの いずれも大事だ けれど 人の生き方 だって 同じだと 思う でも 自分の子 孫には、 伝統や伝承を 願うと 言ったら ウチに そんな 大事なもの あるの ? って 言われるだろう そうだよね あんた達が つくり〜や 生の持続 私感 古今、俺を介して 森羅万象 が ある (生の時節) 「 願わくは 神社の道の 玉石で 善男善女に 踏まれ生きなん 」 虚空 (死の時節) 命の使い方 私の友人は 優秀な知能で 前途を嘱望されていた でも、奥さんが ひき逃げされ 亡くなった時 仕事を捨て 鬼となって 自ら犯人探しへと 探し当て 突き出した後 は もぬけの殻で 逝く 葬儀の時 父の 号泣 私は 悲しみつつも 羨ましい思いをも 感じて いた 善悪について 語る気には なれないが 生き方は 人に コーチされる ものではないとの 感しきり
娘の彼氏
三姫 みんなが それぞれ 彼を 家に 連れてきた時 私の中では 理性と感情が 喧嘩していた エンドレス テープみたいに 今は み〜んな 巣立ちして 羽ばたき 去ったから なんと この 清々する ことったら ♪ |
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来年こそ 真面目さと不真面目さとの狭間に身をおいて、自分に陶酔している感覚 をも保持しつつ、 あっという間に 一年が過ぎ、来年こそは と でも たわいない夢は あることは ある 「 来る年 鬼を笑わす 夢があり 」 虚空 無心とは 捜しても 見つからない それは 喜怒哀楽の 一つ一つが 無心 だから 例えば 運動選手が 快挙を成し遂げての コメント 「無心 に やった」 と これが 無心の 正しい表現 超有心 だった くせして 師は この辺を、「ありながらない ないながらある」 と 諭した 煎じ詰めれば 一所懸命に 何かをしている時が 無心の当体 「それなら その無を 見せてみろ」 と 更に 追求される けれど ここで 疑義をさらけ出せば 無なんか 分っていないことになる エゴイストの思い 自分を知るためには 他の人を知らなければ は 空論 自分を知れば 他の人が分かる も 空論 (所詮 論理上 精神科学上 文学上の もの か) 自分なんて 探し続けるものであって 決めるものではない 私は、夢幻であろうとも無間地獄に落ちようとも無限に捜し続ける覚悟である 常識に裏打されて ユニークなことを目指すにも 人それぞれ あり 作家星新一氏が小松左京氏を評して、ブルトーザーのような行動力と その知識欲で得た常識が、ユニークな 非常識な作品を創れる と でも 星新一氏は、自分は動くタイプでは ないと それが 人 それぞれの 奇特な才能 心の余裕は、己を見定め 己が意してこそ 得られるもの 私は、それを 自分を使いこなす とか はからう とか 表現している 煙草の想い出 学生にあっては 大人ぶる 小道具だった トリスバーへ 行っても サングラス との コンビネーション 真夜中 切れて 自転車で 駅まで 買いに、「新生」だったけど 兄貴も、単車に私を乗っけては 辺境の村の景観を見せに案内してくれたが、 煙草は 常時 離さず 運転中、煙や灰は 目に入るし 煙草ならず、 煙で とても けむそう だった 要するに ええ格好 我慢 だけ 私は、 寝煙草で、寝巻・下布団・畳の一部まで焼いて 熱くて目覚め、さて 困った 真夜中、自転車に布団を丸めて乗っけ、徳川勢と武田勢の戦いで人馬共に 落ち込んだ古戦場の「犀が崖」の谷底へと投げ込み、知らん顔を 決め込んだ 更には、 この地から 別れる記念に 煙草を止めるぞ! と 意気込み 決意し 浜松市の名刹 鴨江観音にお参りして、線香代りに最後の煙草を挿し、 私が やめられないのなら、あなたの 霊験が 足りないのだと いちゃもん をつける 自己演出過多の生き方を 笑ってくれて 大いに結構 でも、本当にやめられたのは、一の姫が 生れた その日 だった 心は 飛翔 する 学割で ストリップ劇場へ 煙り もうもう の中で、専攻してる教授に見つかったが、 「や〜」と 声かけられるも、後は お互いに集中 並んで 対等に 観賞してた なんとも おおらかな 時代 だった 煙りに反応して もやもやと 思い出が涌く 青春の頃の事 でした〜 |






