川柳と蜘蛛とお酒とおらが禅

美しく 使っていますか ひとつの いのち

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女性賛辞

 

 女房は 23才の おぼこ で 私の妻にやって来た

 紀州の山里から 湖国へと 無鉄砲に やって来た

 風呂さえもない 貧しい下宿へと やって来た


 誰一人も知らない中 頼りない私のみを 頼って

 それだのに 自分の地盤を 自(みずか)らで築(きず)いて行った


 そうして 今は 三人もの 娘を産み 育て

 孫の世話までしつつ 感謝され 便利がれ てる

 
 70才越えになった今でも 燦然として 光って いる〜


  こんな 女房に 勝てる訳 ないやんけ〜 ♪

 
 

 

紫陽花が取り持つ縁

   
 
 女房が また 友から 奇なる渋い赤色(あかいろ)の紫陽花の切花を 

 貰って来た

 
 挿し木で植えて・育てて・咲かせて 花が終わったならば 

  軸枝を切って挿し木して育てて
 
   また 別の友へ と 忙しない鳥(酉)歳生れ


紫陽花 と 仲間 とを どんどん 増やして行く 

  
  孤高の虎(寅)歳を生きる事を目指す私とは 別世界で生きている 



  私は 壊れたカメラでも 撮って見たくって やって見たくなったけど

   まだ駄目で シャッターが下りず 未遂だけど
 

    私の ささやかなる 生き甲斐なんだけど
 


  庭では 私の頭よりも大ぶりな花房のアナベルが勝ち誇る 
 

  ますます 紫陽花屋敷に なりそう だ〜  ^



   女房が 自分の好みにて ご機嫌麗しく行う事ならば 
   
   私には 何の異存すら ないのだ〜 ♪ 

 

淋しさ私感

 
 
 「 女房の 居なき夜(よ)なんか 無き如し 」 虚空

 
 孫娘が通いだした大阪の中学校では 給食完備(宅食)なのに、

 母親らの見栄の張り合いか、子供の偏食、アトピー障害 にて 

 母連らは 朝早くに起きて 子の為に らしい弁当を創り 子供に持たす 


 そうしないと、貧乏人と見做されか、正常なる母心が無いと 認定され

 母も子 も 苛めの対象 に なるそうな


 そこでだ 出番は、重宝なる ウチのおばあちゃん 

 通称 給食のおばちゃん(娘 や 娘婿 や 孫らの 愛称 ) ♪
 
 
 そんな女房は、朝早くから大阪に出向き、4、5日分のお弁当の

 ネタを 創って 冷凍・冷蔵しては 帰って来る 

 
 現役で働き盛りで気の強い一の姫は 中学生になったばかりの長女に 

 「お弁当は自分で創り持って行きなさい!」 と 突き放し 

 
 「自分の事は自分でしろ!」 と 厳しく躾(しつけ)していると言う

 だから お婆ちゃん は 大忙し だ


 だから 女房は 自宅より最寄の駅に自転車に乗り・預け、

 JRや私鉄を乗り継いで 娘の家に出向き 

 食事や洗濯物の処理を済まし、夜遅く帰って来る

 
 夜道^ もう古希だし もう〜 まさか 襲われないとは思うが^ 

 私にとっては 貴重品なのだ〜 ♪
 

 今、「ただいま〜」と 帰って来た

 私は これで 安心して ぐっすり 眠れるのだ ♪


  
 

デート日和

イメージ 1

イメージ 2

   


 久しぶりに たった一人だけなる 古希なった女房を誘って市内観光に

 行って来た

 大津市 三井寺 の 「千団子祭り」 だ

 
 知る人は知るが 知らぬ人は知らぬ 子供の成長を祝う祭り

 だからして、先着100様に 苗木が配られる 植木祭 だ

 
 弁慶が、琵琶湖岸から 大鐘を引きづり上げたとて その鐘に擦り傷もある

 そして 近江八景の「三井の晩鐘」とて、大晦日の除夜の鐘では有名である

 
 別件だけど、

 私は 若き頃 宮細工の末っ子の娘と失恋して やけくそ で 

 この鐘を 乱暴に 突(ドヅ)いた 思い出もある 
   
    
    ( 女房には 生涯内緒^ )

 

 そんなこんなや で 

 
  女房は 

 植木市にて先手必勝で花の小鉢を貰い ご機嫌だった(サルビアらしい)


  私は 私で

 これから先 自分は 人の為に 如何にして生きるべきか・・・ 否か 

 と 考えていた

  
  ( こういうのを すれ違い夫婦 と 言ふ ) ♪


 

 < 写真 >

 
  ・ 琵琶湖から 京都の南禅寺・哲学の道を経て 古都に流れる 

    その 琵琶湖疎水の入口 だ

    当時の京大工学生の 卒業研究のテーマ だった とか



  ・ 三井寺への入口

    女房殿は、踝(かかと)を骨折して まだ十分に足の癒えぬ 私に 

   何(なん)たりとも 気遣いすることもせず

    
   ゴー マイ ウェイのペースで 真っ直ぐに早歩きし 遠ざかる 
   
   
   何とか懸命に追っかける 手負いの獅子男一匹 惨(みじ)めなり ♪


  

吾が愛

イメージ 1

 

 縁なんて他愛の無いもの

 
 私は 宮細工の次女なる湖畔の娘と失恋して 当時の心は痛く淋しかった


 

 そんな時、郷里生まれの現女房とは 2度なんかも お見合いをした

 1 回目で お互いに気に入ったのに〜 ♪


 しかし、その弟が身障児である事を知り、6人姉妹である口喧しい叔母が 

 勝手に断った 

(その後、その叔母は 女房の最大の協力者になってくれたけど )



 でもね、お互いに若かったからね^ その後 お互いに他の男とも見合いを  
 もした

 
 でもね、お互いに 相手に満足せず、またも 情愛は 蘇(よみがえ)った

 
 2 度目の見合いの時^ 私の父は 道化師・太鼓持ちの役目をしていた


 私は 決した

 
 当時22歳の女房(当時は生娘)は 大阪の大学の家政科を経て 栄養士^ 

 地域学校の給食や 東京成田の自衛隊の給食指導員をもしてた

 私には 大不満だったけれど 恋人モドキの野郎も居た


 だからして 婚約しても 私は またも 不自由だった^ 

 その男性の心の緩衝時間を鑑みての 義母の 心やり ^^


 義父に命じられ、行儀見習いとかで 奈良薬師寺へ、

 また 大阪商人宅での 女中奉公 
  
 と やらされ、年中 時間厳守 だった^


 でも 私は 時折 会うだけで 楽しかった


 人の多い大阪^ 冬^ 豊中市の墓場に入り込んでは 初めて 抱き合った 

 その 暖ったかさ 柔らかさ たるや ^^


 
 後 3年弱にて 金婚の記念日 だ〜

 私は まだまだ 女房の為に 生き伸べずんば あかんのだ〜 ♪
 

  
 ( 写真;自室から観る 湖南アルプスの山、雲、街路樹、民家 ♪ )





 


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