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13時間も寝てしまいました。熟睡です。
締め切り前は気が張っているせいか、2〜3時間の睡眠でもがんばれましたが、
原稿があがったあとは、とてつもなく睡魔が襲ってきます。
無理をしていたツケが回っていたのでしょう。
おかげで楽しみにしていた「オーラの泉」のミタニンの回を見逃してしまいました(T_T)
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アシスタントたちに言われました
「センセイは日本一おしゃべりな漫画家だ」と。
おしゃべりはイカンのか?イケナイことナノカ?
ボクはミンナがタノシクシゴトデキルショクバをメザシテいるだけにゃのに。
まぁおしゃべりであることは認めますけどね。ああ認めますとも。
しかし言いたい。
今、時代に問われているのはコミュニケーション能力だと!
これは性格云々の話ではなく、社会人が身につけておかなければまらない必要最低限なスキルなんだと。
たとえば、知らない人としゃべったり、挨拶したり世間話したりできることは、社会生活を円滑にすすめるために重要なことのです。
なぜこう言えるのかというと、ボク自身が子供の頃極度の人見知りで対人恐怖症で、隣の家に回覧板を持っていくことさえできない子だったからです。もちろん人前で話すなんてもってのほか。知らない人がたくさんいるところに一人で行くなんて苦痛以外のなにものでもない、そんな人間だったからわかるのです。
もちろん、これでは社会生活に支障をきたすだけでなく、日常が苦痛に満ち溢れています。
そこでボクはあるとき「これはイケナイ」と思い、自分で自分を変える努力をしたのでした。
まず自分の思っていることを表明する。
殻にとじこもらないで、自分からまず心を開く。
これらを意識してやりました。
するとどうでしょう(ビフォー・アフター風に)
みんながボクのことに関心をもって話しかけてくれるじゃないですか。
知らない人とでも和気あいあいとできるじゃないですか。
みんなが自分のことを好きになってくれるじゃないですか。
簡単なことだったのです。
そこからの毎日はもう楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。
気がつけばボクはまるでオカンのようなおしゃべり人間になっていたのでした。
しかし周りにはボクのことを慕ってくれる後輩たちが集い、大事にされていることに気づきました。
だから、今でも極度の人見知りや無口の人に会うと、腹立たしくなります。
こちらからきっかけを与えようと一生懸命話しかけても、ぼそっと返事をするだけ。
「どうしたんだろう、つまらないのだろうか‥」と、とてもいやな気持ちになります。
それにこっちが普通の人の何倍もかなり気を遣わなければいけません。
それでクタクタになります。なぜこんなに気を遣わないとイケナイのか!と。
かりに緊張していたとしても、自分が無口でいることは、とくに初めての人の場合
そのことがその場の空気を険悪にしているということをわからないといけません。
相手に過度に気を遣わせて負担をかけているんだということを認識しないといけません。
こういう人を見ると以上のようなことから、「ああ、シャイな性格なんだな」とは思いません。
そう思ってあげられるやさしさをボクは持ち合わせていません。
シャイかどうか、人見知りするかどうか、緊張しているかどうかは関係ありません。
「コミュニケーションのスキルを身につけられてないコドモなんだな」と思うわけです。
そうボクが言えるのは、かつてボクもそうだったがそれを克服したからです。
つまりスキルとして克服できることだからです。
ちなみにスキルに性格は関係ないのです。
何が言いたいかというと、「無口」や「人見知り」は性格だからという理由で片付けたらダメだ、
それは努力してでも身につけないといけないスキルなのだということです。
ということで、ボクのおしゃべりを正当化してみました。
しかし過度のおしゃべりは、それはそれでモンダイですけどね‥反省。
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