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下描き中
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南伸坊の著書に「歴史上の本人」というのがあります。
歴史上の人物についてあれこれ調べたり考察したりした論文は数々あれど
それらは結局「後世の」「他人の目で」外から見ているに過ぎません。
つまり、その人物のことをいろんな文献や記録をつき合わせて調べても
その人物が本当にどういうことを考えていたのかは、わからないのです。
そこのところに肉薄することはできないのです。
そこで伸坊サンは考えた。
「本人になってしまえばいいのではないか」と。
対象にアプローチするのではなく、対象そのものになりきる手法。
それを実践したのが、前述の本です。
たとえば「聖徳太子」の衣装を着てメイクをし勺を持って、奈良の斑鳩の里にたたずんでみる。
たとえば「清水次郎長」のように縞の合羽に三度笠、腰に長脇差をさして三保の松原に立ってみる。
つまりコスプレです。
コスプレをして実際に現地にたたずんでみて、そのとき思ったり感じたりしたこと、
それがつまり「本人になって考えたこと」‥つまりは「本人の考え」であると。
どんなことを考えようが、本人が考えたんだから仕方がないと。
ひょっとしたら文献や記録だけでは決してわからないことを
本当に感じることができるかも知れません。
やってみないとわかりませんからね。
しかし考えたら、大河の役者さんなんかがやっていることは同じことかもしれません。
日本で一番「土方歳三」のキモチがわかるのは、歴史学者や新選組研究者ではなくて
土方役をやった山本耕二であるということは、大河「新選組!」ファンなら
容易に想像がつくことです。
南伸坊サンの本はバカバカしくて面白い内容でしたが、
実はとても深いことをやっていた‥ということに今気づきました。
そうだったのか。
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それをコスプレと呼ぶのかはさておき、理科の先生が着てた白衣を着ると、やっぱり医者とか先生とか科学者になりますからね。それは正しい。先生もナッちゃんファッションで原稿書きはいかがですか?
2006/9/10(日) 午前 7:44
それをコスプレと呼ばずになんと呼ぼう!しかしナッちゃん衣装‥‥ですか。アイデアにつまったときはいいかもしれませんな。弱音を吐きそうなときとか。ほな髪の毛を伸ばして後ろで二つにくくるか。
2006/9/10(日) 午後 4:10