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このブログをお読みの皆さんなら、 また「ナッちゃん」ファンの方ならきっとわかっていただけると思います。 ボクの趣味というかセンス。 新品のピカピカのものよりちょっとボロくて古くてシミだらけのほうが好きというセンス。 たとえばガラスとアルミとコンクリートで出来たピカピカの未来都市みたいな六本木ヒルズより 路地裏や田舎の瓦葺の木造の風景のほうが大好きなのです。 たとえば自然の中で朽ち果てそうになった古い石橋の橋脚。 戦後すぐに建てられた長屋の並んだ町並み。 木造モルタル2階建ての看板建築群。 かつては子供たちであふれかえっていたであろう朽ち果てた炭鉱の町の学校。 味わいといったらいいのか、ワビサビの心といったらいいのか そういう使い古されたり、また朽ち果てかけてたりするものに えもいわれぬ情緒を感じるのです。 で、小学3年生の頃。 工作好きのボクは、夏休みの工作で家の模型を作りました。 ちょうど納豆を包んでいたワラがあったので、それをワラ葺きの屋根に見立て バルサ材で和風の木造の家を作りました。 内部の畳や障子、襖もちゃんと作りました。 もちろん先ほど述べた趣味で。 そう、それをわざと汚しを入れてボロボロに着色し ところどころはわざと壊し、いかにもオバケの出そうな、 水木しげるの世界のようなオンボロ小屋に作り上げたのです。 小学3年生が作ったにしては、なかなかのコダワリの逸品です。 そしてそれにボクは自信を持って「ボロ小屋」というタイトルをつけ 意気揚々と提出したのでした。 しかし、おせっかいというか親切心なのか、 その提出されたボクの作品「ボロ小屋」を あろうことか担任の先生が、ボクの思いなどいざしらず せっかく頑張って作ったのにボロ小屋という名前はいかがなものかという 勝手な配慮で、タイトルを「小屋」と変えて陳列してくれたのです。 多分先生は、ボクが「卑屈な心」「自信のなさに対する防衛反応としての謙虚さ」でもって そんな名前をつけたのだと判断したのでしょう。 だから教育的配慮としてタイトルを変更したのだと思われます。 「大人はわかってくれない」 子供心にそう思ったのでした。 もちろんとてもいい先生でしたよ。もう亡くなりましたけど。
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じゅんさん、こんばんは(^^)
私も全くの同感です。
六本木ヒルズを美しいとは思いませんし、コンクリート打ちっ放しの家を建てる感性も理解出来ません(笑)
センスや流行を追うのも良いのですが、昔の建物や街並みに感じられた『品』を感じられるものが少なくなったのが寂しいですね。(ボロ小屋もボロの部分こそ大事なんですけどね。)
建物のデザインも画一化が酷く、それこそ、わびさびの世界など感じられなくなりましたね。
清濁併せのむ懐の深い世の中であって欲しいと切に願います。
2007/9/18(火) 午後 9:55
>銀盤詩人さん
わかってくれましたか、この気持ち。
日本の景観はそりゃあもうひどいもんですからね。
いくら世界的建築家かなにか知りませんが、ボクもあのコンクリ打ちっぱなし建築は嫌いです。
雑誌でいうと「新建築」に載ってるような、建築家がアートに走ったような自己満足の建築物。全然魅力を感じません。
しかし70年の万博のころ、モダンでSFチックなな建築様式が流行り、町にあふれましたが、今見るとそれもいい感じに味わいが出てるのですよね。発酵したんでしょうか。(^^)
あの忌まわしい打ちっぱなし建築も、50年も寝かせれば味わいが出たりして。
2007/9/18(火) 午後 11:39
そこまでの趣味人じゃないんですが、僕も、子供の頃から路傍の風化しかかった石仏とか、くたびれた古いお堂とか、仏像とか、なんだか古びたものがとっても好きでした。
おかげさまで大学時代は古美術系のサークルに属しておりました。
その嗜好は今も変わりません。うらびれた路地裏などを徘徊するのが大好きです。
さらには、我が娘が古い民具とか道具とかに、いたく興味を抱く性格でありまして、こういう趣味はどうやら遺伝するらしいと笑っております。
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2007/9/19(水) 午後 7:43
>もちさん
なんだ。やっぱりみんな古いもの好きなんじゃないですか。
路傍の古い石仏、古いお堂‥‥いいですねぇ。しみじみ。
そういえば戦後のGHQの支配下の日本で
日本家屋を借り上げた米兵は
せっかく苔むしていい感じになった石灯籠を
あろうことかワイヤーブラシでゴシゴシこすり
ピカピカにしちゃったそうです。
わかってないなぁ。
2007/9/19(水) 午後 8:57