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藤沢にある遊行寺(ゆぎょうじ)の看板。 この踊り念仏という言葉になぜかぐっと惹かれました。 歴史の教科書の鎌倉仏教のところで見た記憶しかなかったのですが まだ今に生きていたんですね。 この遊行寺は一遍上人の開いた時宗の総本山で 阿弥陀仏を信仰する浄土宗の流れです。 時宗や浄土宗、浄土真宗では念仏ということが大事だとされます。 念仏とは阿弥陀如来を念ずることです。 浄土宗では観想念仏ということが言われ 阿弥陀様や浄土をより具体的にイメージすることが大事で 具体的にとはつまり形にするということで 宇治の平等院鳳凰堂などは、その浄土を具体的にイメージするために作られたものです。 浄土真宗ではその教えを 「南無阿弥陀仏とたくさん念ずるだけでいい」→「いや、たくさん念ずる必要は無い」 →「いや、なにもしなくてもいいんジャマイカ」という風にラジカルに変革しました。 ま、浄土真宗の話は置いておきます。 時宗は「南無阿弥陀仏」と口に出して念ずることがよいとされました。 しかも1日のうちに時間を決めてやる。その人たちを「時衆」といい その宗派を徳川時代に「時宗」と呼ぶようになったらしいのです。 ムツカシイ説明はこのくらいにして、「踊り念仏」ですよ。 なにかユーモラスなこの響き。 同じような宗教と芸能がごっちゃになったユーモラスなもので 阿呆陀羅経(アホダラキョウ)というのがありますが (映画「ドグラ・マグラ」で桂枝雀演じる博士が演ってます) それに似たユーモラスな響きのする魅力的なこの言葉。 踊り念仏とは鉦や太鼓を打ち鳴らし南無阿弥陀仏を唱えながら集団で踊る行為ですが アフリカ由来でカトリックと習合した中南米の宗教(多神教) キューバのサンテリア、ブラジルのカンドンブレ、ハイチのヴードゥーにある 宗教行為としてのダンスと同質のものです。 鉦や太鼓が奏でる同じリズムの無限のループの中で踊り続けながらだんだんトランス状態になる。 ヴードゥーなどではそれを神が降りてきて憑依した状態(オブセッション)とみなします。 つまり今のクラブで若者達が熱狂するトランス音楽と同じなのです。 それはもう鎌倉時代の民衆は熱狂したでしょう。 そう考えると時宗は鎌倉時代のエイベックスかもしれません。 エイベックスなら「namman-Dub Dance」とかカッコつけた、 ダブ−トランス−テクノにするでしょうが。 もちろん盆踊りのルーツもこの踊り念仏です。 昔は盆踊りと言えば村の男女の出会いの場、 茂みに連れ込んでエッチなことに及ぶ場として機能していましたが 現在のクラブと本質的には似てます。 なんか「踊り念仏」にがぜん興味がわいてきました。
やりませんけど。 |

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