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関東に出てきて思うことですが 鎌倉を除き、近場に江戸時代以前の歴史を感じるところ(神社仏閣その他遺構など)が 比較的少ないのが、歴史好きとしては少しさみしいところです。 あるところにはあるのですが、あんまり身近じゃないのです、関東では。 出身地の和歌山(南紀)や学生時代住んでいた大阪などは、 すぐ身近な寺や神社の創建が飛鳥時代だったり奈良時代だったり‥ そんな古い古代から続くような寺社が、考えたらわんさかあるのでした。 実家の近くには古代に歌に詠まれた温泉やら、平安貴族に信仰された熊野やら 弘法大師の建てた寺やら、源平の合戦で活躍した熊野水軍やら、 その熊野水軍が源平どちらにつくかを闘鶏で決めた神社やら 武蔵坊弁慶が産湯を浸かった釜やら‥そんなものがそこかしこにあるのでした。 今住んでるところは近くに縄文〜弥生時代の集落の遺構はあるのですが いわゆる歴史時代になってからの遺構や寺社などはほとんどありません。 ま、かわりに新しいものはなんでもあるので、日常的には便利なのですが 歴史好きには少し物足りないかもしれません。 (もちろん今住んでる横浜には、幕末以来の歴史的なものはわんさかあります) で、東京や横浜では考えられないようなロマンあふれる話をひとつ。 小学校4年の同級生に、物部君という子がいました。 彼については、当時流行っていたローラースルーゴーゴーという遊具を 買ってもらっていたという羨ましい記憶しかないのですが、 そんなことはともかく、苗字が物部(もののべ)ですよ。 また、中学1年か2年の同級生に(ちなみにウチの小学校の8割はその中学校に上がります) 蘇我君という子がいました。たしか曽我ではなく蘇我でした。 当時はそんなに古代史に詳しくなかったので、以上のことがどんな意味をもっていたのか 全然わかっていませんでしたが、これ、考えるとすごいことですよ。 古代に覇権を争った二大勢力、物部氏と蘇我氏の末裔が同級生なのですよ。 由緒ある古代豪族で、飛鳥時代には廃仏派の物部氏VS崇仏派の蘇我氏として戦い そして蘇我氏に負けて没落する物部氏、 そして権勢を誇るも、のちに例の大化の改新で滅ぼされる蘇我氏‥ その末裔が同級生という事実! なんというロマン! そのことをかつてのライバル物部守屋と蘇我馬子が知ったらどう感じるだろう‥ そう考えただけでなんだかワクワクします。 これで一本ジュブナイル小説が書けそうです。 まぁ本当に末裔かどうかはともかく(物部君のほうは明らかに末裔だと思うけど) こんなことは関東ではまず考えられませんよアナタ! ちなみに四国などもそうですが、和歌山も平家の落人部落が多くあり それと関係あるのかないのか知りませんが、平(たいら)姓の同級生がいっぱいいました。 のちに都会へでてみると、藤原さんは全国的に多いけど(藤原氏と直接関係あるかないかは不明) 平さんて案外少ないのでした。 やっぱり西日本は古代と直接つながっている感があります。
(´〜`) しみじみ‥‥ |

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言われてみればそうかも。田舎(携帯も圏外になる山の中)に行ったら、家のすぐ前が「昔、平家の人が落ちのびてきた場所」とかいうのがあったし。実家からよく1人ドライブで行ったのは高野山だったし。だけど同級生の名字にはそんなスゴい人居なかったかも?
2007/12/15(土) 午後 2:47
>れしぷろさん
そうでしょ、関西や西日本ってそうなのですよ。歴史的遺産がフツーにころがっているのです。高野山から熊野にかけての紀伊山地は世界遺産でもありますからねぇそういえば。
苗字ですが、平さんはいませんでした?うちの同級生には何人もいましたよ平さん。大阪で会った平さんは聞くと南紀の和深出身でした。
2007/12/15(土) 午後 5:46
じゅんさん、こんばんは(^^)
江戸は、大御所(徳川家康)が開拓するまでは、単なる東の果てのど田舎でしたからね。(太田道灌が土台は作ってましたけどね。)
故に、太古からの歴史浪漫を語るに際しては、西に見劣りしてしまうのは、仕方がないのかも知れませんね。
ただマメに見ていくと、結構、色々とあるにはあるんですけどね(笑)
しかし、物部君と蘇我君のエピソードは凄いですね(O_O)
これで、中大兄(なかのおおえの)君がいたら、完璧ですね(笑)
2007/12/16(日) 午前 0:31
>銀盤詩人さん
とくのボクが今住んでるあたりなどは昭和50年代ぐらいまでは野っ原と雑木林と畑しかなかったようなところですからね。古代には都筑郡衙というのが置かれていたらしいんですが、面影はありません。
物部君と蘇我君、ケンカでもしてたらもっと面白かったんですけ、なんちゃって。
中大兄は皇族というか皇太子の名前ですから苗字やないし。
でも直系じゃないとしたら数学的に考えたら天皇の末裔なんて、それこそ日本中に腐るほどいる計算になりますね。
しかしボクは「田中」なんて何の面白みもない苗字なので、由緒ある珍しい苗字の人がちょっとウラヤマシス。
2007/12/16(日) 午前 3:45
↑
2行目 とくの→とくに
5行目 面白かったんですけ、→面白かったんですけど、
訂正して謝罪します。
賠償はカンベン。
2007/12/16(日) 午前 3:50
たしかに、関東というか東京は遺跡系が少ないですね。
三浦半島なんかまでいくと結構土器なんかがゴロゴロ出てきて、
うちの職工は学生時代にアルバイトで発掘していたとか言ってます。
私の生まれたところは古代海だったとかで、貝塚なんかが近くに
あったりするのですがその昔授業で習っての帰り、
うちの庭を遊びで掘ったらアサリやらシジミやらがうじゃっと
埋まってたりしてびっくりして翌日学校で「うちも貝塚あった!
」と自慢げに報告たらよく聞くとばあちゃんが植木の肥やしに
まいてた・・・って。
東京は江戸幕府開闢の折の陰陽道なんかの史実が楽しいです。
[ (有)ふじさん ]
2007/12/16(日) 午後 6:16
>ふじさん
関東にも縄文や弥生の遺跡ならポツポツあるのですが、大和〜飛鳥〜奈良〜平安となるとないですね。関西の場合、遺跡じゃなくそのものが残っていたりしますから。
江戸幕府開闢の折の陰陽道といえば天海僧正でしたっけ、明智光秀と同一人物説のある。ああゆうの面白いですね。
ボクは松尾芭蕉隠密(忍者)説&服部半蔵同一人物説が好きです。
2007/12/16(日) 午後 7:40
平さん・・・平君・・・居なかったなぁ。和歌山独特の名字と言えば、得津君なら居たんやけどなぁ。あれ? トクツで一発変換されなかった(笑)
2007/12/18(火) 午後 11:30
>れしぷろさん
得津君はいなかったなぁ。れしぷろさんは紀北(一発変換できない)の出身ですか?ボクは紀南(一発変換できない、南紀なら変換可)出身ですからね。紀北だと畿内に近いから平家の落人も安心できなかったのかもしれませんね。たいがい山奥の辺鄙なところに隠れ家のようにある集落ですから。
2007/12/19(水) 午前 0:36