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ネームでずっと部屋にこもっているので、なにも書くことはないのですが、なんか書きます。
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このあいだから司馬遼太郎のエッセイを面白く読んでいました。
で、ふと気がつきました。
なんとこの文章、ボクが生まれる前に書かれた文章じゃないかと。
そんな40年近く前の文章だというのに、その社会に対する分析が
今読んでも全然古くないのに驚きました。
だいたい社会批評や社会分析というのは、
その当時の主流の考え方に大きく影響されます。
戦前だと皇国史観、戦後だとマルクス史観というふうに。
時代の色眼鏡とでもいうのでしょうか、多かれ少なかれ影響を受けているものなのです。
しかし司馬センセの文章には、それがあんまりないんですよね。
歴史というものを俯瞰で見ているからでしょうか。
イデオロギーで見ると、すべてのことがそのイデオロギーに都合のいいように解釈されます。
でもそれは結局「そういう見方もできる」という程度のものなのです。
それがいくら論理的に正しくても、それは一方向からみた一面でしかないのです。
ものごとというのはいろんな面があって、ひとつの見方だけですべてがわかるようなものでは
決してありません。
そういうことを司馬センセイに教えてもらった気がします。
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