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なにやらこのあいだから急に訪問者の方が増えたので、期待に沿えるようになんか書きます。
自分の昔を振り返ると、ちょっと変わったコドモだったような気がします。
まずボクのような田舎育ちの人間の場合、男の子といえばたいてい「野球少年」なのですが、
しかしこれは父親の影響か(父はほとんどTVで野球を見ない人だったので)
ほとんど興味がなく、また知識もなかったので、それはそれは肩身の狭い思いをしたものです。
田舎の子は「野球に興味が無い」=「男じゃない」ということで馬鹿にされるのです。
しかも男の子のくせにピアノなんか習っていたせいで、また自分の名前か「じゅん」という
男か女かわからないような名前だったので、また女の子のような顔をしていたので、
そのことについてとてもコンプレックスがあったのでした。
しかも行っていた保育所が、漁師町の中にあるようなところなので、当然そこに来る男子たちも
まるでオッサンのような言葉遣いの荒くれモノばかり。ロボットのおもちゃなんかで遊んでいると
コドモっぽいと馬鹿にされるような環境なのでした。
これでは孤立して疎外感を味わうのは当然です。
しかもコドモの癖に寺社仏閣や仏像が好きだったりする変な子でしたから、気の合う同世代の子なんてあまりいませんでした。それで野球なんかするより、模型を作ったり、絵を描いたりすることのほうが大好きな少年でした。
こんな子は、人間の価値観の種類が少ない田舎では浮きます。
だからいつも一人で自分の世界を妄想していたような気がします。
その妄想とは、たとえば中国の道教の世界のような極楽世界だったり、ギリシャの神話時代の世界だったり、SF的未来社会だったり。ヤシの葉が茂る熱帯の楽園だったり。
そういうことを考え合わせると、自分が漫画家という職業を選んだのは、必然だったかも知れません。
しかし‥‥この仕事は想像以上に大変なんですよねぇ、これがまた。
こんなに頭を酷使する仕事だとは思っていませんでした。
そんなことを、少年時代の自分に言ってやりたい。
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