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更新があいてしまいました。 ずっと部屋にこもって原稿をしていたので、とくに書くこともなかったのです。 そんなわけでただいまペン入れ佳境。 毎日やってるビリーのおかげで肩コリもありません。 しかしなかなか体重は落ちません。(´・ω・`)ショボーン --- 「東急」「京急」「相鉄」 これらは本来の会社名の略称あるいは通称ですが ほとんどの人はそれがそれぞれ 「東京急行」「京浜急行」「相模鉄道」の略であることがわかります。 しかし世の中にはそれが元は何の略だったかわからないものもあります。 備長炭。 ウバメガシというとても硬い密度の詰まった木を使って作った 安定的な火力を得られる炭の最高級ブランドですが (うちの田舎の名産。紀南は梅干だけではないのです) なぜ備長炭なのか。 それを初めて作った人が備中屋長衛門という人だからです。 つまり備長さんが作ったから備長炭。 DHC 化粧品や健康食品で有名なこの会社。 これが実は大学翻訳センターの略だとは! この社名の由来を知ったときは いかるが牛乳が奈良の斑鳩とは関係がないと知ったときの驚きほどではありませんが 三菱鉛筆が三菱グループではないと知ったときと同様の驚きがありました。 (以下、驚きを表すのに「三菱鉛筆三菱グループではないと知ったときの驚き」を 「驚き」の尺度を表すひとつの指標とさせていただきます) もともとは大学の研究室向けに洋書の翻訳を引き受けていた会社だったようです。 これはあまり知られてない意外な事実。 現在でも翻訳の仕事はしているそうです。いや意外意外。 三越 これは知っている人も多いかもしれません。 もとは越後屋という呉服店だったということ。 創業したのが三井財閥の祖の三井さん。 で三井越後屋で三越。 伊勢丹 ついでに伊勢丹も調べてみました。 これは小菅丹治さんという人が始めた伊勢屋丹治呉服店がそのルーツ。 日本のデパートはほとんどが呉服店だったのですね。 しかし話はズレますが、ここでデパートのことを調べていて面白い事実を発見しました。 俗に二大平八郎といわれる(というか今勝手にボクがそう言っているだけですが) そのうちの一人大塩平八郎が(もうひとりはモチロン東郷平八郎) 重要なキーパーソンとして日本の百貨店業界の歴史にかかわってくるのです。 1691年 大坂・高麗橋一丁目に越後屋大阪店と両替店を開設。 1837年 大塩平八郎の乱で大阪店が襲撃され全焼。 1726年 京都市伏見区の呉服店 大文字屋が大阪心斎橋に進出。 1728年 名古屋本町に名古屋店を開き、「大丸屋」(のち閉鎖)と称した。 大塩平八郎の乱では、「大丸は義商なり」と焼き打ちを免れたという。 三越と大丸 そして大塩平八郎 この面白いかかわりは三菱鉛筆三菱グループではないと知ったときの驚きを ちょっと越えたぐらいの驚きでした。 でもいかるが牛乳が奈良の斑鳩とは関係がないと知ったときの驚きほどじゃ ないんだよなぁ。 しかし書いていて論点のハッキリしない
何を言いたいのかわからん内容になってしまいました。 久々の更新やからなぁ。 |

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