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50年代、先細りの細身のズボンが、横須賀の米軍(進駐軍?)あたりから入ってきて 大いに流行しました。 当時ペレス・プラードのマンボがアメリカと日本で大流行していたのとあいまって それはマンボ・ズボン、横須賀から流行ったのでヨコスカ・マンボ・ズボン 略してスカマンと呼ばれました。 昔、横須賀の米軍放出品のパラシュートの生地を利用して そのパラシュート生地でスタジアムジャンパーが作られました。 アメリカ人が喜びそうな日本風の派手な刺繍を背中にほどこして。 それはヨコスカ・ジャンパー、略してスカジャンとよばれ いまでもロッカーやバイカーに愛されています。 今でこそ仙台名物のタンですが もとはアメリカ軍が初めてテールスープ用に横須賀に持ち込んだもので 米軍向けのレストランから市民にも広がったものです。 これをヨコスカ・タン、略してスカタンといいます。 三つ目はウソです。 さて、この横須賀で発見したヨコスカ・マイコン。 略してスカマイですか。(←略さんでええ) お店の設立時期が名前からうかがえます。 きっと80年代初頭、パソコンがまだマイコンと呼ばれていた時代でしょう。 世の中がパソコンになっていても決してヨコスカ・パソコンとすることなく 初志貫徹している姿に感動すら覚えます。 しかも左の看板にはでっかくワープロの文字が。 もうワープロ専用機など消えてなくなってしまったというのに その保守的な姿に感動すら覚えます。 しかも入り口には 「ワープロサービス承ります」の看板と 「熟年パソコンコース(これはパソコンなのね)」の貼り紙が。 まだまだ熟年相手に現役なようです。 思うに設立当初はきっとマイコン少年相手の時代を先取りしたお店だったと推測されます。 今は熟年相手にワープロやパソコンを教えたり、昔あった「和文タイプ屋さん」のかわりに ワープロ入力サービスなどをやっているのでしょう。 たくましく生き残っている姿に感動すら‥(以下略)
まだまだこれからも現役で頑張ってほしいお店です。 |

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