ボクは車で東京稲城市から横浜戸塚の自宅に帰る途中でした。
いや途中で港北ニュータウンに寄って友人と食事をする予定だったのです。
黒川から柿生に抜ける道、スーパー銭湯の湯快爽快くりひら店の前あたりを走っていた
3月11日(金)午後2時半ごろ、それは起こりました。
ハンドルが急に効かなくなって、タイヤが飴のようにグニャグニャになりました。
いやアスファルトが飴のようといったほうがいいのか。
とにかく運転中の車が左右にグニャグニャと大きく揺れ出したのです。
こんな経験は初めてです。
な…なんだこれは!パンクでもしたのか?あるいは強風にでも煽られたか?
横を見ると電線が揺れています。やっぱり強風か?
窓を開けてみた。あれ?風なんか吹いていない?ん?なんだこの揺れは!!
地震でした。
とにかく食事をする予定だった友人に連絡をしよう。
しかし携帯は全くつながりません。
あわててNHKのラジオを確認しました。
なんか想像していたのよりかなり大きな地震だったようです!
そりゃそうだ。
関東地方で普段から起こっている地震程度なら
車を運転中なら気付くことはまずありません。
「え?地震あったの?」って感じです。
しかし今回のは運転中の車さえグニャグニャと揺り動かす大きなもの。
これは友人とは連絡が付かないけれども
まず自宅が心配だし、留守番しているキジちゃんも心配だ。
予定を変更して家に帰ることにしました。
ラジオを聴いていると、三陸沖を中心に甚大な被害が出ているようです。
しかしラジオです。テレビではないので視覚的な情報がわかりません。
電話も通じず、テレビも見れず、車の中に一人で不安ばかりが募ってきます。
しかしツイッターはつながります。
こんなときにツイッターが大活躍するとは思いもよりませんでした。
自分の安否や友人の安否の情報、励ましあいなどが次々やりとりされます。
これでずいぶん救われました。
「自分一人じゃない」
そういう感覚って、こういうときに精神的支えとしてとても大事です。
ものすごい渋滞の中、なんとか港北インターの手前イケアの横までやってきました。
ここまでくれば、あと第三京浜〜横浜新道〜1号線で一気に戸塚の自宅まで帰れます。
しかしそのイケアの前で1時間、車は動きません。
いいかげん痺れを切らし、ルートを変更。
新横浜〜環状2号日野経由で帰ろう、そうしよう。
レーンを移動し、チラッと横を見れば情況がわかりました。
前にトラックがいたので前が見えなかったのですが、
第三京浜は閉鎖していたようです。そりゃ動かないはずだ。
しかしその閉鎖された第三京浜入口にズラッと車の列。
後ろの車は前が見えないから情況がわかりません。
手前の電光掲示板にも「閉鎖」とは表示してなかったから
通れるものだと思ってみんな並んでいたのでしょう。
新横浜は大渋滞でしたが、環状2号は比較的空いていて、
今までの状態がウソのようにスイスイ流れましたが、
段々日暮れです。そこで気付きました。
なんと町中が停電している!
しかも信号機も停電している!
その時点でお腹が空いてきました。
そういえば朝11時ごろオニギリを食べたきりで何も食べてない…と。
途中、営業中の「かつや」があったので寄ろうと思いましたが
通り過ぎる頃に真ん中のレーンにいたので寄れず
「まあいいか、環状2号沿いはラーメン屋さんとかも多いし、次なんか店あるやろ」
と思いなおして進みました。
それは甘い考えでした。
そのあたりを過ぎると、先ほど言ったように町中停電、真っ暗です。
もちろんコンビニもラーメン屋も営業している店なんてありません。
そこは住宅やマンション群が密集した町なのですが闇夜です。
明るいのは車のヘッドライトとテールランプのみ。
結局それからも真っ暗の中をノロノロと走り(渋滞なので動かない)
やっとの思いで自宅にたどり着きました。
普段ならまぁ1時間半ぐらいで帰れる距離です。
それが5時間かかりました。
予想はしていましたが、家の近所は真っ暗、家も真っ暗。停電です。
とりあえずLED懐中電灯で家の被害状況とキジちゃんの安否を確かめます。
キジちゃんは無事でした。たいそう心細かったようですが。
家の中はというと、本棚から封筒や文庫本が落ちていたぐらいで
被害はなさそうです。
しかし真っ暗!とにかく腹も減っています。
途中のコンビニなんか停電で締まってましたから
(ま、空いていても食料はほぼ売り切れでしょうが)
なにも食べるものを買っていません。
水道は…出ました!よかった!
マンションと違って戸建はポンプを使わないので水は止まらなかったようです。
ガスは…コンロに火がつきました!
これもプロパンなので、供給が止まるということはなかったようです。
とりあえず懐中電灯で照らしながら、買い置きのスパゲティーを茹で
腹を満たすことができました。
しかし、あいかわらず電気は通じず、つまりテレビもパソコンも何も使えません。
そこで気がつきました「電気がないと何にもできない!」と。
これ最近流行りのオール電化住宅だったら大変だったろうなと思います。
すべてを電気に頼る生活は、ある意味危険なのかもしれません。
しかしこんなときにもツイッター(携帯から)はつながります。
それで情報のやりとりをしていたら、気もまぎれて落ち着いてきました。
その後1時間ほどして電気が復旧したので、あわててテレビをつけました。
なんとものすごい惨状です!
この地震で被害に遭われた多くの方々、亡くなられた多くの方々
心からお見舞いとお悔やみを申し上げます。
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今回の地震で得られた教訓やあらためて気付いたことなど。
★地震発生直後から携帯電話などが不通になり連絡がとれない事態になりますが、ネットはつながります。
停電でパソコンが動かなくても携帯からツイッターなどでつながれます。
とくにツイッターはこういうときには有効です!
個人的な情報(安否)から公の情報(避難場所)まで、さらにはこれが一番大事なのですが
「一人じゃない」という安心感。これで前向きに頑張ろうとう気力がわいてきます。
ツイッターを始めていない人には、この機会に始めてみることをオススメします。
★これはBBCなどでもさかんに言われていることなのですが、
日本は、これだけの大災害が起きたのにも関わらず
他の国なら当たり前に起こる「暴動・略奪」などが一切起こらず
人々は冷静に行動している。これはすごいことだ!と。
実際、信号機の止まって誘導の警官もいない大渋滞の交差点を何度も通りましたが
クラクションのひとつも聞きませんでした。
みんなゆずりあって行動していました。