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たなかじゅんのヨモヤマ日記
漫画家たなかじゅんのブログです。ツイッターもやってます juntnk FBもやってます。

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若鶏のなんたら

ネームが通り、ワク線引きも終わり、これから下描きに入ります。
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料理のネーミングについて考えてみました。

たとえば次に挙げる料理

○オムライス
○うな重
○親子丼

これらは名前としてはとても簡潔で、しかも万人が知っている定番料理のため
名前を聞いただけですぐ料理がイメージできます。
親子丼などは、純粋にネーミングだけからはレシピがイメージできないかも知れませんが
「鶏肉と鶏卵で親子」という説明を聞けば「なるほど」となるもんです。

しかし定番でないもの、たとえば創作料理などは
そういう定番料理の簡潔ネーミングは不可能です。
仮に簡潔な名前を作ったとしても、認知されるまでかなりの時間と労力がかかります。

で、なるべくわかりやすく料理をイメージしてもらうため
そのネーミングはやたら説明的になります。
未知の料理なのに名前を読んだだけでどんな料理がだいたいわかるというものです。
つまり創作料理のネーミングは2時間ドラマのサブタイトルに似ていると。
見なくてもだいたいストーリーがわかる。

○若鶏の竜田揚げと彩り野菜の甘酢あんかけ四川風
○カジキマグロのソテープロバンス風香草添え
○エビ団子のカシューナッツ揚げ白湯スープ仕立て広東風ザーサイつきご飯おかわり可
○美人OL温泉旅行で殺人目撃その裏にある秘密を暴く素人探偵に最悪の結末が!

並べてみるとよりいっそう似ているのがわかります。

しかし長い料理名‥注文するときメンドクサイんやよなぁ。

「この若鶏の竜田揚げなんたらごちょごちょ‥(だんだん早口で声が小さくなる)をください」

と、だいたいいつもこんな風です。

それにくらべて

「オムライスください!」

の、なんと簡潔でさわやかなことよ。
やっぱり注文はこうありたいもんです。

今日発売です!

みなさん、今日発売です、ナッちゃん最終巻21巻!
今日なら多分書店においています。
お買い逃しのないようにっ!

そういえば今日、ナッちゃん全巻を揃えている本屋さんに出会いました。
なんと良心的な本屋さんでしょう!
21巻を平積みするという良心もよろしく!
---

日本語の英語表記の限界について考えてみました。

以前、川崎の向ヶ丘遊園にある日本民家園に行ったときにふと思ったのですが
そこは日本の伝統的な民家の様子がわかるとあって、外国人のお客さんも多いのです。
だからパンフレットには日本語バージョンと英語バージョンがあります。
その英語バージョンを見ていて思ったのです。

この英語を読んだだけでは、ニュアンスの半分も伝わらないのではないかと。

固有名詞のローマ字表記だと、発音の仕方はわかっても意味がほとんどわからないからです。

なぜでしょうか。

日本人は漢字の読み替えということをよくします。
なぜそうするかというと便利だからですが、
なぜそんなことができるのかというと、
日本人は文字を発音だけでなく
字面と意味としてとらえているからです。

具体例を挙げましょう。

例えば総武線
発音はソウブセンですが、日本人はすぐそれが下総(シモウサつまり千葉)と
武蔵(東京埼玉南部神奈川北部)を結ぶ路線だと理解できます。
しかし、英語表記の文章の中でのローマ字のSOBU Lineだと
外国人にはそれが全然わからないわけです。
SHIMOSAとMUSASHIの略だよと聞いても
じゃあなぜSHI−MU LineあるいはSM Lineじゃないんだ!
日本人はクレイジーだ!と怒り狂うかもしれません。

京都と大阪と神戸をあらわす京阪神にしたって
なぜ、KYOTO&OSAKA&KOBEKEIHANSHINになるのかサッパリです。

だいたいSOにもBUにもKEIにもHANにもSHINにも、
その発音自体には全く意味はありません。
だから外国人に説明するとき「HANは大阪という意味なんだよ」というのはマチガイです。
正確に言うなら「HANという発音じゃなくて阪というが大阪という意味」なのです。
この違い、わかりますよね。
意味があるのはあくまでその漢字 総、武、京、阪、神 のほうだからです。
発音はその符牒に過ぎません。

日本人なら同じ漢字を時には音読み時には訓読みと自由自在に使います。
これらは一種の言葉遊びですが、日本人はそういう言葉遊びが大好きなのです。
しかしそんなややこしい読み方をしても困らないのは、
日本人は発音するとき、その漢字を念頭においていて、意味がブレないからです。

これは解剖学者の養老センセの受け売りですが、
そういうことをするのは日本人特有だそうです。
養老説によると、文字を同時に読む漫画が日本でこれだけ発展したのも
この漢字という絵面をいろんな読み方をして楽しむ訓練がされているからとのことだそうです。

そういうことを思いながらクダンの英語のパンフレットを読んでいると
そのローマ字表記の文章からは、意味が半分程度しか伝わって来ないのがわかります。
もとの日本語の文章の内容が10だとすると、英語版は4〜5ってとこでしょうか。
英語にした途端、内容が幼稚になる感じで、イラっとするのです。

とくに民家園などは伝統的日本家屋のミュージアムなので
その固有名詞やまた調度品、部屋の名前などは、その漢字表記に
多くの意味とニュアンスが含まれていたりします。
それに江戸時代までの日本語にはそういう読み替えが横行してて
発音だけ取り出しても意味をなさない言葉が多いのです。
だから英語のパンフのローマ字をみても、
なんだか説明不足の気がしてならなかったのでした。

ついでに言うと明治期以降の近代漢語に関しては、それこそ発音自体は全く意味をなしていない
字面こそすべての言葉なのですが、(なので同音異義語やがやたら多い)
しかしこれはもとはすべて西洋語の翻訳語なので、英語にするときにはもとの英語に戻すだけなので
困りません。保険→Insurance、科学→Science みたいにね。まぁこれは余談ですが。

明治時代や戦後すぐに、漢字をやめてローマ字表記で行こうなんて運動が
一部インテリの間でありましたが、そんなことしなくて正解でした。
そんなことしたらワケワカランようになりますもんね日本語が。

なんか書いているうちに何を言いたくてこの論を書き始めたのか
わからんようになってきたので、このへんでおしまい。
とにかく英語のパンフを見ていてモヤモヤっとしたのはナゼだろうということを
分析してみたかったのでした。

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ル・モンド

今日も15分、女王様にまたがりました。
---

漢字をいくら睨んでもその言葉のヨミも意味も出てこない。
あるいは普通に読めても、漢字からは意味が出てこない言葉が
江戸時代には多くあります。
これがなんとも不思議で気になります。

奉行 無心 丁稚 御新造さん 身上 頓着 同心 和尚 奉公

ただし音を聞けば意味がわかるのがほとんどです。
そういう意味では、明治以降、西洋語の観念を翻訳した新造語は
字面をみれば意味はすごくよくわかるし、ヨミもわかるが
音を聞いただけでは同音異義語が多すぎてチンプンカンプンというのと対照的です。

キシャのキシャはキシャでキシャした

という例が超有名ですね。
しかし、この明治の新造語によって日本は近代化の道を歩むことができたわけですし
かつまたその新造語は漢字の母なる国へも大量に輸出され重宝され、
中国の近代化の力にもなっています。
現代中国語の7〜8割は、日本語由来(新造語)だそうです。
もとはすべて西洋語の観念だった言葉
経済、金融 科学 産業 保険 共産主義‥‥こういう言葉はすべて日本からの輸入ですからね。
考えてみれば、その国名中華人民共和国自体
元からの中国語は中華のみで、人民も共和国も日本語なのでした。
人民はpeople、共和国はrepublicのそれぞれ訳語。

横道にそれました。
つまり、江戸時代のヨミも意味も字面からではわからない言葉が気になるといった話でした。
そういう言葉の最右翼と思っているのが

主水(やっぱり変換できない)
主税(意外にも変換できた)
帯刀(まったく変換できない)

主水はこれでなぜかモンドと読みます。意味はわかりません。フランス語ではありません。
必殺仕事人の中村主水(ナカムラモンド)、旗本退屈男の早乙女主水之介(サオトメモンドノスケ)が有名です。
主税はチカラです。東京主税局は東京キカラノツボネ‥というのはウソです。
松平主税介(マツダイラチカラノスケ)がボクは大好きです。(NHK新選組!)
帯刀はこれでタテワキ。ちなみに許されるのは名字帯刀(ミョウジタイトウ)で、タイトウと読みます。
これもなんたらタテワキという人がいたような気がします。
考えたら人名が多いですね。

なんだかとても不思議です。

不思議だからこそ魅力的でそそられます。
ほかにもあったら教えてくだされ。

ニルバーナ

お誕生日おめでとうございます!
いえいえどういたしまして。

誰も言ってくれないので自分で言いました。
まぁしかし、この年になると誕生日なんてぜんぜんうれしくありませんね。
年とる一方だし。

しかし、ン十年も生きているといろんなことがあるものです。
ま、職業が職業だけに平々凡々な生活はありえないのですけど
プライベートに関してもイロイロあるもんです。いやホンマ。

さて話は変わりますが、
「涅槃」について。
「涅槃で待つ」といって自殺したのは俳優の沖雅也でしたっけ。
「涅槃」というのは仏教でいう悟りの境地のことですが、
とくに釈迦入滅、つまりお釈迦さんの死をさしたりもします。
だから釈迦入滅の図というのは、お釈迦さんが横たわっていて、
周りを弟子たちが取り囲むような図になっています。
お釈迦さんが座って座禅(蓮華座)を組むのではなく、横たわった像がありますが
だからあれを「涅槃像」と言ったりします。

ここで「涅槃(ねはん)」の頭の発音が「ね」であることから
日本人の頭には「寝」という意味が連想され、
しかも涅槃図や像が「寝ている」お釈迦さんなので、さらにその意味が強められ、
元の「悟りの境地」という意味はどこへやら
単に「横になる」という意味で使われることが多いのです。

昨日「ウインズ・ラジャ」というスパリゾートに行ってきたのですが
そこの露天にありましたよ「涅槃の湯」が。
そう、ただの「寝湯」です。
石の上に薄く温泉が流れていて、枕があって、そこにゴロンと寝るやつです。

しかし、あんまり気持ちいいので、本当に悟りの境地に達しそうでした。

共存について考える

グローバル社会になって同じ地域に外国人が多く住むようになり、
文化や習慣の違いからさまざまなトラブルになったりすることがある昨今、

また、自然を征服することで発達してきた科学技術がそのままでは立ち行かなくなり
地球環境のことを真剣に考えないといけなくなってきた昨今、

「共存」というコトバが時代のキーワードとして叫ばれるようになりました。

と、大風呂敷を広げましたが、語りたいことはもっと矮小なことです。
この「共存」というコトバ、一般的には何と発音するでしょう。
僕は「きょうぞん」だと思っていました。
世間の大方は「きょうぞん」だと思います。
実際「きょうぞん」で一発変換したし。

しかしNHKのアナウンサーに限っては絶対そう発音しません。
必ず「きょうそん」と発音します。
どのアナウンサーも、いついかなるときも。
つまりHNKの発音ガイドライン的には「きょうそん」なのでしょう。

「きょうそん」だと「ほんなら明日は得なんかい!」と、つい思ってしまいます‥
というのはウソで、今ムリヤリ考えたんですが
本当はこっちが正しいというNHKの意思表示か、啓蒙運動なんでしょうか。

ためしに「きょうそん」で変換してみたら‥「共存」あ!一発変換した。
教えて〜コトバおじさん。

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