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みなさん、今日発売です、ナッちゃん最終巻21巻!
今日なら多分書店においています。
お買い逃しのないようにっ!
そういえば今日、ナッちゃん全巻を揃えている本屋さんに出会いました。
なんと良心的な本屋さんでしょう!
21巻を平積みするという良心もよろしく!
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日本語の英語表記の限界について考えてみました。
以前、川崎の向ヶ丘遊園にある日本民家園に行ったときにふと思ったのですが
そこは日本の伝統的な民家の様子がわかるとあって、外国人のお客さんも多いのです。
だからパンフレットには日本語バージョンと英語バージョンがあります。
その英語バージョンを見ていて思ったのです。
この英語を読んだだけでは、ニュアンスの半分も伝わらないのではないかと。
固有名詞のローマ字表記だと、発音の仕方はわかっても意味がほとんどわからないからです。
なぜでしょうか。
日本人は漢字の読み替えということをよくします。
なぜそうするかというと便利だからですが、
なぜそんなことができるのかというと、
日本人は文字を発音だけでなく
字面と意味としてとらえているからです。
具体例を挙げましょう。
例えば総武線。
発音はソウブセンですが、日本人はすぐそれが下総(シモウサつまり千葉)と
武蔵(東京埼玉南部神奈川北部)を結ぶ路線だと理解できます。
しかし、英語表記の文章の中でのローマ字のSOBU Lineだと
外国人にはそれが全然わからないわけです。
SHIMOSAとMUSASHIの略だよと聞いても
じゃあなぜSHI−MU LineあるいはSM Lineじゃないんだ!
日本人はクレイジーだ!と怒り狂うかもしれません。
京都と大阪と神戸をあらわす京阪神にしたって
なぜ、KYOTO&OSAKA&KOBEがKEIHANSHINになるのかサッパリです。
だいたいSOにもBUにもKEIにもHANにもSHINにも、
その発音自体には全く意味はありません。
だから外国人に説明するとき「HANは大阪という意味なんだよ」というのはマチガイです。
正確に言うなら「HANという発音じゃなくて阪という字が大阪という意味」なのです。
この違い、わかりますよね。
意味があるのはあくまでその漢字 総、武、京、阪、神 のほうだからです。
発音はその符牒に過ぎません。
日本人なら同じ漢字を時には音読み時には訓読みと自由自在に使います。
これらは一種の言葉遊びですが、日本人はそういう言葉遊びが大好きなのです。
しかしそんなややこしい読み方をしても困らないのは、
日本人は発音するとき、その漢字を念頭においていて、意味がブレないからです。
これは解剖学者の養老センセの受け売りですが、
そういうことをするのは日本人特有だそうです。
養老説によると、絵と文字を同時に読む漫画が日本でこれだけ発展したのも
この漢字という絵面をいろんな読み方をして楽しむ訓練がされているからとのことだそうです。
そういうことを思いながらクダンの英語のパンフレットを読んでいると
そのローマ字表記の文章からは、意味が半分程度しか伝わって来ないのがわかります。
もとの日本語の文章の内容が10だとすると、英語版は4〜5ってとこでしょうか。
英語にした途端、内容が幼稚になる感じで、イラっとするのです。
とくに民家園などは伝統的日本家屋のミュージアムなので
その固有名詞やまた調度品、部屋の名前などは、その漢字表記に
多くの意味とニュアンスが含まれていたりします。
それに江戸時代までの日本語にはそういう読み替えが横行してて
発音だけ取り出しても意味をなさない言葉が多いのです。
だから英語のパンフのローマ字をみても、
なんだか説明不足の気がしてならなかったのでした。
ついでに言うと明治期以降の近代漢語に関しては、それこそ発音自体は全く意味をなしていない
字面こそすべての言葉なのですが、(なので同音異義語やがやたら多い)
しかしこれはもとはすべて西洋語の翻訳語なので、英語にするときにはもとの英語に戻すだけなので
困りません。保険→Insurance、科学→Science みたいにね。まぁこれは余談ですが。
明治時代や戦後すぐに、漢字をやめてローマ字表記で行こうなんて運動が
一部インテリの間でありましたが、そんなことしなくて正解でした。
そんなことしたらワケワカランようになりますもんね日本語が。
なんか書いているうちに何を言いたくてこの論を書き始めたのか
わからんようになってきたので、このへんでおしまい。
とにかく英語のパンフを見ていてモヤモヤっとしたのはナゼだろうということを
分析してみたかったのでした。
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