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全てに対して中途半端な自分・・・。
周りには頑張っているフリをしているが、それがフリだけということは自分が一番解っていた。
しかし、この怠惰な生活は続いた。
そんなある日、この頃通いつめていたクラブ「S.I.JOE」のハウスパーティーに行く事になる。
1990年4月24日に行われた「SUPER DANCE SESSION 1990」だ。
まだ業界において、どんなダンスチームがすごいとか、有名とかの知識が、私には無いこの頃、
「ホンモノのダンスに触れるチャンスだ」と、店の従業員で友人でもあるAKA氏から薦められた。
「とにかく、来い!」と・・・。
また、地元の先輩でもあるEIJI氏からも、このイベントに出るんで、観に来ないかとの誘いを受けていた。
今考えると、この頃のダンス業界ではありえない、スペシャルなイベントだった。
普段、別々の週にそれぞれショーを行っているダンスチームが一斉に出演するイベントだ。
当時は今のようなスタイルで何十チームも出演したりするダンスイベントは無かった。
というよりも、そんなにダンスチームが存在していなかった。
また、箱貸しのイベントも学生のサークルでのパーティー位なもので、
現在頻繁に行われているイベント形態も無い時代だった。
ゆえに、このイベントは当時としては大変なモノであった。
GQマシーン、ジャングル、ジプシー、ラッシュのショーが一晩で一気に楽しめるのである。
しかし、彼らのダンスを観た事がない私は「チケットが高いな〜・・・」などとボヤキながら店に向かった。
当時、業界の事情を知らない私は驚いた。
普段の週末の集客の何倍もの人たちが集まっている。店内に入る事も出来ずに店の前に
長い行列が出来ていたのである。
それぞれが人気のプロダンサー集団。そして話題になっているクラブ主催のイベント。
それだけの人が集まるはずである。取材陣の数も半端じゃなかった。
私はこの光景を見た瞬間、何かとんでもない事が起こる様な予感を覚えた。
ハウスパーティー
イベンター、オーガナイザーが主宰するクラブイベントが少なかったこの頃は、
店舗主催のイベントが普通であった。
その店によって、カラーが違う演出や趣向を凝らして当時の客を喜ばせていたのである。
この店舗主催のイベントは、プロモーションには打って付けで、各店舗の売りや魅力を存分に出し、
後の集客に活かしていた。
クリスマスやハロウィン、ゴールデン・ウィークなどのイベント時に、競い合うように行っていた。
AKA
当時、この「ダンサーの登竜門」と言われていた店で、唯一ダンスをやっていた従業員AKAちゃん。(写真右)
良き相談相手というか、アニキ的存在の彼も当時の私にとって大きな存在であった。
業界の入り口を教えてくれた恩人の1人だ。
現在は業界には残っていないが、当時は横浜を拠点に活動をして、何故か渋谷の「JOE」で働いていた。
ダンススタイルは横浜スタイルバリバリのニュー・ジャック・スイングでした。
(因みに写真はS.I.JOE店内の様子。VIPとされていたソファースペース。後ろがDJブースでした。)
・・・・・・やはり当時の写真は恥ずかしいな〜(笑)
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ずっと読んではいましたがやっとちゃんとコメント書ける!! GOさん若い(*。*)ノ
2005/11/8(火) 午後 5:20 [ azu ]