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美竹公園での深夜練を行った後、それぞれ一度帰宅し、数時間後に渋谷で集合。 バスに乗って当時まだ新宿区河田町にあったフジテレビに向かった。 幼少の頃、NHKの子供番組には数回出た事があったが、やはりその時とは全く違う興奮をテレビ局という場所に覚えた。 DADAも結局のところ、クラブやディスコスタイルになっている現場での収録だったので、今回の収録は素人だった私にとってまさに「テレビの中の世界」だった。 セットや機材に圧倒されながら、待機していると予選が始まった。 当時、まだ無名だったメインストリートのオーガナイザー、ラーハ氏やROOTSのKOJI氏、後にDJとなり大活躍中のKEN-BO氏、現在オールテンポ代表のIZUMI氏、元DADAレギュラーダンサーMr.T氏などもコンテストに参加していた。 勿論、私の周りのダンス仲間達もそれぞれにグループを組んで参加していた。 そして我々、「JAZZ BOO」がコールされステージへ。 正直言って、DADAの時と比べ物にならないくらい緊張し、頭の中が真っ白になった。 テレビ局独特の雰囲気がそうさせるのか、ショースタイルのコンテストがそうなのか、とにかくビビった。 1分半、必死に踊ったが、やはり予選落ちとなる・・・・・・。 ここで、また、何がいけなかったのかを改めて考えさせられる事となった。 予選通過したグループの我々とは明らかに違うパフォーマンスを観て、更に納得もした。 自分達に足りないモノもたくさん確認出来た。 番組制作の一端も垣間見る事が出来、テレビ的に好まれるモノやコンテストに向いているパフォーマンスの判断も少しだけ分かった。 また、ヨシ坊氏やテディー・ダン氏を初めとする時代を築いてきた日本各地の大御所ダンサー達による 「Dance History」の企画やホストダンサーGQマシーンのPV等もあり、オンエア後は私の良い教材となった。 (↑GQマシーンの面々の一部。しかし、この面子が一緒に踊っていたと言うのは、今考えると本当にすごい。) 因みにこの番組で優勝したのは、YOHEI氏率いる「ソルジャー」。 前回はSHIGE氏、荒川氏、YOHEI氏の3人でのエントリーで本選は残ったものの優勝は逃していた。 この回は、当時B-BOYとしてはアンダーグラウンドで超有名人だったKENYU氏を加え、4人でのチームとなって勝利を獲た。 準優勝には、後に私と多くのステージを共にする事となるKANAが所属する「JAM」というグループが輝いた。 結果は今回も惨敗に終わったが、DADAのチャンピオン大会と比べると、比較的実りの多い経験となった。 そして、今後この番組との様々な関わりが、私の「ダンサーとしての成長」を加速させて行くのであった。 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
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やばい!!すごい!!読んでるだけで興奮!!笑
2005/11/8(火) 午後 5:51 [ azu ]