DANCE HISTORY OF A MAN

1985年の原宿のストリートから始まる物語。 ある男”GO”のダンス人生です。 最初から読むと、きっとハマリます(笑)

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0045_家出

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「DANCE DANCE DANCE」の収録で何か一つステップアップを感じた自分は、次に何をすべきか模索していた。
とりあえずクラブ通いを続けながらダンサーとしての道を歩むべく、新しいステップの情報収集や、業界に入り込むコネクションを広げようとしていた。

傍から見れば只クラブでチャラチャラ遊んでいるようにしか見えないだろうが、「ダンサーとして成功する!」という強い意志は持っていた。

「DA DA」で優勝した勢いと、ちょっとだけ「DANCE DANCE DANCE」で業界を覗けた事、そして、以前先輩のEIJI氏に説教された悔しさが、脇目を振らない自分を作ったのだろう。

確かに楽しい日々だった。自分の趣味を仕事として確立していく事を考えるのは楽しい事だった。

しかし、まだ親は私の事を、大学を目指して勉強する予備校生だと思っている。
これは、自分の中の覚悟でもあるので、大学進学はせずにダンサーとしての道を歩むという事を伝えなければと思った。


父親と話す席を設けた。

当時、私はバイトをしながら小遣いを稼いで予備校に通っていたと思っていた父は激怒した。

実は予備校入学時も、入試失敗の事を含めクドクド小言を言われ、予備校の金などないと言われたのだが、
数日後に年間の授業料100万円以上をキッチリと揃えてくれた。
多分、多少の借金もしたのだろう。

そんな思いまでしたのに、あっさりとダンサーになるなどと言われれば、激怒するのは当然だ。
この頃は、ダンサーという職業が確立していないどころか、何をして金を稼ぐかも分からない時代だった。

父には本当に申し訳ない事をしたと思ったが、何を言われても私の決心は変える事は出来なかった。

勿論、父はこんな事を許す訳も無く、何時間も説教を喰らった。
だが、父の熱弁に私は首を縦に振る事はなかった。今考えると本当に親不孝者だ。

父はこんな私に「出て行け。そんな奴、置いとく理由は無い。」
もっともだ。私は納得した。「はい。」

こうして、その日のうちに私は家を出る事になってしまった

しかし、金もなければ、当てもない私。
多少の荷物はまとめたものの、本当にどうするべきか、この時に初めて現実を考えた。
「どうしよう・・・・・・」

勿論父は、本気で19歳のガキが家を出て行くとは思っていなかっただろうが・・・




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