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さて、遂に我々がコンテストに参加する番だ。 確実にテレビでオンエアされるという事が、当時の我々にはプレッシャーが強かった。 しかし、それによって様々なチャンスが巡り来るであろう事も想像できた。 故に、中途半端なパフォーマンスをすれば逆効果で評判が悪くなる。一か八かの勝負でもあった。 収録が始まる前のリハーサルで一度経験した舞台裏での待機は、とても心地良いモノではなかった・・・。 我々JAZZ BOOは4組中4組目のパフォーマンス。最後に踊れば残る印象は強い。 まあ、有利と言えば有利だ。 ただ、出演順番を待つ間のプレッシャーとの戦いが大変だった。 スタジオにはJOEの常連達を大勢呼んで、我々の出番には大盛り上がりしてくれと頼んだ。 踊る私達のテンションをムリヤリにでも上げる作戦だ。 他にも幾つかの仕込をしていた。応援をしに来てくれた仲間達には、パフォーマンスをしている最中に決まり所で、同じ掛け声を叫んでもらう。 審査員達に人気のダンスチームだと認識してもらい、それも審査のプラスになればと考えた。(セコイ・・・笑) 当時は自分達を良く見せるための努力や作戦を大切にし、テクニックがない分、そういうところでカバーしていた。 そして、幸運にも審査員の1人にS.I.JOE店長本宮氏が抜擢されていた。 この頃のこの番組では、クラブやディスコ色を一面に出すために、毎回都内有名クラブの店長が審査員の1人に加わっていた。 正にホームのムード満載である。 数多くの味方達が見守る中でダンスを披露する形となった。 一組目、二組目と終わり、三組目の登場。この次が我々だ。 しかし、ここでとんでもない事が起こる。 リハーサルで予想はしていたのだが、やはり・・・・・・・。 私も良く彼らの存在やダンスは知っていた。 この当時流行していた「ボーギング」のスペシャリスト「MORE DEEP」である。 彼らは、「DA DA」でもゲスト出演するほど有名なダンサー(ボーギングダンサーをボーガーとも呼んでいた)だった。 只でさえ、その様な有名ダンサーだが、キャラクターがまた濃い。 強烈なオカマキャラと、大胆なファッションでダウンタウンとも上手く絡んでいた。 ダンスのスキルやパフォーマンスの完成度は勿論、インパクトが強すぎる。 リハーサルで同じ回と知った時は、正直一瞬負ける事を覚悟した。 しかし、相手が誰であろうとそんな事を言っていたらキリが無いので、気持ちを持ち直し、新たな気持ちでこの場に臨んでいた。 それにしても、バッチリ当時のフジテレビバラエティ色にハマッた彼らの存在感は恐ろしく重く圧し掛かった・・・。 MORE DEEPこの当時、ボーギングと彼らのキャラクターを最大限に活かし、日本全国のクラブやTV番組で大活躍したダンスチーム。ボーギングの代名詞となり、彼らの右に出るボーガーはいなかったと言っても過言ではないだろう。 ダンスだけでなく、ラップや歌等もパフォーマンスに加え、単独でのライブ活動も多数行っていた。 後に、リーダーのMOTSU氏はavexより「move」の一員としてメジャーデビュー。 現在でも、メジャーシーンで大活躍している。 「DANCE DANCE DANCE」出演後、私は個人的に彼らと親しい仲になった。 (ゲイの世界には踏み込みはしなかったが・・・・笑) VOGING90年代後半にハウスシーンで大流行したダンススタイル。雑誌VOGUEのモデル達のポージングを模したポーズをリズムに合わせて変えていくというシンプルなスタイルから、様々な展開が生まれた。 身体のラインやポーズを美しく見せるこのダンスは、当時「ゲイの踊り」等とも言われていた為に、色々な意味で特別視されていたジャンルである。 マドンナの楽曲「VOGUE」のリリースにより、一般的にも認知されるようになったスタイル。 日本で有名だったヴォーギングチームは、上記の「MORE DEEP」、「EXTRAVAGANZA TOKYO」、 後にDANCE DANCE DANCEでも活躍する「3P」などがいた。 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
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2005年12月27日
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