DANCE HISTORY OF A MAN

1985年の原宿のストリートから始まる物語。 ある男”GO”のダンス人生です。 最初から読むと、きっとハマリます(笑)

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2006年04月

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さあ、念願のS.I.JOEのショーパフォーマンス初登場である。
話を受けてから、いかに自分達の存在を世間に知らしめるかを考え、選曲、構成を行った。
参考に出来る資料も少なく、当時まだ、素人に毛が生えた程度の私にとっては大変な作業だった。

構成は2曲。現在当たり前のように行われている、MIXはせずに一曲ずつ完結のモノだ。
いわゆる、シンガーが2曲歌うのと同じようなノリである。
これは当時、割と普通のショー形態であった。

まずは「DANCE DANCE DANCE」で使用し、我々が世に出た一発目の楽曲「FEELS GOOD」のウルチミックスを選び、踊りもテレビで披露した印象的なシーンを残しリメイク。
もう一曲は当時発売されたばかりの「BLACK CAT」。
大ヒットしたジャネット・ジャクソン「RHYTHMNATION」のアルバムからのシングルカットで、完全にロックな楽曲だ。
この曲は当時のS.I.JOEチーフDJ野手氏が推薦してくれた。
というよりも、「コレでやれ」と命令・・・笑

この頃、DJを含めJOEのスタッフは我々のグループへの協力を惜しまずにしてくれた。
彼らの豊富な知識や経験からのアドバイスは我々にとって大きな財産となり、武器ともなった。
というわけで、この頃の私なら決して選曲する事が無いであろうロックなこの曲を、情報の早いDJに強く薦められ、何も分からないまま納得し、踊る事となった。(笑)
この曲にはロックダンスの要素を多く含んだ振付をする事にした。

こうして、約10分のダンスショーの構成が出来上がった。


そして、この時より女性メンバーが加入する事となる。

以前より私は、女性の加入によって表現の幅が広がり、ファン層も厚くなるのではないかと考えていた。
メンバーのササボーの彼女、MEGU。当時高校3年生、18歳である。
彼女は、我々の練習に付き合って、見て真似するうちに自身の柔軟な感性で、必死に練習する我々よりも早く身に付けるダンススタイルがあるほどの才能の持ち主だった。
本人自身もダンスに対しての興味が非常に強く、お互いに良いタイミングであった。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/53/ankh_go/folder/497938/img_497938_31992774_1?1149860116

こうして4人構成の新生「JAZZ BOO」が、我々にとっての聖地「S.I.JOE」でスタートする事になる。


当時のダンス業界では、暗黙の了解で集客を義務付けられる。
コレは、「どのダンスチームを出せばどれだけの集客に繋がる」「ならば、ギャラはコレだけ」
「今後もお願いしよう」「もう、集客できないなら使わない」・・・
などのシビアな評価に繋がる重要な事項だった。

チケットノルマのような事ではないのだが、とにかく各方面への自分達の評判の大切な要素だ。
集客はとにかく頑張った。
結果、我々への声援も増え、ショータイムも盛り上がり、知った顔が多ければリラックスした状態でパフォーマンスが出来るという事だ。
自分達自身の為にも、店へのアピールの為にも良い効果をもたらす。

まあ、人を呼ぶからには下手なパフォーマンスも出来ない。
良くなければ、チームの評判は落ち、次からは見に来てくれなくなる。
しかし、良いパフォーマンスが出来ればファンになってくれる可能性もあるし、我々のショーの度に足を運んでくれる人々も出来る。
一回一回のショーが真剣勝負だ。

ショーケースの当日まで、ダンスのクオリティを上げる努力と集客活動に力を注ぐ日々が続いた。


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0059_クラブの従業員

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そんなこんなで、中途半端に顔が売れてしまったが、芸能人になった訳でも、番組のレギュラーになった訳でも、スーパーダンサーになった訳でもなく、ただのクラブ従業員な私。
大好きなダンスの練習をし、気の良い仲間達とクラブで働きながらも楽しい毎日を過ごしていた。
勿論、次のステップアップの材料も探してはいたがなかなかチャンスが訪れなかった。


我々が出演した「DANCE DANCE DANCE」の収録以降も、3週に一回の収録時には観覧者として参加し、友人達の踊りを応援した。
一般観覧者は何かと局側から制限と付けられるのだが、我々は、初期出演者という事もあって番組スタッフにも顔を覚えてもらっていたので、何かと優遇してもらっていた。

その代わりといってはなんだが、番組スタッフ達も出演レギュラーダンサーのSAM氏達と共にJOEに遊びに来る事があったので、その辺はお互い様だったのか・・・?
しかし何事も繋がりが大切である!(今でも切実に思うことだ・・・笑)

とにかく当時のS.I.JOEは「DANCE DANCE DANCE」の出演者達もそうだが、当時のヒップホップムーブメントに携わる重要人物たちが多く遊びに来てくれていた。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/53/ankh_go/folder/497938/img_497938_31264186_3?1144539784
(↑当時からMEGAMIXとして活躍していた、KAORU氏やHIROKO氏も常連の顔でした)

私の個人的な観点から言うと、関東圏では六本木のCIRCUS(サーカス)、Droopy Drawers(ドゥルーピー・ドゥルワーズ)、横浜のCIRCUS、そして渋谷のS.I.JOEという店舗が当時のヒップホップの中心であった。


ただ、当時のクラブはまだディスコ色も色濃く残っており、我々従業員は新規の女性客に積極的な接客を義務付けられたり、時代遅れなユニフォームを着用させられたりした事は苦痛であった。

しかし、これらも我々スタッフの感性を大切にしてくれた当時の店長との話し合いで解決。
ダンサーやDJ志望の従業員達はその筋の仲間を大切にしてゆく事となり、ユニフォームもいわゆる自前のヒップホップファッションを着用出来るのであれば自由と、わりと開放的な雰囲気になっていった。

この様な恵まれた環境の中、コネクションを広げつつも、ある機会が訪れる。
この店での従業員を始めた大きな理由の一つ。
そう、S.I.JOEのショーで踊るチャンスが訪れたのだ

10月のハロウィンパーティーの企画として、プロダンサーとして横浜を中心に当時大活躍をしていたVISIONをゲストに向かえ、セミプロダンサーとして、我々JAZZ BOOや同期の仲間達のチームに声が掛かった。

入店後約3ヶ月で訪れたチャンスだ。


六本木サーカス

当時の東京ヒップホップカルチャーの総本山。この店が無かったら、現在のヒップホップシーンが無いと言っても過言ではない。
現在の目黒食堂のオーナー唐氏によって手掛けられたクラブである。
EXILEのHIRO氏やZOOのLUKE氏はこの店の従業員であった。
後のR?Hallの箱である。

横浜サーカス

横浜のヒップホップの聖地。ベースの黒人達からのレアな情報やステップが一早く入手出来る重要な場所であった。
六本木サーカスもこの店の分派。
横浜にありながら、東京のダンサーやクラバーがわざわざ足を運ぶ店であった。

Droopy Drawers

六本木においてサーカスと肩を並べ、ヒップホップムーブメントを牽引してきた店である。
芸能人や著名人たちが隠れ家的な存在として常駐するマニアックな店ではあったが、コアなDJ達の選曲により常に多くの人々で賑わっていた。
当時の店長は、現在私と一緒にイベント運営を行っている武田氏である。(当時からお世話になってます・・・笑)


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0058_反響

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「DANCE DANCE DANCE」の番組出演で得た経験は確実に私達を向上させていた。
毎回、番組やイベントに関わる度に良く成長出来たものだ。(笑)

当時の私達は、刺激を求める事は勿論だが、それ以上に経験を欲していた。
この様な経験を積む度に、新しい事柄を自分自身の肌で覚え、前進して行くパワーに切り替えていたのだ。

番組内での勝利を得る事は出来なかったが、それ以上の収穫が我々には感じられていたのだ。


しかし、その余韻に浸っていてはその場でストップしてしまうと思っていた私達は、自らスキルアップの為の様々な課題を課しながらも今までの生活に戻った。

日常はクラブS.I.JOEの従業員と居酒屋のバイトと昼間の練習の日々だ。

ある時、JOEのバイト中に見知らぬ客から声をかけられた。
「TV見ましたよ。あなたですよね?」

深夜枠のマニアックなダンス番組でも、この頃クラブなんかに遊びに来る客層だと結構見ているものだ・・・。
ちょっと勘違いしながら優越感を覚えて調子に乗っていた・・・。
すぐに調子に乗ってしまうのは以前より変わらない・・・・笑

すると、以前から顔は知っていても話した事がない同じ世代のダンサー達が急にフレンドリーに声を掛けてくるようになった。
業界的には話題の新番組に出演し、更にクラブの従業員となれば、彼らにとっては仲良くしておく事が得策なのだろう。

まあ、ある程度の予想はしていたが、それ以上の反響に驚かされた。
この頃はまだメジャーなタレントのバックに我々のようなスタイルのダンサー達が抜擢される事もなく、ヒップホップ業界的にもメディアへの進出という意味では大きな前進だった。

「DA DA」のソロコンテストも開始当初は話題になったが、この頃では「DANCE DANCE DANCE」のショーケースのコンテストスタイルが特に話題を呼んでいた。

私は正に、渦中の人である。

番組開始直後の出演という事もあり、優勝チームではないのだが、多くのダンサーやクラバー達からチェックされていたようだ。
おかげで、この時期からダンス業界、クラブ業界において友人や知り合いが爆発的に増えた。

後に、知人が増える事によっての利点が多く感じられるようになる。有難い事だ!

この様な一見人気者(?)になった私を、クラブサイドとしても利用しないのはもったいない。
客呼びやナンパまがいな接客の道具としても店からは使われたが、まあこれは仕方のないことだろう・・・。
逆に、もっと店に恩を売っておこうと考えた。

ダンス業界での出世の為の一要素を大切にするべきと純粋に思っていたのだ。




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'''Ankh Ankh'''
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