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S.I.JOEの閉店が3月初旬。世の中は年度末。テレビの世界でも番組編成の波が流れていた。
4月からの番組再編成の動きとして、「DANCE DANCE DANCE」という番組も大きく変わろうとしていた。
まず、番組の顔である司会者がダウンタウンから大沢樹生とヒロコ・グレースに交代。
ダウンタウンによってお笑い色が強かった番組カラーが、音楽評論家、故福田一郎氏のレギュラー審査員加入や、ゲスト審査員に国内外のシンガー、アーティストを迎えるようになり音楽番組の色を強くした。
そして我々若手ダンサーにとって非常に刺激的だったものは、レギュラーダンサーMEGAMIXのメンバーチェンジであった。
当時MEGAMIXは、二代目となるメンバーで構成されていた。
SAM、OUJI、EIJI、OZ、CHIHARU、HIROKO、KAORUの7人。(敬称略)
元々のメンバーにOUJI氏、EIJI氏が合流した、云わばMEGAMIX、JUNGLEの混合チームだ。
因みに初代のメンバーは、当時GYPSYのリーダーとしても活躍していたJUN氏が在籍しており、
後に彼の穴にOUJI氏、EIJI氏が参加したという形になっていた。
今回のメンバーチェンジは、前回とは違い、かなり大がかりなモノだった。
いわゆる居残りのメンバーはSAM氏とCHIHARU氏の2人だけ。それ以外は全て新メンバー。
GOTO、YUKI、HORIE、SANCHE、ETSU、MASAKOが加入。(敬称略)
加入というよりも、・・・・ほぼ違うチーム(笑)
この新加入の面々、どれも業界では有名なダンサー達。
当時の各ジャンルのスペシャリストで、更にオールラウンダーを招集したドリームチームである。
(後にデビューするtrfは、今回の加入直後に脱退したMASAKO氏を除くダンサー全員と、
後に加入するIZUMI氏が、デビュー当初はメンバーとして活動している。)
当時、SAM氏にこのメンバーチェンジの理由を尋ねたところ、番組再編の一つとして、
番組オリジナルビデオの制作、販売を挙げていた。
この頃のテレビ業界では、オリジナルビデオを販売、番組プロモーションと二次収入的な目的のある流れが多々見られた。(現在でもダンス番組では、その傾向は残っているが・・・)
もれなく「DANCE DANCE DANCE」でもビデオ制作が決定。その中には当然のようにMEGAMIXの
パフォーマンス、メンバー紹介等の個々のキャラクター紹介が含まれる。
しかし、同時期にJUNGLEでもプロモーションビデオの制作が行われる運びになっていた。
こちらは販売目的ではなく、チームプロモーションの為の映像資料だが、かなりしっかりと作られたPVだった。
MEGAMIXとJUNGLE、同時期にPVを販売、発行する事となり、
二つのグループに在籍するOUJI氏、EIJI氏に問題があった。
当時のJUNGLEでは、上記2人のキャラクターは絶対だったので、JUNGLE脱退は考えられない。
MEGAMIXにおいても、この2人の存在感は大きなものであったが、同時期にプロモーションする
2つのグループに、同一人物が存在するのはおかしな話。今回のメンバーチェンジの流れは当然の結果である。
「本当に残念だけど、どうにもならないんだよ・・・」 SAM氏が言っていたのを覚えている。
更に方向性の違いや諸事情で、OZ氏、HIROKO氏、KAORU氏とそれぞれが脱退する事となった。
このメンバーチェンジ、番組の方向性等が、様々な意味で今後のダンス業界にも影響を与えて行く事となる。
そして、この事から私にも大きな岐路が訪れる。
今考えると、もう一人の全く違うダンサーのGOが存在していたかもしれない程の選択を迫られるのであった。
MEGAMIX リニューアルメンバー
GOTO氏はストリートダンス業界パイオニアの一人。ブレイクダンス時代から当時の東京Be Bop Crewで活躍。JUNGLEにも在籍していた時代もある。
YUKI氏は九州出身の当時生粋のLOCKER。番組「DANCE DANCE DANCE」には特番時代 GQマシーンとして、また、レギュラー開始時には DE LA DANCEとして参加していた。
HORIE氏も原宿のストリートからその歴史を刻み始めたB-BOYだが、当時はBE-BOP、ホーシングと言った流行のスタイルが有名だった。
後に上記のGOTO氏、YUKI氏、HORIE氏は業界で言われた「trf事件」で、
trfを脱退(人員削減?クビ?)した事からくんだりというグループを結成。
(いわゆる「trfから下ってきた」って事でしょうけど・・・笑)
現在でも活躍、人気のSound Cream Steperzの前身である。
SANCHE氏は東京Be Bop Crewの練習生としてダンス業界に足を踏み入れるが、
その安定したスキルでジャズダンス業界でも頭角を現す。
ストリートダンスのスタイルでは、ポップが彼の武器で、無機質なロボット等は特に定評があった。
後に知る人ぞ知るジャニーズの振付師として活躍。この数年後、私もお世話になる人物である。
ETSU氏は、例のtrf事件では生き残り(?・・・笑)現在でもメンバーとして活躍中。
当時のCHIHARU氏に並ぶ女性ダンサーは数限られていたが、その中の一人である。
MASAKO氏はYUKI氏同様、特番、レギュラー開始時にGQマシーン、DE LA DANCEとして番組に参加。九州出身の個性的なダンサーとして有名。
当時特に言われていた「黒さ」というフィーリングでは他の追随を許さない存在だった。
現在はDJ.MASAKOとして都内を中心にプレイする有名DJと転身を遂げた。
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