DANCE HISTORY OF A MAN

1985年の原宿のストリートから始まる物語。 ある男”GO”のダンス人生です。 最初から読むと、きっとハマリます(笑)

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2009年04月

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S.I.JOEの閉店が3月初旬。世の中は年度末。テレビの世界でも番組編成の波が流れていた。

4月からの番組再編成の動きとして、「DANCE DANCE DANCE」という番組も大きく変わろうとしていた。

まず、番組の顔である司会者がダウンタウンから大沢樹生とヒロコ・グレースに交代。
ダウンタウンによってお笑い色が強かった番組カラーが、音楽評論家、故福田一郎氏のレギュラー審査員加入や、ゲスト審査員に国内外のシンガー、アーティストを迎えるようになり音楽番組の色を強くした。

そして我々若手ダンサーにとって非常に刺激的だったものは、レギュラーダンサーMEGAMIXのメンバーチェンジであった。

当時MEGAMIXは、二代目となるメンバーで構成されていた。
SAM、OUJI、EIJI、OZ、CHIHARU、HIROKO、KAORUの7人。(敬称略)
元々のメンバーにOUJI氏、EIJI氏が合流した、云わばMEGAMIX、JUNGLEの混合チームだ。
因みに初代のメンバーは、当時GYPSYのリーダーとしても活躍していたJUN氏が在籍しており、
後に彼の穴にOUJI氏、EIJI氏が参加したという形になっていた。

今回のメンバーチェンジは、前回とは違い、かなり大がかりなモノだった。
いわゆる居残りのメンバーはSAM氏とCHIHARU氏の2人だけ。それ以外は全て新メンバー。
GOTOYUKIHORIESANCHEETSUMASAKOが加入。(敬称略)
加入というよりも、・・・・ほぼ違うチーム(笑)
この新加入の面々、どれも業界では有名なダンサー達。
当時の各ジャンルのスペシャリストで、更にオールラウンダーを招集したドリームチームである。
(後にデビューするtrfは、今回の加入直後に脱退したMASAKO氏を除くダンサー全員と、
後に加入するIZUMI氏が、デビュー当初はメンバーとして活動している。)


当時、SAM氏にこのメンバーチェンジの理由を尋ねたところ、番組再編の一つとして、
番組オリジナルビデオの制作、販売を挙げていた。

この頃のテレビ業界では、オリジナルビデオを販売、番組プロモーションと二次収入的な目的のある流れが多々見られた。(現在でもダンス番組では、その傾向は残っているが・・・)

もれなく「DANCE DANCE DANCE」でもビデオ制作が決定。その中には当然のようにMEGAMIXの
パフォーマンス、メンバー紹介等の個々のキャラクター紹介が含まれる。

しかし、同時期にJUNGLEでもプロモーションビデオの制作が行われる運びになっていた。
こちらは販売目的ではなく、チームプロモーションの為の映像資料だが、かなりしっかりと作られたPVだった。

MEGAMIXとJUNGLE、同時期にPVを販売、発行する事となり、
二つのグループに在籍するOUJI氏、EIJI氏に問題があった。

当時のJUNGLEでは、上記2人のキャラクターは絶対だったので、JUNGLE脱退は考えられない。
MEGAMIXにおいても、この2人の存在感は大きなものであったが、同時期にプロモーションする
2つのグループに、同一人物が存在するのはおかしな話。今回のメンバーチェンジの流れは当然の結果である。

「本当に残念だけど、どうにもならないんだよ・・・」 SAM氏が言っていたのを覚えている。

更に方向性の違いや諸事情で、OZ氏、HIROKO氏、KAORU氏とそれぞれが脱退する事となった。


このメンバーチェンジ、番組の方向性等が、様々な意味で今後のダンス業界にも影響を与えて行く事となる。


そして、この事から私にも大きな岐路が訪れる。
今考えると、もう一人の全く違うダンサーのGOが存在していたかもしれない程の選択を迫られるのであった。


MEGAMIX リニューアルメンバー

GOTO氏はストリートダンス業界パイオニアの一人。ブレイクダンス時代から当時の東京Be Bop Crewで活躍。JUNGLEにも在籍していた時代もある。
YUKI氏は九州出身の当時生粋のLOCKER。番組「DANCE DANCE DANCE」には特番時代GQマシーンとして、また、レギュラー開始時にはDE LA DANCEとして参加していた。
HORIE氏も原宿のストリートからその歴史を刻み始めたB-BOYだが、当時はBE-BOP、ホーシングと言った流行のスタイルが有名だった。

後に上記のGOTO氏、YUKI氏、HORIE氏は業界で言われた「trf事件」で、
trfを脱退(人員削減?クビ?)した事からくんだりというグループを結成。
(いわゆる「trfから下ってきた」って事でしょうけど・・・笑)
現在でも活躍、人気のSound Cream Steperzの前身である。

SANCHE氏は東京Be Bop Crewの練習生としてダンス業界に足を踏み入れるが、
その安定したスキルでジャズダンス業界でも頭角を現す。
ストリートダンスのスタイルでは、ポップが彼の武器で、無機質なロボット等は特に定評があった。
後に知る人ぞ知るジャニーズの振付師として活躍。この数年後、私もお世話になる人物である。
ETSU氏は、例のtrf事件では生き残り(?・・・笑)現在でもメンバーとして活躍中。
当時のCHIHARU氏に並ぶ女性ダンサーは数限られていたが、その中の一人である。
MASAKO氏はYUKI氏同様、特番、レギュラー開始時にGQマシーンDE LA DANCEとして番組に参加。九州出身の個性的なダンサーとして有名。
当時特に言われていた「黒さ」というフィーリングでは他の追随を許さない存在だった。
現在はDJ.MASAKOとして都内を中心にプレイする有名DJと転身を遂げた。

福田一郎

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/53/ankh_go/folder/497938/img_497938_57157742_1
日本の草分け的存在の音楽評論家。
後期の「DANCE DANCE DANCE」番組内では絶大な発言力を有していた。
ウィキペディア(Wikipedia)/福田一郎


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遂にその日はやって来た。1991年3月2日。S.I.JOE、最後の日である。

スタッフとして働く私は、開店前の店内を見渡し、色々な思いを馳せた。
我々が愛して止まないこの店と、この日限りでお別れとなる。
当然のようにスタッフの雰囲気も違う。只ならぬ緊張感も走っていた。

この日はラストパーティーと銘打って、我々JAZZ BOOのショーの他に目玉となるショーケースが用意された。
大阪の有名ポッパー達によるフリースタイルセッションである。
当時、「DANCE DANCE DANCE」の出演をきっかけに、
都内でも大阪のダンサー達が再注目された時期であった。
OUJI氏の計らいで、この様なショーケースが用意されたようだ。


開店後、いつものハウスパーティーの様に常連達を中心に、続々と客が雪崩れ込む。
ただ、彼らもいつもとは雰囲気が違う。
店内隅々を確認するように眺め、別れを惜しむ姿が目立った。

「本当に終わるんだ。」この光景を見て改めて思った。

私はこの店の従業員という側面も持ち合わせていた為、
予想を大きく上回る数の客の対応に追われ、時間が過ぎて行った。
他のメンバー達は、場所を見付けては振付の確認、練習、
そしてこの店では最後となる仲間達との交流を楽しんでいた。


そうこうしている内に、この夜のメインとなるポッパー達によるスペシャルセッションが始まる。
観客たちは椅子の上、カウンターの上にまで上り、壁のようになってフロアの周りを取り囲んだ。

ショーが始まると大阪のダンサー達に加え、当時東京で活躍していたポッパー代表として、
YANAGI氏【GYPSY】、KUROMA氏【JUNGLE】、OZ氏【MEGAMIX】等も参加の
豪華東西ポッパー大会となった。(【】内は当時の所属グループ)

国内でも有名なポッパー達のソロセッションは、衝撃の連続。
OUJI氏の進行の元、次々にハイクオリティなパフォーマンスが繰り広げられた。
(今、当時のビデオを見てもクオリティの高さを感じます。本当に凄いセッションでした。)
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当時、多くの一般クラバーはポッピンと言うダンスジャンルに関心が高い者が少なかったが、
このショーの最中は、そんなクラバー達の目もこのパフォーマンスに釘付けとなった。
勿論、私を含むダンスを志す仲間達は、そのパフォーマンスに衝撃を受け、
ポップの素晴らしさを再認識させられた。

OUJI氏からのJOEに対する感謝の気持ちが実現させた本当に素晴らしいショーケースだった。

ショーの終了後、一気に上りつめたボルテージは一瞬落着きを取り戻すが、
ラストパーティーの盛り上がりは時間が経つと共にどんどんと増して行く。


そして、我々のこの場所での最後のショータイムが始まる。
ショー直前の我々のテンションは異常に高かった。
店の最終日と言う事よりも、今まで以上に知った顔の前で、
堂々とパフォーマンスが出来る事に興奮していたのであろう。
先程、次元の違うパフォーマンスを披露した先輩方や、この店に別れを告げに来た諸先輩有名ダンサー達の
顔も多かったが、不思議と彼等の存在が緊張の原因にはならなかった。

ステージが始まり、10分ほどのパフォーマンス。

あっという間に過ぎ去った時間だった。(一枚だけ当時の写真が残っていました。)

仲間達や客の声援、歓声はしっかり耳に残った。
必死だったのであろう。踊りながら悲しみは感じなかった・・・。


しかしショーケース終了後、仲間達が賞賛の声をかけに来てくれると、彼らの顔を見て、
「終りなんだな〜・・・・・」 急にそんな気持ちが沸き出た。

女性メンバー達は、泣きじゃくっていた。
ダンスの出来がどうこう言う事ではなく、彼女たちも「LAST」という言葉を実感したのであろう。


全てのショーケースが終わってからは、常連仲間で異常に盛り上がったのを覚えている。
勿論、多少は業務もこなしたが・・・


最後の時間が近づくに連れ、爆発的に盛り上がる店内で異常な行動を取る者達を生む。

店舗破壊行動を行う輩が出てきた!笑

その中心には不思議な事に、以前より交流のあるMORE DEEPのスネークがいた。
(そんな事をするキャラではないような気がしていたけど・・・)
何やら「どうせ今日で終わりでしょう〜!!」等とオネエキャラ全開の口調で、
力任せに店内の装飾を粉砕していた・・・笑

これには本当に驚いた(笑った?)が、今では良い笑い話だ。

そんなメチャメチャな状況で伝説の「S.I.JOE」は、閉店を迎えたのであった。



そして、私は自分達の新たなる道を探し始める事となる。


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