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〇4490面まで進んだ今回もつまらない仕切りを設けるという流れを踏襲している造りでしたが、ひたすらゼリーを消すようなノルマが課される面が多かったので、それなりに楽しくプレイすることができました。
4490面まで進みました。
〇順位争いの行方しかし、先週3位に浮上していたイギリスのTeme氏がついにmiwa氏をかわして2位に浮上してしまいました。まだ500面以上開きありますから、直ちにアシモモ〜の脅威になるわけではありませんが、決戦の時は近づいています。EU離脱というお国の一大事となる課題を抱えている時期なのに、Teme氏はこんなゲームを一心不乱にプレイしている余裕があるのでしょうか。 |
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マラソン大会に出場した鹿児島では、美味しい物をたくさんいただきました。精をつける、スタミナが必要、といった理由付けの下で正当化が行われ、あれやこれやといただきました。鹿児島は美味しい物がたくさんある土地柄ということです。
〇(鹿児島と関係ないが)マラソンの父にあやかる・金栗四三さんもたべたかった!? ・金メダル級メニュー などと書かれると、マラソンを走る前の身としては食べないわけにはいきません。金栗さんの好物だった餅が入り、豆乳仕立てで、たっぷりの野菜、牛すじ、南関揚げが入っていました。SAのフードコートとは思えない充実ぶりでした。 〇鹿児島に行ったら絶対に「白熊」マラソンの受付を済ませてから向かったのが天文館「むじゃき」。もちろん、白熊を食べるために行きました。嗚呼、店頭の絵を見ただけで心がときめきます。
店内では白熊が予約席の見張りをしていました。なかなか上手い演出をするものです。ビル丸ごとが「むじゃき」ですが、地下は鉄板焼き、1階は喫茶、2階は洋食、4階は居酒屋と専門が分かれています。いずれの階でも白熊はいただけるようですが、1階の喫茶が一番種類が豊富なようです。
翌日、フルマラソンを走り切った充実感と解放感を抱えながら再び「むじゃき」へ行きました(「じーおっぺ」様、退避されて正解だったと存じます) お目当てのラーメン屋の開店まで時間をつぶす必要があり、「また行こうか」と冗談で言ったのが発端でした。何しろ、フルマラソン後なので「何でもアリ」状態で、「今日はレギュラーサイズにしちゃおうかな」の一言で、全員の闘争心に火が付き、全員がレギュラーサイズをいただくことになりました。
〇前夜祭は人気居酒屋で天文館から少々離れたところにある超人気の居酒屋でマラソンの前夜祭を実施しました。
大安(だいやす)
鹿児島市山之口町9-1 野添ビル1F 同僚メンバーの中にこの界隈について詳しい方がおり、地鶏炭火焼きと鳥皮サラダは必須ということでした。地鶏はコリコリと食べ応えがあり、炭火の香りと相まって、鶏のうまさを気づかせてくれます。鳥皮サラダはカリカリに焼いた皮が良い働きをしていました。
〇〆は老舗ラーメン屋さんでのり一ラーメン(のりいちらーめん)
鹿児島市山之口町9-3 澄んだスープは優しい口当たりで、鶏ガラが主体でありながらも、トンコツも使われているようです。それでいて、塩ベースのあっさり味ですから、飲んだ後の〆としては最高ですし、日中にシラフのときに食しても良いと思います。具材はチャーシュー、モヤシ、ネギと大変シンプルであり、揚げネギが風味を添えています。
〇うまい鹿児島ラーメン同僚によると、鹿児島ラーメンというジャンルにおいては美味い店が本当に少なくて残念であるが、ここだけは美味いので、鹿児島に来た記念に是非食べてほしいということで行きました。八代出身の方なのに、鹿児島の事情に詳しいようです。平仮名5文字の有名な鹿児島ラーメンの店もありますが、同僚氏によれば「論外」ということでした。
らーめん小金太(こきんた)
鹿児島市樋之口町11-5
フルマラソン後の足の痛みを感じながら大根の酢漬けを食べて待つこと数分。チャーシューラーメンがやってきました。
食い倒れに近い2日間を鹿児島で過ごし、マラソン大会の完走とともに、満足感に包まれて熊本に戻りました。 |
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鹿児島マラソンを申し込むと、仙厳園の無料チケットが付いてきます。恥ずかしながら、チケットをもらうまで、この庭園の存在を知りませんでした。仙厳園は「せんがんえん」と読み、1658年に島津家19代の島津光久が作らせた、桜島を借景とした庭園です。
〇反射炉跡嘉永4年(1851年)に薩摩藩主となった第28代島津斉彬は、西欧列強による植民地化を危惧して西欧の科学技術を導入して近代化を進める「集成館事業」を推進しました。その中核が日本初の洋式工場群「集成館」で、最初に築かれたのが大砲鋳造に必要な反射炉でした。
当時の日本は鎖国状態であり、鉄を溶かす技術が無かったため、オランダの文献等を頼りに、在来の石工技術で切石を組み、薩摩焼の技術で耐火レンガを焼き、反射炉を作り上げました。一号炉は耐火レンガが崩れる等で失敗に終わりましたが、二号炉は成功し、大砲を製造しました。反射炉は薩英戦争や西南戦争で焼失してしまったので、現在は二号炉の基礎部分が残っています。
〇庭園の散策園内散策のおすすめコースに従って進んでいきますと、島津家の家紋が大きく掘られた碑が現れました。これは、島津家水天渕発電所記念碑。
(左)獅子乗大石灯籠は、第29代島津忠義が明治17年(1884年)に作らせた園内最大の石灯籠で、灯籠の上部には飛獅子が乗っています。笠石はかつて海岸にあったもので、8畳ほどの大きさがあります。このバランス感覚がたまりません。 御殿は、江戸時代においては別邸として、明治時代においては一時本邸として使われました。現存する建物は明治17年(1884年)に改築されたもの主体となっています。藩主の部屋はすべて節なしの屋久杉で作られているそうです。 御殿後方の山肌の岩に、千尋厳(せんじんがん)と彫られているのが確認できます。文化11年(1814年)、第27代島津斉興が延べ3,900人余の人員を動員し、約3か月をかけて刻ませたものです。3文字合わせて約11mの大きさがあり、胡粉という顔料で塗られています。胡粉は「ごふん」と読み、貝を焼く、又は天日に長期間晒して風化させる、といた方法で粉状にして作られた顔料です。景勝地の岩に文字を彫るのは中国の影響と思われます。
迫ン太郎(さこんたろう)は、水の流れを利用した米つき機です。かつては玄米を精米するために使われていたといいます。約1分に1回で動きますから、一日では約1,440回、一年では50万回余り動くことになります。働き者です。
園内の片隅に設置され、パンフレットでも大きくは取り上げられていないものですが、このような自然の力を巧みに利用した農耕器具を見ると、何だかホッとさせられます。
江南竹林は、江南竹と呼ばれる孟宗竹の竹林です。第21代島津吉貴の時代に、孟宗竹2株を琉球から取り寄せ、この地に植えて繁茂させたといいます。当時の日本には孟宗竹は無かったようなので、珍しいものだったのでしょう。 両棒餅は、みたらしと味噌味があり、素朴な味で大変美味でした。この他にも鹿児島では名物をたくさんいただいたので、明日のブログで特集する予定です。 |
○突然のブログ終了の通告Yahoo!ブログが終了するという、大変ショッキングが通告が来ました。本年12月15日をもって終了となり、それまでの間に他のブログに移行するよう呼びかけています。
アシモモ〜は2012年のブログ解説以来、異国の地での生活を綴ることから始まって、その後の生活においては日記代わりに重宝してきました。かつて考えたことや経験したことを検索し、思い出すのにも便利であり、もはや生活の一部として存在していると言っても過言ではありません。
突然で、かつ、一方的な終了の通告に対して、驚き、怒り、失望といった複雑な情を禁じ得ません。自分の片腕がもぎ取られるような、痛みを感じます。
○気に入らない点① 〜終了する理由が説明されない〜
ブログを終了する理由については、上記のような説明がなされています。β版のテストを行うといった取り組みまでしておきながら、β版も含めて、ブログの全てを終了するという暴挙に出た理由は何ら示されていません。β版に完全移行するというならまだ理解できますが、突然、一方的に、全てを終了するなどという行為に、納得する利用者はいないでしょう。
特に、「サービスを取り巻く現在の市場環境や技術的な運用課題、今後の事業方針など、様々な要因をふまえて総合的に検討した結果、これ以上の継続が難しいと判断」との説明に納得する人はいるでしょうか。国会答弁のような美辞麗句を並べていますが、要するに、「儲からないし、技術開発はイマイチだし、今後の展望が開けないし、もう止めちゃおう」ということでしょうか。これほど利用者をバカにした言い草はないと思います。
○気に入らない点② 〜移行ツールの技術的完成度に対する懸念〜Yahoo!の説明では、ブログの記事を他のブログに移行できるとしています。しかし、そのための移行ツールは現在開発中だとのことです。つまり、移行ツールもできていないのに、ブログの終了だけを早々に発表したことになります。5月9日以降に移行ツールが使えるようになる予定らしいですが、おそらく膨大となるであろう作業を強いるツールの発表をゴールデンウィーク後に行うという誠意のなさが露呈していると言えましょう。また、Yahoo!のことなので、移行ツールの技術的完成度についても懸念を覚えます。これまでも、作成中のブログが消えてしまうという技術的不具合は数え切れないほど発生していますので。
また、ブログを終了する通告を出して利用者を不安と絶望の淵に突き落としておきながら、他のブログへの移行は5月9日以降に指定されたサービスの中で作成されたブログに移行する形になるので、不安と絶望の淵の中で、他のブログ(たとえばアメーバブログ)に鞍替えをする形で希望の光を見出すこともできないのです。このようなやり方自体についても、怒りを禁じえません。 ○気に入らない点③ 〜完全ではない移行〜Yahoo!の説明によると、とされています。本文中には絵文字を用いたものもありますし、何よりも、ブログ友達からのコメントが移行されないという点は失望するところ大です。これまで何年にもわたり交流を深めてきた絆を一瞬にして失わせるYahoo!の姿勢は、利用者軽視の極みだと思われます。 ○気に入らない点④ 〜リンクへの非対応〜記事の中で、過去の自分のブログ記事や他のお友達のブログ記事へのリンクを張ることもあります。ところが、Yahoo!ブログのURL(https://blogs.yahoo.co.jp/以下のURL)に対するリンクは、12月16日以降は「存在しないページ」とされてしまうのです。
アシモモ〜は、一覧性を確保しつつ、過去の記事を踏まえながら新しい記事を書くように心がけていたので、過去の自分の記事へのリンクを張ることが多く、これをやられてしまうと、もうブログの価値が半減してしまうと感じています。このことが、冒頭に書いた「片腕をもがれる」ような痛みに繋がっています。Yahoo!の技術をもってすれば(←皮肉です)、このような点も措置は可能であろうと思われるのに、それをしないというのも、利用者軽視の姿勢が貫かれていると言えましょう。
さて、どうしたものか。キャンディクラッシュから引退する前に、ブログ引退の危機に陥ってしまいました。5月9日以降、ブログ移行の作業をすることになると思いますが、どのブログが使い勝手が良いのか皆目分からないので、各種ブログの比較検討を行ってまいりたいと思います。通常のブログ執筆の他に、このような無駄な作業を増やされることについても、Yahoo!への怒りを覚えます。
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