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アシモモ〜のブログ
日記に近い感じで日常生活を綴っています。

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昨年の秋に、熊本のお母様からいただいた上等なカボスで柚餅子を作りました。
【参考】試行錯誤しながらカボス柚餅子を仕込んだ
https://blogs.yahoo.co.jp/anmako1976/15987215.html

キッチンペーパーで包んで軒下にぶら下げて、ずっと乾燥させてきました。1月は降水量が少なく空気が乾燥していたので、柚餅子の乾燥が特に進んだモノと思われます。2月に入り、カチカチに硬くなったので、そろそろ完成ということで、キッチンペーパーから出してみました。

仕込みのときの画像と比べると、色が濃くなって、より小さく縮み上がり、ミイラのようです。小さくなってしまったのが、ポンドとの対比でも分かります。
イメージ 1イメージ 2半分に切ってみると、落花生の粒が粗いザクザクした感じが出ていると思われます。味は、カボスの風味が凝縮された形で全体に行き渡っていて、具材全体に染みています。落花生の欠片でさえ、強烈な柑橘系の香りを放っています。これは実に美味い!

例えば、湯豆腐に添えたりすれば湯豆腐が極上のお料理に化けますし、そのまま食べたら鼻腔を突き上げる柑橘系の香りにうっとりとし、お酒が大いに進むことになります。これは大成功だったと思われます。

悲しいことは、一つの柚餅子がたいへん小さいことです。大切に味わいながら食べることにしたいと思います。
〇4370面まで進んだ
イメージ 1キャンディクラッシュは、2月13日(水)に、また30面更新されました。

更新内容は相変わらず新味のないもので、いたずらに形状を複雑にする、又は、仕切りが入れる、といったものでした。この「仕切り」が入ると、とたんにゲームがつまらなくなると思います。

出張などもあったので、数日かけてコツコツとプレイし、4370面まで進みました


〇順位争いの行方
イメージ 2今週も単独1位をキープしました。Teme氏は相変わらずヒタヒタと迫ってきています。いつまでこのペースが続くのかが注目されます。



〇熊本市内のイベントに参加
2月上旬のある日の夜、当ブログ常連様の「じーおっぺ」様とともに、熊本市内で開催された某イベントに参加しました。イベントはそれなりに盛り上がり、大盛況のうちに終了しました。イベントは、アシモモ〜が無理を言ってお誘いしたものです。「じーおっぺ」様におかれては、新幹線まで使って開始時間に間に合うように熊本までおいでいただき、ありがとうございました。

〇むしろこちらが主目的?
終了後は、そのまま散会となるわけがなく、もちろん宴会という流れになります。地元事情にお詳しい「じーおっぺ」様のおすすめのお店に連れて行っていただきました。

お刺身盛り合わせは、新鮮なお魚で構成されていましたが、特筆すべきはこちら。ヒラメやタイのキモを裏ごしして醤油に漬けたものです。これは、このまま食べても滋味深くて大変美味しく、酒のお供にも最高なのですが、お刺身に添えていただくと、お刺身を味を引き立てる役割を果たします。この種のものをこよなく愛するモモヅマ〜に是非食べさせたいと思いました。
イメージ 1イメージ 2
馬刺しも品ぞろえが豊富でした。その中から、「馬にぎり」です。馬刺しをお寿司でいただきます。飲み会では馬刺しをいただく機会はありますが、お寿司になって出てきたのは初めてです。タレを刷毛で塗っていただきました。お寿司にしても実に美味いものです。

〇お土産の交換
イメージ 3じーおっぺ様から、宮崎県日南市の戸村本店の焼肉のたれとドレッシング(甘口)をいただきました。九州の外ではめったにお目にかかれないけれど、九州、特に宮崎ではスタンダードな焼肉のたれとドレッシングです。

焼肉のタレといったら「エバラ焼肉のタレ」が想起されますが、宮崎県ではエバラは好まれず、戸村のタレなのだそうです。

最近は、刻んだキャベツにラップをかけてレンジで3分加熱して、蒸しキャベツをよく食べています。蒸しキャベツにはこのドレッシングがよく合います。玉ねぎベースで、焦がしニンニクの風味が効いており、食が進みます。また、焼肉のたれも同様にニンニクが効いていて、味噌や各種スパイスの香りが混ざり合って、非常に濃い風味です。悪い肉もこのタレがあれば極上の焼肉に化けますし、よい肉なら肉のうまみを引き出す役に回ります。この焼肉のたれがあれば、ごはん1合だって余裕でいけるものと思われます。

九州の特産品をいただき、また一つ九州通になりました。ありがとうございました。こちらで用意したお土産ったら、変な柄の粗品みたいなタオルで大変失礼いたしました(汗)。

あぶない湯たんぽ

熊本の冬の寒さは厳しく、部屋では暖房が欠かせません。40歳を過ぎてから、手足の末端が冷えるようになり、冷え性の人の辛さを身をもって知ることになりました。寝るときの冷え対策も欠かせません。寝ている間に足先が冷えてしまうので、布団の中に湯たんぽを入れて暖を取るのが常態化しています。

〇湯たんぽのふたにひび割れが!
イメージ 1ここで重宝していたのが、ダイソーで買った湯たんぽです。100円均一のお店ではありますが、この湯たんぽは200円商品でした。200円でも420mlというサイズがお手軽で、布団の中に入れておけば朝まで暖かく過ごすことができ、大変重宝していました。

ところが、今年に入ってからこの商品が回収されていることがわかりました。

商品不具合により、水漏れし、怪我をする恐れがございますので、直ちに使用を 中止くださいますようお願い申しあげます」と書かれています。


サイトにこのような告知文が掲載されているのに気づいたのは、湯たんぽのふたに亀裂が入ったからです。
イメージ 2イメージ 3熱湯を注ごうとして蓋に亀裂が入り、お湯が漏れることに気づいたのです。最初はお湯を入れすぎたからかと思って、仕方なく湯たんぽを捨てようと思いましたが、SGマークもついているのに蓋に亀裂が入るなんてあり得ないだろうと思いなおして、ウェブサイトを調べたところ、この告知文に行き着きました。

〇残念なお店の対応
近所のダイソーの店舗に持ち込んだところ、アルバイト店員は150円商品と間違え、消費税込みの162円を返金してきました。200円商品ではないかと指摘しましたが、店員は150円商品だと主張します。納得いかなかったので、上記の回収のお知らせをスマホ画面に出して店員に見せて、216円の返金に応じてもらいました。店先には同じペーパーが掲示されているのに、ずいぶんな対応だと思いました。

また、店員には蓋に亀裂が入っていることも伝えました。火傷をする、又は、布団が水浸しになる可能性があったわけですが、その点に対する言及は一切なく、完全にスルーされました。店員教育が行き届いていないと感じられました。店員教育というよりも、日常生活を営む上ので通常の反応の範疇の問題かもしれませんが。少々挙動不審なところもある店員さんだったので、それ以上は何も言わずに店を後にしました。

客の身体に危害が加わるおそれがあったわけですが、単に返金するだけの対応なのでしょうか。平素からダイソーにはお世話になっていますが、こういった点が「安かろう悪かろう」と言われる所以なのかとも思いました。
1月27日の天草マラソンに出場した後、美しい海辺の風景を眺めながら帰路につきました。夕暮れ時の有明海と、ノリ養殖のいかだ、遠くにかすむ雲仙の山並み。嗚呼、こんなに美しい風景はないでしょう。
イメージ 1イメージ 2休憩を兼ねて、たまたま通りかかった三角西港を散策しました。

〇三角西港の石積埠頭
イメージ 3三角線に乗って三角駅までは進出したものの、交通手段を持たなかったために三角西港は後日訪問することになっていました。図らずも、マラソン大会出場の副産物として、三角西港の訪問が実現したのは嬉しい限りです。

【参考】
三角線に乗った      
https://blogs.yahoo.co.jp/anmako1976/16022520.html
三角駅周辺を散策    https://blogs.yahoo.co.jp/anmako1976/16022545.html



三角西港は、明治20年(1887年)に開港されました。明治以降の近代港湾の歴史上、重要な位置を占める港湾です。国費を投じて築港された港としては、宮城県の野蒜港、福井県の三国港と並び、当時の国家的事業として建設されました。ここ、三角西港は当時の施設が現在も残っている唯一の港です。
イメージ 4イメージ 5特に、オランダの築港技術が導入され、港湾施設だけでなく周辺部の都市づくりが一体的に行われ、1世紀以上を経過した今日においても築港当時の石積埠頭、水路、橋等がほぼ原形のまま残されている点で歴史的価値が著しく、平成14年(2002年)に国重要文化財にされたほか、平成27年(2015年)には「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」の一つとして、世界文化遺産に登録されました。

簡単に三角西港の歴史を振り返ると…
・明治14年(1881年) オランダ人水理工師ローエンホルスト・ムルドルが派遣される
・明治17年(1884年) 三角築港工事が開始
・明治20年(1887年) 三角港開港式
・平成14年(2002年) 国の重要文化財に指定
三角駅近くの物産館で買った「ムルドル通り」という銘菓は、オランダ人のムルドルさんから取った名前なのですね!

ムルドルは、延長756mの石積埠頭の建設だけではなく、港全体を一つの町と見立てて、港湾都市づくりを行いました。石積みの水路はその名残です。
イメージ 6イメージ 7石積埠頭には、当時の浮桟橋の跡や階段が今もなお残っています。港の建設には、ムルドルだけではなく、天草の石工約14万人、大工約1万人、人夫約5万人、潜水夫約300人が従事したと言います。イメージ 8イメージ 9
ハーフマラソンを走った後でしたので、階段を下りる際には足の踏ん張りが効かず、あわや水中に落下するところでした。

〇西洋風の建築物
港の傍らには、西洋風のモダンで美しい建築物が建っています。
(左)は龍驤館(りゅうじょうかん)です。大正7年(1918年)、明治天皇即位50周年記念事業として、当時の宇土郡教育会が頌徳記念館として建てたものです。
【参考】頌徳(しょうとく):偉人や先覚者などの徳をほめたたえること
イメージ 10イメージ 11(右)は浦島屋です。明治26年(1893年)、熊本の五高(現在の熊本大学)に教師として赴任中だった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が長崎からの帰路に立ち寄り、「夏の日の夢」と題する紀行文の舞台とした旅館です。

ここで休憩を取った小泉八雲は、美しい女将に心を奪われます。女将は山下芳といい、当時は30歳前後だったといいます。旅館が「浦島屋」ということを知り、八雲自身を浦島太郎、女将を乙姫になぞらえて、短編小説「夏の日の夢」の着想を得ました。
イメージ 12イメージ 13
浦島屋は、貴賓客をもてなすための洋風建築となっています。明治38年(1905年)には解体されて中国の大連に運ばれてしまいましたが、平成5年(1995年)に復元されました。現在は、資料館として公開されています。2階からは、美しい入り江の風景を眺めることができます。
イメージ 14イメージ 15A

〇旧高田回漕店
旧高田回漕店は、4隻の汽船を保有し、荷物や乗客を扱っていた回船問屋です。本店は熊本でしたが、三角西港の開港と同時にこちらに進出しました。
イメージ 16イメージ 17建築年代は不明ですが、明治20年代に建てられたものと考えられています。当時の港湾の面影を残す港湾施設の一つです。三角町指定文化財になっています。広々とした建物の中は、いくつもの和室が広がっており、当時の活況の様子がしのばれました。
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