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出港して運河を進んでいきますと、橋の上には多くの観光客が群がって、行き交う船に手を振っています。
●血の上の救世主教会
血の上の救世主教会の脇を通過します。ロシア正教の教会でよく見かける「ネギ坊主」をいくつも持っている教会ですので、モスクワの赤の広場の脇に建っているワシリー聖堂(ポクロフスキー聖堂http://blogs.yahoo.co.jp/anmako1976/4034904.html)と混同する人も多いと聞きます。ワシリー聖堂は1560年建造の歴史的建造物なのに対して、血の上の救世主教会は1907年の完成です。
さらに進むと、立ちあがらないように注意がかかり、頭上すれすれで橋の下をくぐります。手を伸ばせば触れる程です。船は左折してモイカ川に入ります。しばらく進むと右手に日本総領事館
●ペトロパヴロフスク要塞
大ネヴァ川に出て、まず目につくのがペトロパヴロフスク要塞です。出島のようになっています。1703年、ピョートル大帝がうさぎ島と呼ばれた小島に要塞を建設しようとしたのでした。しかし、要塞として使われることはほとんどなく、監獄として使用されたました。最初の囚人はピョートル大帝の息子のアレクセイ皇太子であったといいます。尖塔はペトロパヴロフスク聖堂です。高さは122mで、尖塔の先には十字架を持つ天使の像が付いています。右の写真を拡大すると、それらしいものが確認できます。歴代皇帝が埋葬されており、エカテリーナ2世は尊敬するピョートル大帝の斜め後ろに埋葬されているそうです。
大ネヴァ川のほとりにはエルミタージュ美術館が見えます。収蔵美術品は300万点、展示室を全て歩くと20km以上と言われる、世界屈指の美術館です。最近はここの見学に2日を費やすツアーもあると言いますが、今回は土日でマラソン大会のために訪問しているので、こちらは泣く泣く割愛しました。建物だけでも実に美しいので、これで満足です。
●ロストラの燈台柱
ヴァシリエフスキー島の先端に赤く塗られた円柱が2本建っています。昔の燈台です。高さは32mで1810年に建築家トーマス・ド・トモンの設計で建造されました。
ロストラとは、舟首の部分を意味します。敵軍の舟首を切り取り、柱の飾りにして勝利を記念した古代ローマの習慣に由来しております。
イサク聖堂が見えてきました。1858年に建設された大聖堂で、高さ101.5m、左右の幅97.6m、奥行き111.3m、収容人員1万4千人。サンクトペテルブルク最大の観光スポットです。ドームの展望台には登れますが、マラソン大会を控えているので断念しました。
完成までに40年を要しております。軟弱な地盤の上に巨大な建造物を作るために、すでにあった1万3千本の杭に加えて1万本以上の杭を打ち込んで土台を作っており、土台作りだけで5年かかったといいます。
エルミタージュ美術館の隣に建っているのは旧海軍省の建物です。1704年に造船所が建てられて以来のれきしおwもち海軍の本庁舎でありました。幾度も増改築を行い、1823年に現在の姿になったそうです。
●インジニェールヌィ橋の小鳥の像
アシモモ〜が座った方とは逆側に像があったものですから、アシモモ〜は写真を撮るだけで精いっぱいでした。
大満足の1時間のクルーズでした。
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